第103話 サムワ王国入国。

 茜さんの言葉もスルーし、ログハウスのトイレに駆け込む。前にも同じように駆け込んだ記憶があるなぁ。エレナか。エレナをここに連れてきた切っ掛けもトイレだったよね・・・。と、そんなことはどうでもいい。用を足しながら今後のトイレ及び風呂対策を考えなければ。


 もよおすたびに帰宅とかあまりにも恰好悪いだろう。以前考えていたように、どこかの下水道と携帯トイレを空間魔法で直結・・・、いやそれって臭気も直結だよね。あ!日本の家の自室のトイレに行けばいいのか。そうだよ。ログハウスに慣れ過ぎていて、トイレといえばココという思考に陥ってた。慣れとは恐ろしいものだ。


 しかし向こうでも茜さんが居たらなんか知らないけど僕が帰って来たことがバレそうな気もする・・・。どこかに秘密基地でも作ってしまおうかな。幸いコンテナハウスやトレーラーハウスもあるし。魔物の山のエリアとかだとこの異世界も地球も含めて全人類にばれないようにトイレに行けるんではないだろうか。


 いや、トイレに行くのが別に恥ずかしいわけではないよ。威勢よく旅に出た挙句に、トイレごときでいちいち帰宅することに対して、周りの方々の評価を気にしているだけなんだ。


 そもそもこの世界のトイレに慣れないと、繁華街でお姉さんたちと呑んでいても、もよおす度に転移ということになってしまう。まだ呑んでいるだけならいいけど、ひょんなことから二人っきりの甘いシチュエーションになったときにちょっとお花摘みに・・・とか言って秘密基地に転移とか一気に気分がそがれてしまう可能性もあるよな。


 うん、やはり今後徐々にこの異世界のトイレに慣れるべきだな。これはこの旅の大きく重大なテーマだよ。学校のトイレと思えばなんてことない・・・。いや学校のトイレではなく大学に限定しておかないとトラウマが蘇ってしまうな。大学のトイレに入るだけでもどれだけ時間がかかったことか・・・。


 ネガティブな思考とは裏腹に用を足し終え開放感に包まれた僕は、洗面台で手を洗いリビングに向かう。恥ずかしいながらも一応茜さんに再び『行ってきます』の挨拶はしておかないとね。ついでに、エレナとスベトラの事も聞いておこうかな。


「茜さん、あの今回はちょっとトイレのために帰って来ただけですので・・・」


「わかっているわよ。昨日も私思ってたのよ。トイレとかお風呂どうするのかなぁって。それでエレナちゃん達と話していて、お昼とか夕方になれば多分戻ってくるという結論になってね。それもいつもと変わらないわけだから、もし戻って来ても『おかえりなさい』って出迎えましょうねって言っていたのよね。」


 僕が言い終わる前に茜さんからお言葉を頂いた。僕の行動はお見通しらしいですね。これはやはり秘密基地でも作らないと、なんというか威厳が保てないというか見透かされたままというか、いろいろ問題がある気がする。それに茜さんにならまだしも、エレナやスベトラにさえ見透かされているのか・・・。とにかく次のトイレタイムまでになんとか解決策を模索しないとな。


「は、はぁ。それでは再び行ってきます。あ、そういえばエレナとスベトラは?昨日冒険者活動を休んでいたみたいだから少し気になっていたんですよ。」


「二人はエフゲニーさんと打ち合わせしてお店の準備しているわよ。それとダフネさんのご夫妻もご一緒ですって。あたるくん、ダフネさんご夫妻にはお世話になったようね。私も今度きちんと挨拶しておくわね。エレナちゃんとスベトラちゃんは王都の学校見学に行くまでは冒険者活動はお休み。その間パーティーや子供たちの面倒は、マキシムさんが見てくれるそうよ。」


 ふむ・・・僕不在でも物事はちゃんと進んでいるようだ。本当の意味で心置きなく旅に出ることができるなぁ。


「わかりました。みんなにありがとうって伝えておいてください。それじゃ再び行ってきます。夜は帰ってこないですからね・・・。」


「はいはい、わかりました。それじゃ気を付けて行ってらっしゃい。」


 結局茜さんからは今僕がどこまで到達したとか、どこの国に行くとかそういう質問は一切ないまま、普通に送り出された。なんかちょっと『近所のコンビニまで。』という程度の乗りだし・・・。日本の家ならコンビニ行くまでも徒歩ならけっこう冒険なんですよ?まあいいけどさ。


 転移先はカラガ砦の街の冒険者ギルドのトイレ。先客がいると不味いので透明化はしているがどうやらいないようなので透明化を解除。うむ、やはりこのトイレはいやだなぁ。鼻をつまみながら範囲に対して<クリーン>の魔法を発動する。めちゃくちゃ綺麗にはなったけど、なんというか汚いという先入観のためまだこのトイレを使いたとは思わない。まあ徐々に慣れるしかないか。


 トイレを出て飲食スペースに戻ると、もうグリヤンのパーティーはいなかった。出発するって言ってから席を立ったからまあしょうがない。窓口でサムワ王国の情報貰う気もなくなったし、もうサムワ王国側に向かうかな。


 そもそも僕は関所を通る必要があるのだろうか。そのまま飛ぶなり透明化するなりで、関所なんてエスケープしてしまえばいいのではないかな。どうせ検問とか言ったって、オンラインシステムで通行証を管理しているとかないだろうし、どこかの街に入るのだって、冒険者証があれば何とかなる気がする。


