さよならは一度きりで
アメショー猫
1章・枝垂高校進級編
第1話・Bad Girlは便利屋さん
「これで記念すべき100人目だね、お姉ちゃん!」
「殺しに記念も何もないだろ」
「え~!?
人を沢山殺したら英雄、って社会の先生が言ってたよ!?」
「それなら、その先生の言うことは間違ってる。
明日からその社会の授業はずっと寝てること、分かった?」
「はーい」
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「──あれから、何年だっけ」
懐かしいやり取りを思い出し、表情筋とやらが動いたような気がする。
実際にあるのかは分からないが、恐らくそうなのだと信じることにした。
『昨夜未明、東京都粕川区にあるマンションの一階で謎の不審火があり、焼け跡から三名の遺体が発見されました。
警察は身元の確認と共に事件の可能性を慎重に探っていく方針です』
毎日のように流れる悲しいニュースを見ながら香ばしく焼き上げたベーコンエッグを頬張り、食べ終えたと同時に重い溜息を吐く。
当然のことだが、日本も犯罪が少ない訳ではない。
取り上げる話題の重要度や権力による圧力、加害者の年齢など理由は様々だ。
とはいえ、あまりにも悪いニュース続きというのは精神衛生上宜しくない。
「仕方ない、流れはいづれ変わるだろうしな」
取り敢えずテレビの電源を切ってから食事を再開し、勢いに任せて平らげると食後の珈琲を忘れていたことに気付く。
「げ、8時……!?」
──だが、時はすでに遅し。
俺のお気に入りの淹れ方で珈琲を淹れようとすると間違いなく遅刻する。
しかも、今日はあいさつ運動の実施日という地獄付きだ。
「行くか」
珈琲を淹れようとポットに伸ばした手を引っ込め、クローゼットから引っ張り出した制服の袖を通す。
そういえば、春休み中はずっとクローゼットの中だったから一ヶ月ぶりの再会だろうか。
窮屈なローファーで通学路を駆けるのも、なんか久しぶりだった。
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「西園寺、貴女は早く登校しなさいよね……!」
「黙れ絶壁女。
鉄の風紀委員長じゃなくて、絶壁の風紀委員長に変えたらどうだ?」
朝っぱらから見たくない顔に遭遇し、上品が服を着て歩いているような俺としたことが。
まぁ、こいつ以外には真っ当な人間に見られていると思う。
「誰が変えるか!!
って、そんな茶番よりも……、スカート短いから直して」
「俺は動き易い」
生意気にも今時珍しい竹製の30cm物差しで俺のスカートを叩き、鼻で笑うと黙っていたら可愛い顔が徐々に険しくなっていく。
規則、当たり前が好きなのは勝手だが、俺を巻き込むとなれば話は別だ。
「そんな低次元の話をしてないことぐらいは分かんないの!?
西園寺みたいな露出魔の所為で呼び出しなんて受けたくないのに……」
「いつか直す」
「それ35回目……!」
付き合ってられないと風紀委員長を無理矢理押し退け、俺は張り出されたクラス表に目を向ける。
「なるほど、実に素晴らしい」
「何の拍手よそれ……!?」
「お前と同じクラスにしなかった先生方への感謝」
「ちょっと──」
何か言いたげなさやかを放置し、俺は足早に新しいクラスに向かって歩いていく。
実際に彼等の意思が反映された結果なのかはさておき、あのやかましさから解放されるなら願ったり叶ったりだ。
──申し訳ないが、俺らしく過ごすには実に邪魔な存在でしかないのだ。
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「よっ、遅刻魔!」
「おいおい、今日は遅刻してないだろう?」
2-Aの教室に入った俺に声掛けをしてきたブレザーを着崩した素行不良の男子生徒、
真哉は服装や言動で誤解され易いのだが、いじめや犯罪行為はしないことからさやかはともかく、俺は真哉をとても気に入っている。
「それが毎日なら良いんだろうよ。
……そういえば、さやかちゃんとはどうなん?」
──前言撤回。
恋愛に関するゴジップが大好きなこの男は俺の敵だ。
「見れば分かることじゃん。
あいつとは離れられて良い気分だ」
「そうは見えないけどなぁ……?」
明らかに言質を取ろうとしてくる真哉の顔面に右ストレートを入れるか悩んでいた時、
「そこ、静かにしてなさい。
あなた達と同じで早く終わらせて帰りたいの」
服装などに一切の乱れなく、永久凍土のように他者を拒絶する瞳。
無表情で他者との馴れ合いを嫌う彼女を良く思うか、悪く思うかは紙一重だろう。
「ほーい!」
「……」
「漸く静かになったし、今から説明するわ。
今後の日程だけど──」
嬉しそうな真哉とは対照的に、周囲からの無言の圧に気付いた俺は何も言えなくなってしまった。
──去年の俺を知っているクラスメイトは少ない上に、進級直接から悪目立ちしなくなかったのだが。
「──以上。
質疑応答は認めないから、後は自分達で解決して」
「出たよ、椎名の責任放棄!
去年と同じくらいの鋭さだぜ……!?」
2-Aの教室から椎名が退出した後は先程の静けさが嘘のように放課後の過ごし方について盛り上がり、良くも悪くも高校生らしい雰囲気に思わず笑みが零れてしまう。
春休みはとにかく退屈で面白みがなく、俺は学校を乗り越えた後の放課後が好きらしい。
「……ああ、そっか。
お前ってあいつのクラスだっけ」
「今更かよ!?」
近寄ってきた真哉を押し退けながら溜息を吐き、俺は椅子の背もたれに腰掛けた。
真哉は驚くとオーバーリアクションと一緒に此方に顔を近づけてくる悪い癖がある。
いくら言っても改善されないことから生まれながらの習性、と諦める努力はしていると思いたい。
「興味がないことは覚えない主義なんだ、悪いな」
「その無関心、何とかしろよ……
あ、そうだ!」
俺に呆れながらも真哉は一年のうちに三年分の使用感が漂うまで使い潰した鞄の中から一枚の紙を取り出し、わざとらしく俺の机に叩きつける。
「あん?」
僅かに苛立ちながらも紙を奪い取るように手元に持っていき、書いてあることに一通り目を通す。
如何なる文書であれ、読まずに捨てるのは山羊よりも最悪だ。
「お前、まさか……!?」
勝手にサインが済まされている紙、否、契約書を掴む両手に力が篭り、くしゃくしゃになってしまうのを止められない。
勝手にサインされたのも腹立たしいが、問題は契約書の内容だった。
「ま、そういうことだ。
便利屋として金稼ぎしてみようぜ、Bad Girl?」
真哉の顔面に膝を入れてやるべきかと悩んだが、目の前に数年前にサインと印鑑の押された契約書がある以上はもう後戻りはできない。
──こうして、俺の便利屋は開業することになったのである。
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