JC好きのストレンジャー

13話・ 嫉妬と怒りと睡眠不足

「ふぁ……」


結はゆっくりと瞼を開け、鼻腔をくすぐる肉と醤油ダレの香りに空腹を思い出す。

あれだけ鉛のように動かなかった身体は風船の如く軽くなり、昨日の疲労が嘘のように感じられなかった。


「おはようさん。

朝飯は牛丼で……、っておい!?」


「はにはよほはよ?」


真哉の持っていた牛丼の特盛を一つ奪い取った結は食べ盛りの男子のように食べ進め、半分食べ終えたところで真哉の方を向く。

結の普段の一般的な高校生女子とは思えないような食欲が空腹も相まって爆発的に加速し、チーズのトッピングがあれば完食するまで止まらなかったことだろう。


「ま、食ってからにするか」


真哉は10時20分と表示されるスマートフォンを一瞥し、安堵の表情を浮かべながら自分の牛丼に手をつける。

いつもなら遅刻で焦るところだったが、今日は幸いにも事務的な都合により学校は休みで土日を含めれば三連休という形になる。

良くも悪くも、真哉にとっては自堕落に過ごしていても怒られることはない三連休は実に甘美な響きを持っていた。


「ご馳走さまでした。

……それで、何の用?」


牛丼を完食した結は持ち帰り用の袋に容器と割り箸を無造作に放り込み、汚れた口元をティッシュで丁寧に拭う。

余ったら冷蔵庫に入れておこう、と計画していた真哉は驚きと呆れが入り混じった表情で結を見つめたまま硬直し、溜息と共に敢えてツッコミを諦めた。

普段の結なら敗北した時は愚痴の一つくらいは出るものだが、珍しく考え込んでいるところを見ると流石に水を差す訳にはいかない。


「ああ、ちょっと訳ありでな。

結が石動病院で戦闘した後、俺が回収する前に枝垂中学の山口に見られていたらしい」


「あの産業廃棄物に……!?」


全力で不快感を露わにした結に申し訳なさそうに頷く真哉。

真哉は一度も見たことがなかったが、枝垂中学出身の生徒が偶に山口の名前を出すだけで結は不機嫌そうに次の日の授業を全てバックれるぐらいだ。

実物を見ずに断言したくない真哉だったが、数々の証言から人物像を組み立てるとロクな中年でないことは明らかである。


「残念なことにな。

産業廃棄物には何故か魔法による記憶消去が無意味だった上に、暇さえあれば妄想を垂れ流そうとしてるらしい。

もし外出するなら気をつけてくれ」


クソったれ、と吐き捨てるように真哉は苛立ちを露わにして床に寝転んだ。

真哉としては山口に目撃情報の対価に見合うだけの金を払って黙らせる、または何らかしらの形で強制的に排除したいものだが、残念なことに日本の法が国家権力であろうと許すことはない。


