第33話 冒険者生活の始まり。

 昼前の冒険者会館は、相変わらず閑散としている。とりあえず受付にいるセルゲイさんを避けて他の窓口に向かおうとすると、セルゲイさんが手招きしている。無視しようか悩んだが、しょうがないので、セルゲイさんが待ち構える窓口に向かう。


 なぜ支部長がいつも受付にいるのだろうか。人件費だって、若い女の子のほうが安いに違いないのに。


「マキシムから色々聞いたよ。」


 色々ってなんだろう。ものすごく嫌な予感がするけど、いい笑顔なので大丈夫か。


「再登録した中にも、何人か知った顔があった。あれお前のおかげなんだろ?ありがとな。」


 おまえ呼ばわりはある意味安心する。話の内容も、マキシムさんの足を治した魔法関連ではなくて安心した。彼は約束を守る男のようだ。ちょっと何かと加減がわからないだけで。


「礼には及びませんよ。どちらかというと元は彼らのお世話になったのは僕の方ですから。」


 もちろんお世話になったというのは、強盗傷害誘拐事件のことだ。このネタはスベトラちゃん以外のイワン一味に対しては数年引っ張れる。


「魔法使いの冒険者は大歓迎だ。」


 魔法使いというのはバレてるのね。まあ、使った魔法については口止めしたけど、魔法が使える事には口止めしてないし、野営地から同行した街の商人たちには周知の事実でもあるし、問題ないかな。


「あと、代官様からも、アタールさんには色々便宜をはかるように言われてる。なにかやったのか?」


 冒険者ギルドは民間組織なので、結界守の村のご威光は通用しないんだよね。最初に来た時にそれはわかってる。


「以前お見せした、結界守の村の紹介状があったでしょ、あの紹介状持っていると、なにかと役所なんかで便宜をはかってくれる感じですね。それ以外は特に知りません。」


 ふ~ん、あんなものがなぁ。と、腕を組んで悩んでいるが、僕は世間話しに来たわけではない。そして冒険者の身の上を細かく詮索することはご法度と規約に書いてたよね?まあいけど。


 とにかく今日は輝かしい僕の冒険者活動初日なのだ。何かめぼしい討伐系の常時依頼は無いのか聞いてみる。今日は主に魔物に対する魔法実験がしたい。


「アタール君は、パーティーは組まないのか?」


 聞きたい答えではなかったが、当然の疑問だと思う。マキシムさんからも、特に討伐系はチーム、ようするにパーティーを組んで役割分担するのが普通と聞いている。ひとりじゃ待ち伏せさえ難しいからね。


 強い魔物はひとりでは太刀打ちできないし、ひとりで倒せるような弱い魔物は、逃げ足が速い。複数で対峙するか複数で囲むか追い込むか。どちらにしても複数人数は必要と聞いた。


「魔法使いなんで。」


 詮索無用を盾にとって、とにかくここは最小限の答えだけ返しておく。登録したときの、冒険者ギルドのモットー『命大事に。』は決して忘れてはいない。でもね、創作魔法の実験にパーティーはちょっと向かないのだよ。


 将来的に可愛い猫耳の女の子とか少し抜けてはいるけど武芸に優れていて胸のあたりが若干大きめで・・・・、それでもってこう守秘義務は死んでも守るとか言うくらいに尽くしてくれて信頼できる方々が居るならば・・・。


「アタール君、説明聞いてる?」


 はい、聞いてませんでした。


「冒険者は自己責任だから、まあ勝手にすればいいけどな。」


 少し怒っておられるようなので、アドバイスに従ってパーティーを組んだ方がいいか真剣に悩んでいましたなどと、適当に嘘を並べてみたら、機嫌はよくなった。


 無理はしないで、まずは街の外を見学するくらいの気持ちで行きますとか、とにかく初心者っぽく。まあ初心者なんだけど。ここの嘘発見器は手をかざすタイプだから何でも言える。


