第16話 冒険者については、まだあまり詳しく聞かない。

 正直言うと職質中、途中で転移魔法使ってどこかに逃げようとも思ったよ。しかし、せっかくお知り合いになったダフネさん一家とこれっきりというのもあまりにも寂しいし、冒険者組織が国を超えた広域だった場合、指名手配っぽいものなんかされたら、たまったものじゃない。


 しかも、専制君主制の国なのだから、逃亡者は見つけ次第打ち首ってこともありうるよね。そんな状況は絶対に避けたい。こうは見えても会社経営者は、リスクマネジメントに長けているのだ。


 でもチート魔法を何かしら試してみるというのは、すっぽり抜け落ちていたけどね。だって、数日前までは魔法なんて使えなかったし、そもそも頻繁に使っている魔法は、デュプリケートと転移だもの。


 今後は他の魔法もいろいろ試して身に着ける必要がある。でも人体実験が必要な魔法については、人道的にどうかとは思うので、使ってもいい使う相手を見定めてから実験する必要性を感じる。盗賊とか、魔物とか。


 そんなこんなで、部屋は変わらないけど、職質から取って代わった世間話という情報収集を行う。まずはお互いの正式な自己紹介からだ。僕の自己紹介は職質時にほとんどできているし、他の細かい設定がまだなので、職員さんたちの素性を明かしてもらうことにしよう。


「あの、すみませんがお名前などお聞きしてよろしいでしょうか。」


 丁寧にお聞きする。正面に座った最も強面の職員さんは、ニッっと口元に笑みをためた後、


「お、すまんな。ワシはセルゲイ。この街の冒険者ギルド支部の副支部長だ。そして、君に最初に声をかけたコイツは、アレクセイ。その隣はマレット。ふたりは会館の警備担当だ。」


 え、僕の知識の中の異世界ものの物語では、だいたい副の役職が付いた方は、見た目は若く見える妙齢の女性のはずなんだが、この異世界では普通のオッサンのようだ。


 というか、会館内でまだ女性見てない。オッサン率高すぎでしょう。でもここは、好印象を抱いていただくために、


「初めまして、ご丁寧にありがとうございます。私は先ほども申しましたように、アタールと申します。セルゲイさん、アレクセイさん、マレットさん。なんだかお手間をかけてしまったようですみません。知らない街の知らない建物で勝手がわからず、色々教えていただければ助かります。」


 と、丁寧に返す。もちろん握手などは求めない。未だこの世界というかこの国のプロトコルは理解していないからね。でも、頭は自然に下がってしまう。悲しい日本人のサガ


 そして、この冒険者会館についてや、冒険者の仕事などについて、あれこれ質問をぶつけてみた。まあ、警備担当のアレクセイさんとマレットさんは、途中退席したのだけれども、セルゲイさんがいれば、会館や冒険者についての事柄はほとんどわかるであろう。なにせ副支部長だし。


 お聞きしたお話では、冒険者ギルドというのはその名の通り、冒険者の組合組織で、冒険者への仕事斡旋や職業訓練などを担っている。

 予想通り、国を超えた組織であり、ファガ王国だけではなく、そのほかの国の領地にも支部を設けていて、本部は西隣の国、サムワ王国にあるという。しかし情報にもそれなりの料金があって、組合員でもない僕には、あまり詳しい話を教えてはくれない。


 特に領地や国をまたいだ情報については、ギルド自体がそれなりの費用を使って集めているので、それなりの料金が必要のようだ。もちろん払えないわけではないけれども、大盤振る舞いするほど小銭入れにお金は入れていない。インベントリから出すと、また不審がられるのも目に見えている。


「どうだ、登録していくか?身分証もそんな紹介状だけだと、役人には通用するが、商人や職人、ワシたち冒険者の間じゃ、通用しないだろう。不審そうに見えたら、毎回何かしら、こうやって一時的に拘束して取り調べ室にご招待することになる。」


 僕、拘束されてました。で、ここは取り調べ室でした。


 もちろん、冒険者には興味があるけれども、今回のことで理解したのは、僕自身この世界の知識があまりにも貧弱であること、この世界における自分の立ち位置および脳内設定が煮詰まっていないことなどを感じたので、後日先ほどの写真の写し絵を持って来る折までに、結論を出すことをお答えした。


 この世界に転移してから、まだ5日。いくら流れに身を任せるほうが楽とはいえ、あまりにもいろいろ急ぎすぎると、各方面から不審がられる未来しか見えない。


 念のため、冒険者登録する条件などについてお聞きしておいたが、成人であること。明らかな犯罪者でないこと以外に特に条件は無かった。まあ、細かいところは、登録するときに知ることができるだろうから、充分だ。今日のところは、冒険者会館を後にすることにする。


 なんで、オッサンの受付で登録しなきゃいけないんだよ、冒険者登録はやっぱり可愛い受付のお姉さんとのコミュニケーションありきでしょうよ。できれば細かい説明は懇切丁寧に手取り足取りお教え願いたい。という本音は絶対ばれていないとは思う。


「本当にありがとうございました。なんだか、ご迷惑をおかけしたようで済みませんでした。今後は不審がられないよう行動には気を付けます。それでですね、なぜ会館にほとんど冒険者の方がいないのですか?」


 一応完全開放前に、気になったことを聞いてみた。冒険者のほとんどは、朝に依頼を受注して、日が落ちる頃に帰ってくるとのこと。もちろん、数日かかる依頼もあるし、早めに終わる依頼もあるのだけれど、ほとんどの場合、この時間帯は閑散としているそうだ。


 女性職員の在籍に関しての質問は、本来最も気になるところなのだが、控えておいた。また拘束されかねない。


 取調室であった部屋を出る前に、日本人らしく深々とお辞儀した姿を見て、セルゲイさんが再び不審者を見るような表情を浮かべていたが、ジャーパン皇国での挨拶であることを説明したのち、納得していただいた。いちいち面倒くさい。


 アレクセイさんとマレットさんにも軽く会釈し冒険者会館を後にして、サルハさんの店に向かいながら、この異世界での課題を考える。


 この世界の知識の拡充は必須。異大陸からの転移設定と相まって単なる観光という設定など徒歩と馬車の世界ではありえないだろう。


 ある程度の無知は、許容範囲だろうけれども、そのためには異大陸からの巻き込まれ転移という初期設定をいちいち説明しなければならなくなるだろうから、これは面倒。もちろん出身を聞かれたときにはそう説明するわけではあるけれど。


 さらに、最初に出会ったサシャさん以外には、既にこの国の言語で会話してしまっているし、トランスレートの魔法についての説明も面倒。なので魔法が使える事なども含めてこの世界での僕の設定を詳細に行う必要がある。


 バイクや車についても同様。魔道具として人前で利用することによって問題が起きないかも検証する必要がある。これからのこちらの世界での生活費の稼ぎ方なんかも考えなければ。本当に課題山積みだ。


 気が付くと既にダフネさんの店の近くまで来ていたので、そのままお店に入り、挨拶をかわす。今日は色々疲れたので、また後日ということで挨拶だけ。


 マーキスくんとマリアちゃんが寂しそうに『もう行っちゃうの』という言葉をかけてくれて、少し後ろ髪をひかれたけれども、今日はひとりでじっくりと策を練る必要があるので、涙をのんで別れ宿に向かう。


 宿でも「今日は夕食いらないし、明日は昼まで寝ているので起こさないで。」と告げ、いつまで利用するのかわからない宿代として、とりあえず金貨1枚をカウンターに預け、部屋に入りカギをかけて、自宅にサクッと転移するのだった。

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