第58話 出立。

 魔物図鑑は何度か全巻とも目を通した。特にワイバーンやドラゴンは、ファンタジー生物の代表格だからしっかりと読んでおいたので、この大きさはドラゴンのはずだ。羽のないアースドラゴン以外の。全長25mくらいなので図鑑に載っていたワイバーンの項目に書いてあった最大数値6mよりも確実に大きいから確信はしている。


「アタール君、これは流石に今すぐに判断はつかん。少し時間が欲しい。」


「やはりドラゴンは、まずいですか?」


 人払いまでした上で、この大きさの魔物を取り出すとなると、さすがに場所を探すのも大変か。一応出すと同時に障壁で固定するから、鳴き声や動作による衝撃は心配ないとはいえ、おそらくジャジルの街の中では無理・・・か。高さも考えると、街や街道から相当離れないと人目についてしまうし。ならば、近郊で適当な場所を探して、まず数体を処理したうえで、再度収納して、持ってきた後に・・・


「おい。アタール君、聞いているか?」


「あ、すみません、考え事をしていました。」


 今はいろいろとインパクトが大きくて、みんな突っ込まないだろうから、普通に理由付けして答えた。毎回考え事で上の空なのは確かだし。あ、エレナがジト目だ・・・。


「いや、ドラゴンの事ではない、アタール君の魔法をはじめ魔物の島・・・もう元魔物の島か、それと・・・とにかく全部だ。アタール君が今日話したことの全部。おいそれと他言できん・・・そうだ、大叔父と叔母か・・・。」


 アート様が頭を抱えながら何やらな思い悩んでいる様子。聞いてなかったことはスルーしてくれたようなので、このまましばらく待つことにした。あ、アート様が何か思いついたような顔した。


「アンドレイ、大叔父に早馬を出せ、至急の面会の要請だ。同時に叔母にもだ。そしてすぐに出かけるぞ。不在時の段取りを・・・」


 ここは失礼だがぶった切る。


「あの、ちょっと待ってください。」


「なんだ、・・・まだ何かあるのか。」


「いえ、その、王都はまではどれくらいの距離が・・・いや、どれくらいの日数がかかるのでしょうか?」


「そうだな、今回ならば、かなりの急用だ。強行軍で馬を換えながら3日というところか、どうだ、アンドレイ。」


「はい、馬も途中で換えながら、御者も交代して向かうならば、おおよそ3日目には到着できるものと思います。」


「結界守の村から、王都への場合はどうでしょうか。」


「アンドレイ。」


「結界守の村からですと、同じ条件で2日くらいかと。」


 不眠不休とはいっても食事や途中休息、地形とかを考えると早馬と違って馬車は徒歩の倍程度だから領都から王都までの距離はおおよそ400kmから500kmくらいかな。この国、かなり広いな。


「提案があります。」


 横でエレナも頷いている。


「僕の転移魔法で、結界守の村には、一瞬で。結界守の村から飛行魔法で王都までは1時間程で移動できます。」


 実はまだ多人数での実験はしていないけれど、魔物の一斉インベントリ行きで培った感覚があるので、障壁で馬車を包んで、障壁ごと飛ばせば、対象に触れることなく飛ばせると考えている。僕は障壁にさえ触れていればいい。転移は車でやっているから、同じようできるはずだ。あ、もう隠し事もないことだし、車でやるか。道中話もしやすそうだし透明化でなく、障壁の外側を幻影魔法で見えにくくすれば、いろいろと利便性が高まりそうだし。ジャーパン皇国設定も、転移魔法を見せた時点で崩れてるしね。