「街壁の正面から出て、右に曲がって川を挟んだ南側。そこに比較的弱い魔物が出没するから、適当に見学して来い。狩れるなら狩ってもいいし。あそこなら、命を落とすほどのけがをすることは無い。あと、他の冒険者の邪魔はするなよ。会っても遠目に会釈程度にしておけ。獲物の横取りだと思われないようにな。あとは、もし怪我したり死にかけてる冒険者見たら、助けてやってくれ。手遅れで死んでも文句は言わんし、連れてきてくれるか、報告してくれたら報奨金を出す。以上だ。」


 はいはいと返事して、冒険者会館を後にする。街壁の門番には冒険者ギルドのカードを提示して街の外に出る。空は雲ほとつない青空。日本はまだ初夏なんだけど、こっちの今の季節は何て言うんだろうか。空間接続魔法で繋いでも、気圧差はほとんどというか、まったくと言っていいほどなかったから、同じような気候なのかな?まだ異世界側では雨は体験してない。あ、魔物の名前や種類聞きそびれた・・・。


 マキシムさんの言う通りに、門を出て右に曲がり橋を渡る。馬車の轍があったりするので、ここは街道なのだろう。街道沿いすぐには魔物はめったにいないそうだから、もっと先に進んでから、街道を外れよう。


 1時間ほど街道を進む。目撃されるのを避けるため、今回はバイクも車も出していない。徒歩だ。それでも防御と強化の魔法で全く疲れは無いしこの1時間でマラソンランナーが到達できるくらいの距離は稼いだはずだ。世界記録ならば20kmくらいか。


 とにかくこの辺りなら、あまり冒険者も居ないだろうから、街道を外れて森か林かわからないけれど、木々が茂っている方に方向転換する。


 さらに20分。間伐されていないほぼ原生林、歩きにくいけど鬱蒼と茂っているわけじゃないこのあたりも気候に関係しているのかな。もうちょっとちゃんと地理の授業を受けておくべきだったか。と考えながらもスマホで《原生林》を検索してみる。広義すぎてわからん。地域差ありすぎ。


 気を取り直して、魔法実験を開始する。こういう場合便利そうなのはやはり周囲の探知魔法だろう。探知対象がわからなくても行けるかどうかはわからないが、まずは生物を探知してみる。


 探知方法は音波反射のような感じかつ魔力を広げていって、生物を探知したらその場所がなんとなくわかる感じかつ地図表示とかはもちろん無いので前横後ろ何メートルくらいはわかる感じ。いろいろ漠然としているが、神経に作用する魔法はまだ怖いので、視神経とか脳に直接情報とかはしない。


 魔力反射も神経じゃないの?という突っ込みをいただくかもしれないが、これはあれだ。反射してきた風を受ける感じ。触覚などの感覚に近いのでOK。


「<サーチ>」


 誰も見ていないので、呪文を付けてみた。手をかざしながら目を瞑っても何も関係ないけど、目も瞑ってみた。手も関係ない。が、いきなりものすごい量の魔力が周囲360度、上面180度から反射してきた。上面は少し密度が粗いか。


 あまりの魔力に肌が痛いくらいに感じる気がする。もちろん痛みは錯覚で痛くは無い。敵は近い。囲まれてる?


 防御と強化もしているので、もし攻撃されても問題ないと思うが、さすがに囲まれているのは怖い。瞬時に目を開けて周りを見渡してみるが・・・何もない。僕はがっくりと肩を落とす。


「あぁ、木ね。」


 僕の認識では木も生物だった。というか、魔力ってこんな風に感じ取れるんだ。今のは反射してきた自分の魔力ってことか。今まで意識したことなかったから全くわからなかった。


 これもスラム住民にでもお願いして実験しなきゃ・・・ダジャレではなく気をとり直して探索対象を明確に動物系にする。魔物も動物系で認識しているから今度は大丈夫。探索範囲も半径30m程度に絞り込む。


「<サーチ>」


 相変わらず呪文は発してみるけど、今度は手もかざさず、目も開いている。それでもかなりの数の反射がある。一番大きなものは、右斜め前25m仰角7度。計算すると約3mの高さ。小動物か。ちなみに計算はスマホに任せた。


 相手が移動したら見失うので無詠唱でサーチを連発している。音をたてないようにゆっくり対象に移動すると、木に大型のカブトムシのような虫がとまっていた。


「あぁ、虫ね。」

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