「……了解。

それよりも、俺が気絶した後はどうなった?」


「ああ、結が気絶した後か。

それなら──」


結が気絶した後、結を回収した真哉はある人物から一つの教訓を得た。

それを少し不快そうに、真哉は語り始める──


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「さて、漸く回収出来そうだね〜?」


「──そうですね」


「おや、真哉くんは珍しくローテ?」


結とスィンモガの戦闘が終了してすこし経った頃、桃華は車から降りて目を伏せたまま歩く真哉の膝を軽く叩く。

可能な限り真哉は桃華を敬おうとしているのだが、今の真哉にはあまり余裕がなかった。


「好きで落ち込んでる訳じゃないですよ。

結が戦っていたスィンモガに勝つ為に、俺にも結が使える限定解除プロト・イヴァン聖騎士セイグリットシリーズみたいな強力な武器があれば……」


技巧や知略が無くとも、圧倒的な破壊力を生み出す特殊な指輪を真哉は欲していた。

黄系統は日常生活では便利だが、戦闘には殆ど適していない。

それに、真哉は結だけに頼るのは間違っていると静かに拳を握り締めていた。


「ま、どんなに強い武器でも真哉くん。

キミに扱える程度なら底が知れてるよ?」


「──」


「ふふ、そんな怖い目で見ないでよ〜

結ちゃんは特別で、キミは平凡な一でしかない。

身を弁えた生き方をしないと、すぐに死んじゃうよ?」


桃華の煽りに真哉の怒りはマグマのように煮えたぎり、握り拳は激しく震える。

このまま感情の赴くままに、目の前の小学生を殴り飛ばせたらどんなに良いことか。

だが、桃華が本気を出せばあっさり殺されるのは真哉の方だ。


「……すみません」


真哉は自分の黄系統の指輪を一瞥し、力のない自分に歯噛みする。

指輪という、理不尽で抗えない力。

結のような特殊なケースは除き、大人になればなるほど指輪の力を引き出せなくなる。



──現時点で弱いのに、これから更に弱くなるというのか。



結の急激な成長に置いていかれ、お荷物になることを許容しろというのか。



腹の底で煮えたぎる怒りから飛び出た子供じみた訴えを口に出さぬよう、真哉は自分の気持ちを奥へ、奥へ押し込んだ。


「宜しい!

反発ばっかしても無駄な時間なんだから、今出来ることを極めるとか他の黄系統の人に学ぶとか、色々やりようがあるでしょうに。

キミの成長は、キミだけが決められるのさ」


「分かりました、桃華さん」


強さや権力がある人間特有の、上から目線の腹立たしいアドバイス。

それに真哉は努めて笑顔で応えると抱き抱えた結をすぐに後部座席に乗せ、


「すみません、先に帰投しても良いですか?」


「おっけー!

じゃ、結ちゃんは頼んだよ〜?」


笑顔で手を振って見送る桃華の姿がバックミラーから見えなくなった直後、無意識のうちにハンドルを握る手に力が入る。

それに伴ってアクセルを踏む力も強くなり、市街地にも関わらず時速は90kmを優に超えていた。


「……クソが」


真哉は一通り暴走してから車を自宅に停車させ、結をベッドに寝かせてからスマートフォンを居間に置いて外に出る。

桃華に到着の連絡をする気になれないし、桃華から連絡が来ても無視するつもりでいた。

身勝手な行為とは分かっているものの、今の自分はまともな対応が出来そうにない。


「──」


真哉は無力感に苛まれながら茫然と星を見上げ、ただ時間が過ぎることを待つ。

夜が明けて、朝が来る。

当たり前のことなのに、それが待ち遠しくて仕方がなかった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「──真哉、真哉!?」


結は説明しようとして唐突に意識を失った真哉に動揺し、慌てて激しく揺さぶっていると真哉はゆっくり瞼を開ける。

眠気と疲労が溜まりに溜まっていたのに、無理して寝ずに星空を見ていたツケを払わされた気分になっていた。


「……すまん、意識飛んでた」


「ん……、大丈夫」


結は真哉が寝不足であることを見抜いたのか、気にするなと微笑んでみせる。

安全な場所に運んでくれたのは真哉だと分かるし、彼が色々と抱えていることは薄々気づいていた。

だが、それを指摘して彼を惨めにするくらいなら、知らないふりをした方がよっぽど良い。


「いんや、気にする必要はねぇよ。

要は桃華さんと俺で結を回収して、その後に桃華さんは黄系統の連中に魔法で修復させたらしいんだが……」


真哉は事実だけを結に告げ、申し訳なさそうに言い澱む。

しかし、それは結には逆効果だった。


「……そこで、見られた?」


「大正解。

日中ならまだしも、指輪持ちとはいえ黄系統は小学生が多いからさ。

小学生が一睡もせずに深夜の3時過ぎからの作業はキツい」


「仮眠ぐらい取れば良かったのに……」


「お前が終わったらすぐ修復作業に行かないと大規模な騒ぎになるからな。

そうなると面倒なのが動き出すからよ」


結の怒りが倍増したと理解し、真哉は慌てて修復に参加した小学生のフォローを行う。

無いとは思うが、万一結の八つ当たりに巻き込まれた場合は青系統ならまだしも、黄系統なら怪我を被ることは覚悟せねばならない。


「面倒なの?」


「結が気にする必要はねぇよ。

それより、とっとと片付けて研究所だ」


急かすように真哉は特異手帳を取り出し、結もそれに倣って特異手帳をドアに翳す。

真哉が知っていて語らないことを結は疑問に思いながらも、研究所に着くまでは敢えて追及しないことにした。

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