第四十五話 大人


 僕たちは、飛行していた。

 ≪星≫が≪教皇≫を抱いて。

 ≪太陽ぼく≫が≪女教皇≫を持ち上げて。


美沙都みさと様、着きます」

「あれですわね」


 地上に見えたのは、ふたつの人影。

 一人は露出の多い長身の女。

 一人は脂肪と筋肉、双方が詰まったような大柄な男。


 ≪魔術師≫と≪吊るされた男≫の契約者たちだ。


 僕たちが降りて行くと、≪魔術師≫の伊波切絵が僕に気がついた。


「あれ? ≪太陽≫くんじゃなーい! なに、ハーレムのメンバー変えた?」


 そういうのじゃない……!

  そう言ってやりたいが、口も身体も思うようには動かせない。


 呑気な切絵をよそに、≪吊るされた男≫は異変に気がついたようだ。


「おい、切絵。なんか様子がおかしくねぇか?」

「は? 様子って?」

「いや、勘だけどよ……。だが少なくとも、あの嬢ちゃんたちはどうしたよ、≪太陽≫? 今お前の連れているその嬢ちゃんたちは、誰だ?」


 僕には、答えられない。

 できることなら、警告したい。

 この三人は危険だ、と。逃げろ、と。


 しかし、僕の意思はかなわず。

 むしろ、僕の口は真逆のことを語らされた。


「やぁ、僕はこの高貴で美麗な美沙都みさと様に支えることにしたんだよ。あんな女たちじゃあ、比べるのも失礼だろう?」

「ふふ……」


 僕の後ろで≪女教皇≫が嘲笑うのを感じる。


「……」

「……」


 僕のその言葉を聞いて、≪魔術師≫と≪吊るされた男≫の契約者は、顔を合わせる。

 そして、二人揃って


「あ~あなるほどねえ。そゆことね」

「なるほどなぁ。そうか、そうか」


 と、言いながら。

 ≪魔術師≫も、≪吊るされた男≫も、揃って指輪を掲げる。


「あの青くて熱い坊やが、そんなこと言えるはずないものね~。このアタシを騙すには、テクニックも経験も足りなかったわね、小娘たち」

「その≪太陽ぼうず≫よう、偽者か、操られてるか。どっちかだな?」


 狡猾にこのゲームで生き残ってきたこの二人。

 恭子さんやアリスと同様、古株として≪神々の玩具箱アルカーナム≫で多くを経験した二人。

 そして、現実においても僕たちよりずっと長く生き、多くを知ってきた二人。


 それを前に、≪女教皇≫のたわむれは、彼らを騙すことも、困惑させることも、不快にさせることもできなかった。


「変身~! ≪契約者アルカニック・ナイト魔術師マジシャン≫~!」

「変身!≪契約者アルカニック・ナイト吊るされた男ハングドマン≫」


 紅のローブに黄金の宝飾品を纏った≪魔術師≫。

 土色で丸みを帯びた重装甲の≪吊るされた男≫。


「まぁ、ぶっちゃけアタシの願いに邪魔なら、誰だってやっちゃうんだけどね~」

「だが、2対4だぞ? いいのか、お前のセオリー通りなら……」

「何言ってんのよ。ニセモノを作るなり敵を操るなりするやつらよ? 信頼関係なんて結べないわ~」

「どの口が言うんだ……だが、まぁ今の言葉には同意だな。援護、頼むぞ。≪大鉄塊ハンマー・コード≫!」

「はいはい、いつもの手筈てはず通りでね~」


 ≪魔術師≫の前に立ち、完全に背中を預ける≪吊るされた男≫。

 巨大な鎚を構え、僕と≪星≫の仲間達へ駆け出す。


「行きなさい≪太陽≫。あなたの仕事よ」


 命じられ、僕は動く。


「≪灼熱刀ブレイド・コード≫。≪鳳凰翼ウイング・コード≫」


 僕はどんなものも焼き切る≪灼熱刀≫を握る。

 背中には、炎の翼が生える。


「……!」

