3 「暴力」と「消尽(蕩尽)」(1)
トマス・ホッブズ(1588-1679)は『リヴァイアサン』(1651)で、基本的に人間の能力は似たり寄ったりであるから(平等だから)、放っておくと、我が身や財産が他人から脅かされるのではないかと疑心暗鬼になり、逆に先手を打って攻撃をしかけてしまうなど、なんだかんだで「万人が万人を敵とする闘争状態」に陥ってしまう、と指摘しています。
つまり、人間と人間とが織りなす関係性には、必然的に暴力が根差してしまう、と考えたわけです。
ちなみに、アリストテレス(前384-322)なんかは、人は生まれながらにして、その資質において、「支配する側/される側」が定まっているものだ、としています。
そうであるなら、自然の摂理に従えば、争いは生じないわけです。各人が、それぞれの分に応じて、収まるべきところへ収まればよいのですから。
ところがホッブズの場合、どいつもこいつも似たり寄ったり、人間は生まれながらにして著しい優劣があるわけではないから、張り合ってしまう、ぶつかってしまう、と考えたわけです。これはズバリ、アリストテレスよりは正解でしょう。
それでは、この「万人が万人を敵とする闘争状態」、平たく言い換えるなら「相互暴力」を解消するためには、どうすればいいのでしょう。
相互暴力が関係性のうちに内在している間は、平穏なコミュニティは築けませんよね。
ここで、今村仁司(1942-2007)さんの著『排除の構造』(1989)から、「第三項排除」という考え方を援用してみましょう。
相互暴力を解消し、平穏な人間関係、共同体を構築するための仕掛けとして、今村さんは、まずは「下方排除」というシェーマを示しました。
下方排除とは、簡単に言うと、みんなで一緒になって‘特定の誰かをイジメること’です。
学校の教室をイメージしましょう。
‘いつ自分がイジメられるかわからない’という、みんなの不安は、誰か一人を徹底してイジメることで解消されていきます。
つまり‘あいつがイジメられている間は、自分はイジメられなくてすむ’ということです。これが、イジメの存在論的構造です。
お互いの疑心暗鬼、相互不安が、イジメの土壌です。
ちなみに、イジメられるのは誰でもよいのです。‘あなたがイジメられることには理由がない’。誰でもよいのです。誰かがイジメられているという事実が肝心なのです。
ただし通常、イジメの生贄になるのは、何かみんなとは違った「印」をもつ人、たとえば皮膚の病、肌の臭い、吃音、等々、‘ぼくたちとは違う「印」をもつ人’が選ばれやすいです。ただしこの「印」も、じつのところ他の人と識別・区別さえできればいいわけですから、潜在的には何でもアリでしょう。
この下方排除が、‘ぼくたちの世界’を安定させます。
そしてこれが、じつはバタイユの言う消尽のもう一つの側面と繋がってきます。
簡単に言うと、暴力は常に過剰なのです。
人間の世界では、常に、ホッブズが洞察したとおり、過剰な暴力という名のエネルギーが渦巻いてしまうのです。
この過剰暴力=エネルギーを、どこかで放出(消尽)しないことには、‘ぼくたちの世界’がとても維持できません。ただし、もちろんバタイユはイジメを推奨しているわけではありません。
ポイントは、暴力が常に過剰であること、この過剰な暴力を、どこかで、何らかのかたちで、捨てないことには‘共同体が維持できない’ということです。
つまりバタイユの言う‘富(エネルギー)は常に過剰’というのは、一つには、人間をまさに人間にする「禁止」というものが必然的に生み出してしまうものでしたが、一方では、これもまた「禁止」にからみますが、人間の世界を安定させるために必要な「相互暴力の禁止」が、やはり「禁止」が、必然的に生み出してしまう‘暴力という名のエネルギーが過剰’なのです。
「禁止」がなければ、そこに過剰は生まれない。
しかし「禁止」がなければ、人間の世界は成立しない。
ゆえに人間が人間である以上、人間は「禁止」と、それが必然的に産出する過剰なエネルギーに憑かれてしまいます。これが、『呪われた部分』です。
そして、人間の世界は、この『呪われた部分』を何らかの方法で処理しないことには、やっていけない・・・・・・
‘え~? 富と禁止って、イメージがつながらないなー’と思われますか?
そんなことはありません。富とは蓄積されたものです。たとえば手元に100万円あるとして、パッと使ってしまったのであれば、それは0になり、富にはなりません。使わずに、貯める、蓄積するからこそ、それが富になります。つまり、富とは使用を「禁止」されたもの、なのです。だから動物には富がありません。動物は過剰な富をもたない。すぐに消費してしまうから。
さて、過剰な暴力(の処理方法)について、もう少し具体的に突っ込んで見ていきましょう。
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