第三十八話 代償より得し久遠の力

 『「≪三体恒星インフィニティ・コード≫……!」』


 その瞬間、世界が静止した。


 視界に入る全てから動きが失われている。


 そして、音もない。

 

 僕を挑発する≪塔≫の声も、仕草も、今は眼前で彫刻のように凍りついている。


 熱が失われ静けさだけがの残る空間に、ひとりきりのように感じた。


「これは――」


 僕だけは、動ける。

 口も動くし、声が出る。


『我があるじよ。説明しよう』


 僕の目の前に、ひとりの幼い少女。

 巫女服を着て、赤い髪を勾玉の髪飾りでふたつに結んでいる。


 契約を交わしたとき以来に見る、アマちゃんの姿。


 しかし、あの夜に見たころころと変わる表情はそこになく、静かに目を伏せている。


『今この瞬間は、≪三体恒星インフィニティ・コード≫によって引き延ばされておる』


「≪三体恒星インフィニティ・コード≫……」


 僕の望みに応えたアマちゃんから授かった、新しい力。


 たしか、と言っていた。

 ゲームを終えるまでに、二度しか使ってはいけないとも。


左様さよう。そしてこれが、そのうちの一度目じゃ』


 落ち着いた声。

 僕とアマちゃんの声以外、なにも聞こえないこの空間で。それどころか、まるで僕ひとりしかいないように感じる。

 それほどに静かな声だった。


『この力の効果。それは、使用せし者が恒星の一生に等しい時間だけ修行した末に得られる力を、今この瞬間に顕現けんげんすること』


「アマちゃん、もう少し、わかりやすく」


 こう聞けば、『まずは使ってみるのじゃ!』とか、『おバカさんじゃのう』とか。

 僕の相棒ならそう答えてくれると思ったのかもしれない。


 だが、その答えは変わらずひどく静かなものだった。


あるじが遠い未来に実現しうる最強を、強制的に引き出す業じゃ』


「そんなことが、できるわけが……」


『尋常であれば、不可能。しかしによって、それは叶う』


 時を引き延ばすほどの力を得る、その代償とは。


「代償……いったい何を」


『まず一度目は、わらわの感情』


「感、情……」


 だとしたら、アマちゃんのこの妙な落ち着きは、そこから感情が失われた結果。

 僕が望んで、僕が力を得た。

 なのに、その代償をアマちゃんが払うなんて。

 そんなことは、僕の望んでいたことでは……!


『感情を失えど、わらわは変わらず思考し、行動する。今こうしてあるじに力を伝えておるのもまた、数瞬前のわらわと変わらぬ意思によるもの。そして、あるじが勝てば、わらわもゲームの勝者となる。代償をわらわが背負うことに、不都合はない。そして、人の身でこの代償を引き受けるきとなど、適うはずもない』


 そのとき、アマちゃんの右の髪飾りに、ヒビが入る。


『力を使い、目的を果たせ』


 勾玉の髪飾りの片方がはじけ、結ばれていた髪が半分、ほどかれる。


 その瞬間、世界の静止が解かれた。




「……なんだァ?」


 眼前で拳を構える≪塔≫が、戦いに餓える獣が、真っ先に感じ取った。


「新士、くん……? その格好……」


 かなえが、僕の姿を見た。


 ≪太陽≫の、炎を模した意匠を持つ赤いスーツ。

 これまで幾度となく見た自身の四肢に、黄金色の装飾が新たに施されている。

 さらに、肩にはこれまでになかった大きな装甲。背中には、赤く燃え滾る炎のマント。

 顔に触れれば、頭部に角が二本、生えていることも知ることができた。


 だが――。


「俺が言ってんのはよ、見た目なんかじゃァねぇ。お前、?」


 今この場所で、その男だけが感じ取っていた。


 僕の、遥か遠くから借り受けた力の存在を。

 僕の相棒の感情を、犠牲にして得た力の存在を。


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