「ふん!」


 刀と鎚が交差する。

 常識的には刀がへし折れるはずだ。しかし、破壊されたのは大鎚。

 巨大な鉄塊が真っ二つになった。


 操られている僕の身体は、そのまま刀を切り返す。

 今度は、≪吊るされた男≫を両断するつもりだ。

 しかし、≪魔術師≫が黙ってはいない。


「≪水素魔法アクア・コード≫!」


 見た目も、威力も大したことのない水の塊。

 それが、≪灼熱刀≫に当たる。


 その瞬間、水の玉は刃に凝縮された熱に触れ、即座に気化する。


 視界が一瞬で真っ白になる。

 目眩まし……! それが狙いだったのか。


 刀は≪吊るされた男≫の分厚い装甲をえぐったが、本体へと傷をつけるには至らない。


「くっ……この視界では……!」


 ≪女教皇≫の苛立つ声。


美沙都みさとさまっ! わたしが守ります!」


 ≪教皇≫は≪星≫を護衛しているようだ。


「≪太陽≫! 霧を晴らしなさい!」

「≪炎熱剣ソード・コード≫」


 僕は≪灼熱刀≫を手放し、≪炎熱剣≫を呼び出す。

 それを横一線に振り抜くと、放たれた炎が霧を打ち払う。


「≪風素魔法ウィンド・コード≫! ≪火素魔法フレイム・コード≫! 喰らいなさい!」


 ≪魔術師≫が炎を風ですくい上げた竜巻を放つ。


「≪陽光砲レイ・コード≫」


 僕は、≪鳳凰翼≫で飛び上がり、竜巻の中に≪陽光砲≫を撃ち込む。


 竜巻は完全に焼失した。


「おらぁ!」


 飛行している僕へ、近くの廃墟の屋上から勇ましい声が届く。

 先ほどから姿をくらましていた≪吊るされた男≫が≪大鉄塊ハンマー・コード≫を構えて跳躍してきた。


「≪炎熱剣ソード・コード≫」


 しかし、僕の身体はあくまでも冷静にそれを≪炎熱剣≫で受けきった。

 そのまま≪炎熱剣≫から溢れる火が≪吊るされた男≫の全身を包む。


「ぐ……うおお!」


 やがて、跳躍の勢いを失った≪吊るされた男≫は、≪魔術師≫のすぐ側へと落下した。


「≪水素魔法アクア・コード≫!」


 ≪魔術師≫は、スキルによって≪吊るされた男≫の炎を消す。


「すまねえ」

「ダッサいわねぇ~」

「返す言葉もねえよ。だがな、お前だって気づいてんだろ。あの≪太陽ぼうず≫、もう俺らで勝てる相手じゃねえぞ」

「じゃ、アンタの遺言でも聞かせてもらおうかしら」

「……俺の願いは金だ。それだけだ。お前の願いがそれ以上の何かなら、いいぞ、逃げろ。俺を囮にして構わん」

「……アンタ、嘘へたねえ。ただ金を欲しがる男が、そんなこと言うわけなくない? ほんとの願い、聞かせなさいよ」

「金だよ。それは本当だ。ただ、まぁ、そうだな……“守りたいものを守るのに足る金”なのは間違いねえ」

「カッコつけないでよね~。ま、だったらアンタを囮になんかできないわね。アタシの願いは本当にただのお金だから~」

「お互い、難儀だな」

「わかった気になんないでよ」


 そう言うと、≪魔術師≫が指輪を構える。


「≪魔法の木ブランチ・コード≫!」


 僕の飛行するその真下の大地から、植物が芽生える。それは蔦になり、僕の足を掴んだ。

 かなりの力で僕は地面に引き摺り下ろされる。


「おおおおおおお!」


 そこへ、≪吊るされた男≫が突貫してくる。

 何度目だろうか、単調で、しかし覚悟と気迫を込めた一撃。


 僕は≪炎熱剣≫で大鎚と打ち合う。


 ここで初めて、≪炎熱剣≫にひびが入る。


 ひょっとしたら、この男に僕は負けるかもしれない。


 この打ち合いから、そう感じた。

