第50話 謁見。

 謁見の間に入ると、アンドレイさんが迎えてくれた。召使さんが教えてくれた手順は全くもって覚えている自信がないので、アンドレイさんにチラチラと視線を送ってみる。う~んわからん。あ、膝をついて迎え入れるんだっけ・・・頭は・・・なんか下げなくていいって言ってた。


 謁見の位置まで来たので、とりあえず片膝をついて待ってみる。エレナさんも真似する。アンドレイさんの方を見ると頷いた。合ってるようだ。あ、なんか偉そうな集団が入ってきた。けど、「何々様のおなり~」とか言わないんだな。一番偉そうな人が、やっぱりジニム辺境伯様なのだろう。というか、あれってジニム辺境伯ご一家?


「公式な謁見ではないから、楽にしてよいぞ。アンドレイ、椅子を2脚持ってこい。」


 辺境伯様らしき方が、真ん中の椅子に向かって歩きながら、アンドレイさんに命令してる。思ったより若い。30代後半から40代半ばってところだろうか。で、楽にするって、どうするのかわからないんです。でもまず書類を渡さなきゃいけないのかな。アンドレイさんに渡せばいいのか?椅子をもって来たアンドレイさんに、小声で聞いてみると頷いたので、書類を渡す。まだ椅子には座らず、片膝ついたまま。


「大儀であった。いや、本当に楽にしてくれ。ほれ、椅子に座らんか。」


 アンドレイさんから書類を受け取った辺境伯らしき方が、もう辺境伯様に決定でいいか。その方は書類を確認もせずにそのままアンドレイさんに返した。あとで執務室とかで見るんだろうな。でも封蝋くらい確認すればいいのにすり替えとか疑わないのかな。そんなことを考えながら椅子に腰かける。エレナさんも僕に倣って椅子に座るけど、ガチガチだ。


「アタール・タカムーラ、我がアート・フォン・ジニムだ。」


 はいはい。そうだと思ってました。アートさんっていうのか。そういえば何となく芸術的?いやいや、単にお名前ですよね。右隣に立っているのが奥さんで、反対側がお子様たちかな?お子様たちって僕より若いと思うんだけど、息子さんたちはガタイいいし、娘さんは・・・エレナさんよりもいろいろとご立派だ・・・。


「おい、聞いてるのか?」


 うわぁ。聞いていませんでしたって、絶対言えないシチュエーションで聞き逃したのかな。


「まあいい、叔母からの手紙にも書いてあったか・・・。少し集中力が散漫の様だな。」


 めっちゃエレナさんから睨まれてるし。叔母?それって誰?辺境伯様の年齢で、叔母?心当たりある人って、ひとりしかいないけど・・・。あの時は、単にパニクってただけだし。というか、手紙?


「叔母は、大叔父にも手紙を書いたとあったぞ。」


 大叔父って誰だよ、もう全く分からないし。


「あら、サシャ叔母様の手紙の方って、この方なのね。」


 奥様、はいご名答。サシャさんでした。って、世間知らずのお婆さんどころか、最新情報まですぐ手に入れられる方だった。サシャさんが僕に話してくれた何割くらい本当の事なのかもわからなくなってきたな。でも魔物の山の結界については、みんな知ってたしな。で、大叔父って誰よ。


「まあ、あの叔母も人が悪いからな。そして転移で巻き込まれたというジャーパン皇国の民は、自己紹介もせんのか?」


 笑顔だから怒ってないのは分かるけど、なにもかも心臓に悪すぎる。サシャさんの手紙にはいったい何が書いてあったのだろう。しかし、そういえば田舎のお婆さんの住む家にしては立派だったし、使用人もいたんだから、貴族関係者というのも気づいて然るべきだったか。


「申し訳ありません。気が動転してしまいました。アタール・タカムーラ、ジャーパン皇国の出身です。ご縁があって現在は辺境伯様の領地、サルハの街に住まわせていただき、冒険者および商人として活動させていただいております。今回の依頼、ありがとうございました。」


「いや、依頼はどうでも良かったんだ。あれ、単なる紙束だからな。」


 あ、アンドレイさん吹き出しかけてる・・・。そして領主様の口調、どんどん崩れてきている。周りの人もなんかニヤニヤしてるし・・・。貴族の奥方様はそんな顔で笑っちゃいけないと思うよ。なんか、一気に緊張解けたかも。エレナさんは・・・まださっきのままだね。


「それでだ。叔母はアタール君の人柄は信用できると書いていた。言うことは出まかせが多いようだがな。まあ、大魔法使いには、秘密も多いだろうということだ。最初は間者を疑ったそうだがな。あまりにも膨大な魔力を放出するくせに、初歩の水魔法もできいような真似をするから、笑うのを必死で堪えたそうだぞ。」


 色々バレたうえで、リリースされたみたい。


「おい、アンドレイだけ残って、あとは退出せよ。」


 なんだ?なにか重要な話か?あ、みんな出ていく。ご家族はみんな残るのね。謁見室に残ったのは、ご領主一家、アンドレイさん、そして僕とエレナの8人だけ。


「ます、改めて礼を言う。サルハの街のスラム地区の件、本当にありがとう。そして我が領にやってきてくれて本当にありがとう。代官から色々な報告を受けている。」


 エレナさんはきょとんとしているけど、ログハウスで話したよね。あ、辺境伯様やご一家、アンドレイさんまで頭を下げている方へのリアクションか。ここは、頭など下げないでください。とか言うところ?何言えばいい?