「アタール君、それは本当か?」


「今日はご相談とともに、僕についてのいろいろな真実を伝えに来たのです。今更こんなことで嘘は申しません。」


「アンドレイ、我が不在時の段取りだけしておけ。大叔父と話さえ付けば戻ってくる。もどりは・・・」


「まだ10時前ですからですから、少々話が長引いても、今日中には帰って来られるかと。」


「そ、そうか、理解は及ばんが、我を信用して話してくれたアタール君を我も信用しよう。先ぶれに持たせる書状など用意する。少し待ってくれ。」


 魔法移動案が認可されたようなので、執務机で書き物をしているアート様を横目に、僕はアンドレイさんに、天井高3m以上で幅3m、奥行8mくらいある、人気のない倉庫がないかお聞きした。車を出す場所の準備をしてもらうためだ。アンドレイさんは少し思案した後に思いついたようで、少しじゅんんびして参ります、とアート様に耳打ちした後、深く礼をしてから執務室を出ていった。アート様も書類を書き終えたのか、席を立ち『ちょっと待っていてくれ』と執務室を出た。


「エレナさん、今日この後の転移と飛行なんだけど、今までと違うやり方するからせめてエレナさんは驚かないでね。」


「は、はい・・・。でも、何をするのか言ってくれないと驚いてしまうと思いますけど。」


 まあ、そうだよね。一応口頭ではあるが、馬のない馬車のような乗り物で移動する旨を簡単に伝えたところ、やはり驚いていたが、これで現場では冷静でいられるだろう。今回はエンジンをかけて走らせることもないだろうし、ハンドルを握ることもない。これもう、単なる大きな箱用意した方がいいんじゃないかと思ったが、窓から景色見えるし、ドリンクホルダーに飲み物も用意できるから、車の方がいいよね。車出したら要らない荷物片づけて、クリーンかけて・・・


「もう、アタールさん、また何か考え事しいるんです?」


 エレナの声掛けに、『はい、聞いてませんでした。』って、言いかけたよ・・・。扉がノックされてアンドレイさんが戻ってきたようだ。


「アタールさん、お部屋が用意出来ました。アート様には既にお伝えしておりますので、後ほどいらっしゃいますから、先にご案内いたします。」


 アンドレイさんに案内されるがままに付いて行くと、執務室を出て階段を1階分上った階で、本物のサロン、日本人の知識でいうと、舞踏会のできる広間に案内された。実際にこの城での舞踏会に利用されてるようだ。謁見室というか謁見の間も広かったけど、この部屋はさらにだだっ広い。車を出しても、余裕すぎるくらい余裕。感動しているところに、アート様もやってきた。


「待たせたか?着替えや言伝をしていたのでな。遅くなってすまんな。」


 アンドレイさんは今回同行しないので、見張り役だ。アート様のご家族にも内密だからね。僕は<インベントリ>と唱えて、車を出し、ちょっと待って頂いて、車内を片付け<クリーン>もかけておく。もうみんなが驚いて口をあんぐりと開けているのは、スルーする。エレナはちゃんと冷静さを保っている。というか、キラキラ目になっている。


「用意ができました。ドアを開けますから、乗って下さい。」


 後部座席にアート様、助手席にエレナをエスコートし、出発の準備。窓はパワーウィンドウなので開閉のため、一応キーを回してスタンバイ状態にする。見た目は新品だが、年式を含め、元はポンコツなので、キーレスエントリーなどは無い。もちろんハイブリッドでもない。運転席側の窓を開けて、アンドレイさんに「少しテストします」と告げる。


 外からは見えないで、中からは見える。イメージは光学迷彩障壁。マジックミラーではない。外からの見た目は透明に見えていると思う。そのまま車体を包んで浮かしてみたり、10センチほど数回転移してみて外からアンドレイさん、にも確認していただく。僕の問いかけには、口をあんぐりとあけたままコクコクと頷きで返していただいた。上手くいったので、


「アンドレイさん、それでは行って来ます。アート様、それでは今から、結界守の村に転移します。」


 普通なら、車だから、つかまってくださいとか、注意しておいてくださいとか言うのだろうけど、転移に関しては特に注意する点はない。アンドレイさんもアート様もコクコクと返事をしてくれたので、そのまま結界守の村のサシャさんの家の前に転移する。

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