 この街は速やかに出て、とにかく西に向かおう。冒険者ギルドの受付のお姉さんの態度が邪険だったとか、飲食スペースに可愛い女の子が居なかったからというわけではないからね。


 西側の門は確かに人で賑わっている。商人の行き来が多いということもあり、馬車が長い列を作っていて、街を出るのも一苦労しそうなので、光学迷彩障壁を張りすり抜けた。うん。誰も気づいていないな。サシャさんみたいに魔力が感知できる魔法使いが居ればひと騒ぎ起こったかもしれなかったのは今気づいたけども、何も起こらなかったので問題ないね。


 少し街道から外れて透明化したまま西の国境関所方面に移動する。もちろん検問で調べを受けて通るつもりはもうないけれど、関所は見学してみたいのだ。国によって人種的特徴があるとか、関所のお役人の対応でそれぞれの国の商人さんとか旅人への対応もわかりそうだしね。


 ファガ王国側の関所では、主に商人の荷調べに時間を要しているようだ。禁制品とかそういうのを調べているのだろうか。旅人のようなあまり荷物を持っていない人は身分証のような紙を提示して結構すんなり通っている。どちらの国の人とかにもよるんだろうな。


 冒険者証を提示するグループもそれなりに多いけど、ほとんどの冒険者らしき方々は、商人さんの護衛のようだ。大きな荷馬車の荷物検査に立ち会っている商人さんを検問を通ってもそのまま向こう側で待っているみたい。


 けっこうじっくり見学していたけど特にハプニングもないし可愛いお姉さんもいないので、今度はサムワ王国側の関所に移動する。もちろん透明化で徒歩だ。


 ほんの数分でサムワ王国側の関所に到着する。検問でやっていることはファガ王国側と同じなんだけど、こちらはちょっと物々しい。何がと言われれば、検問にいる職員さんの装備。ファガ王国側ではなんだか軽装の警備員さんって感じだったけど、サムワ王国側では半数以上がフル装備の兵隊さんという感じだ。何故という疑問は起こるけど、さすがにここで透明化を解除して聞くわけにもいかないので、まあ今はスルーかな。


 多くの馬車や人々を避けながら歩くのも面倒なので、そのまま飛行で関所を抜ける。ちなみに上空から両関所を眺めてみたけど、1kmほど街道からずれれば、国境とか余裕で抜けられるんじゃないのか?なんかあまりにも適当な関所のような気がするけど、それでも皆関所を通るということは、何かしらの対策が施されているんだろうか。ちょっと慎重にならないといけないかもしれない。


 さらに飛行の高度を上げてみる。が、特に越境を阻むものは無いように見えるんだけどなぁ。まあいい。サムワ王国側の関所から見ると西側に見える街があるから、まずはそこに行ってみよう。あの街へは一応門を通ってみるか。お腹空いたから昼食もあの街で摂ろう。


 街の門から少し離れた人目からは影になる位置で地上に降りて透明化を解除。街道の僕の位置から少し前には、商隊とその護衛の冒険者がいるので、距離を保ちながら徒歩で門へと向かう。最近運動不足だから、外殻での補助はオフにして自力のみで歩いてみた。


 国境関所での調べが念入りな分、こちらの街の門も比較的スムーズに進んでいる。商隊はその人や荷物の多さから時間はかかっているけれど、僕のような荷物の少ない旅人はすぐに順番が回ってくるようだ。みんな身分証のような紙とコインのようなものを提示している。あのコインは入街税のようなものなのだろうか。冒険者は税金いらなかったよね?国が違えばそこらも変わるのかな・・・。


「はい次。」


 もう僕の番だ。かなり早いな。革鞄から冒険者証を取り出して門番さんに提示する。


「ファガ王国、サラハの街の冒険者だね、で、コインは?」


「あ、え?えっといくらですか?僕ファガ王国のお金しかもっていないんですけど大丈夫ですか?」


「あ?何を言っている。関所で入国証として渡されただろう。」


「・・・」


「・・・」


 あれ?関所はけっこうじっくり見学していたつもりだったけど、入国証ってなんですかね。そういやサムワ王国側の関所の見学は割と適当にしかしてなかったか。これってかなり不味い状況なのでは・・・不法入国で即国外退去とか・・・いやそんな穏便で済むだろうか。専制君主制の国なのだから、即捕まって死刑・・・いやいや、まさかファガ王国があれだけ平和だったのだから、お隣のサムワ王国だっていきなり死刑はないだろう。でもどう対処しようか・・・転移で逃げようかな・・・。でも入国早々に逃亡とかないわー。


「君ちょっとこっちに。」


 うん?『こっちに』というのは僕に対してではなくて、兵士さんへのお言葉だったのね。既になにげに両脇をそれぞれ両側から兵士さんにがっちり掴まれてますし。ほんとどうしよう。やっぱり転移で逃げたほうが良いかな。


「ちょっと詰め所に来てもらえるかな。」


 ・・・門番さんというか兵士さんも僕をそれほど乱暴に扱っているわけではないし、ここは旅の1ページ目のハプニングとして、ちょっと付いて行ってみようかな・・・。地球でなら逃亡一択なんだけど、この異世界は今のところ僕に優しいからね。でも付いて行くというより運ばれている感じだけども。

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