「悪いな、矢継ぎ早にこちらばかり話して。この1か月ほど、代官をはじめ、商業ギルド、冒険者ギルド周辺からも報告を受けていた。勘違いしないでくれ、ギルド自体ではなく、我が領の諜報員が冒険者や商人として活動しているのだ。その誰もが、アタール君を評価している。人柄についても、行動力についても。そして必ず領にプラスになると。悪いが誰とは教えられんがな。そしてやはり極めつけは叔母の手紙だ。これも見せれんがな。」


 うぅ、めっちゃ駄々洩れのようだ。でも、サシャさんの手紙見てみたい・・・というかこれある意味秘密握られてる感じだ。転移や飛行、透明化はバレていないことを祈ろう。今自分から何か言うと、自爆しそうで怖い。あ、でもこれエレナさんの設定使えなくなったのでは。


「そしてエレナ嬢、」


 はい、来ました。


「我は、アタール君を信用し、そのアタール君が連れている者も信用するし、大切に扱う。君には何も事情は聞かない。今も、これからもだ。先ほどから見ていると、お互いが心配しあっているのがわかって、とても微笑ましかったぞ。なあ、ユリア。」


「はい、あなた。とてもかわいらしいお嬢さんなのに、とても気丈にこの場に耐えていらっしゃいますし、先ほどからアタールさんを心配している様子は見ていて可哀そうになりました。もっと早く声をかけて、緊張を解いてあげるべきだったと反省いたしましたわ。」


「勿体ないお言葉ありがとうございます。お声をかけていただき光栄です。アタール様に拾われた身ですが、粉骨砕身の決意でこれからも尽くして参る所存です。」


 奥様はユリアさんというらしい。というか、エレナさん、その格調高い返事は何処で覚えた?そしてエレナさんの評価高い。まあ、ここ数日で僕よりできる娘なのは理解しているから、間違ってない。尽くしてくれるの?いいの?これでもう、ない?もうびっくり箱ないよね。結界守の村はもう一度訪ねなきゃな。


「僕からもお礼を言わせていただきます。そして失礼ですが、質問させていただいてよろしいでしょうか。」


「堅苦しいな、いいぞ。」


 いや、殿の御前ですからね?


「まずはその、スラム地区の件、過分な報酬の理由をお聞きしたいです。大金貨100枚ともなれば、領地の負担も大きいはず。そして領地にも旧来からの家臣がいらっしゃると思います。その方々が不満が出ないように内密に報酬を賜れたのでは?」


「どうだ、アンドレイ」


 あ、アンドレイさんに振った。まあ家令だからな。


「はい。お答えいたします。まず、今回は大人、子供を含めて250名以上が平民に、そのうち100名程が冒険者となっております。そして冒険者の平均年収は約大金貨3枚。これは天引き後、2割がギルドで天引きされております。そのうち1.割5分が租税、5分がギルドの取り分となります。そうするとそれだけでも年に大金貨50枚以上、実際には250名の住民が商店で物品や食料の購入を行うため、税収の向上も見込めます。さらに冒険者以外のものからの人頭税や給金の租税を合わせると、総計で1年目にして大金貨100枚前後の税収となります。このように、スラムを新設の村と考えた場合、1年間の租税免除となりますので、単純に領としての支出はプラスマイナスゼロ。決して厚遇でもなんでもありません。スラム地区住民の話ですと、アタールさんは私財を投じて、それぞれの住民に服や家まで与えているとお聞きしております。内密にというのは、他領の業突張りな貴族によってアタールさんにご迷惑をかけたくないという配慮からです。領内家臣は逆に感謝しております。またすでに代官様からもお聞き及びだとは思いますが、本来これは領主の仕事、しかし領主がアタールさんと同じことをすれば、初期の支出を嫌がる他領の貴族から、アート様が突き上げられる可能性もあり、今回このような対応となった次第です。また当領でもスラムの問題はサルハの街に限りません。他の街に行ってくださいとは申しませんが、他の街の代官様をサルハに視察に行っていただくようお願いするつもりですので、その折には、少しだけご協力いただければと願っております。」


「だそうだ。」


 分かりやすかったけど、アンドレイさんセリフ長っ、そして領主様セリフ短っ。

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