 それだけの鬼気迫る感情があった。

 いつも落ち着いていて、願いに必死さなど見せなかったこの男。今、何を思って武器を振るうのか。


 自分のためか。

 それとも、後ろにいる≪魔術師≫の願いを思ってか。

 もしそうならば、この男は今、≪魔術師≫にとってのヒーローではないか。


 ――と、その時。


「≪太陽≫! サポートの≪魔術師≫を先に潰しなさい!」


 僕たちの打ち合いを妨げる≪女教皇≫の声。


 僕は、すぐさま≪炎熱剣≫で足元の蔦を焼き払うと、飛び立った。


「な……アタシ!?」


 剣を突きの姿勢で構え、僕は突撃する。


「させるかよおおお! ≪吊るし木の反転パージ・コード≫!!」


 ≪吊るされた男≫が装甲を解き放ち、一瞬にして僕と≪魔術師≫の間に割り込んだ。


 ≪炎熱剣≫が、≪吊るされた男≫の胸に深く突き刺さる。


「あ、アンタ……!」

「お前の願い、叶えろよ……」

「……気取んないでってば……」


 ≪吊るされた男≫の変身が解ける。

 胸から黒い粒子が溢れ出す。


「お前もだ、≪太陽ぼうず≫。他人に自分の戦いを任せんじゃねえ。お前の意思で戦え、そのために他人の願いとぶつかるのはなぁ、恨まれようが、罪悪感にさいなまれようが、絶対に間違っちゃいねえはずだ……気張れよ」


 そう言うと、≪吊るされた男≫は黒い粒子になって霧散した。


 そして、さらに。


「……ちょっと、まだ終わりませんの? ≪穿つ星座線レイピア・コード≫」


 そう言って細剣を≪魔術師≫の胸へ突き出したのは、≪星≫の少女だった。


「な……ウソ……でしょ?」


 自分の胸に突き刺さる細剣。それを茫然と見つめる≪魔術師≫。

 そこからは、黒い粒子が流れ出している。


わたくしたちも呑気にしている時間はありませんの。雅!」

「は、はっ!」

「時間をかけすぎよ。もっと≪太陽この男≫をうまく使いなさい」

「申し訳、ありません……」

「明日は上手くやれるわね?」

「は、はい……!」


 そう言うと、この日のゲームを終える鐘が≪神々の玩具箱アルカーナム≫に鳴り響く。


「こんなので……≪吊るされた男アイツ≫に顔向けできるわけないでしょ……! ≪水素魔法アクア・コード≫!」


 ≪魔術師≫は最後の力を振り絞るように叫ぶと、その手に氷の刃を生成した。


 ≪星≫へ向けて、それを振り下ろす。

 だが、それが≪星≫へ届くことはない。


「美沙都さまっ! ≪守護の十字架シールド・コード≫っ!」


 氷刃は≪教皇≫の巨大な盾に防がれ、砕け散った。


「やるせないわね……こんな終わり方」


 ≪魔術師≫もまた、黒い粒子となって霧散する。


 ≪女教皇≫の少女が、こちらを睨む。


「この男と女の姿。これが明日の≪太陽きさま≫の仲間の姿だ……。明日はもっと残酷に、貴様の仲間の願いを消していく」


 ≪教皇≫の少女も、続ける。


「雅さんの≪運命の掌握ドミネート・コード≫は夜を超えても≪神々の玩具箱アルカーナム≫にいる限り継続するスキルですっ。明日もあなたは、逃げられませんよ!」


 明日の夜。

 僕の仲間が。

 かなえが、恭子さんが、アリスが。


 今の≪吊るされた男≫と≪魔術師≫のように、願いを奪われてしまう。




 僕は、白い粒子に包まれて現実世界のベッドへと返された。

 この一日は、僕が彼女たちに警告できる最後のチャンスだ。

 

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