第12話 サルハの街。

 サルハには今日中に到着するという。相変わらず荷馬車の2列目の席で、馬車の旅を楽しむ。車よりも振動はこたえるが、旅は道づれだ。


 ちなみに今日、馬車は隊列を成して道を進んでいる。たまに単騎で馬に乗った他の馬車の随行者が僕を見に来るのは、ご愛嬌。


 馬車では、子供達に魔法についての質問攻めを受けている。たまにダフネさんやマーシャさんからも質問が飛んでくる。 要するに、どんな魔法が使えるのかという話である。


 門外不出とか、教えたら呪いが…などと誤魔化しながら、とりあえず、ダメにしてもいい水袋をひとつ出してもらい、飲むごとに蓋をすると、再び中の水がいっぱいになるように、クリエイトウオーター魔法を付与し、感心される。水袋は家宝にするそうだ。


 ダフネさん一家の中では、既に僕は伝説級の魔法使いであるらしい。それはおそらく事実であるが。ついでに検証の一環として、マリアちゃんに魔法を教えてみる。野営地で魔法使いに教えたのとは違い、魔法大全に準拠したものだ。


「水って、沸かすと湯気になるでしょ? だから、この何もない空気の中いっぱいに見えない湯気があるんだよ。それをコップの中に集めるように、頭の中で考えるんだ。そして、集まっているイメージができたらクリエイトウオーターって、唱えてごらん。」


 いわゆる、詠唱なしの呪文だけの短縮詠唱。ほんとは呪文もいらないんだけど。しかも僕の場合は、空気の中の水蒸気はイメージしてない。もっとなんとなく、水やお湯が出るイメージだけだ。どちらかというと、温度や量に気を遣っている。


「クリエイトウオーター。……。」


 ふむ、アリスちゃんにやらせても、水の量が増えるわけでは無いようだ。やはり僕だけが、特殊体質なのだろうか。最初の転移の光のせいとか…。とにかく僕の魔法については、なるべく内緒にしてもらうようお願いする。


 ダフネさんは、『お、おう。』と、了承してくれる。子供たちは元気に、『内緒だね!』と叫ぶ。まあ、ダフネ一家はしょうがないよね。口止め料に、布袋にインベントリ魔法を付与して、馬車の荷台の荷物を丸ごと収納できるようにして差し上げる。


「いや、内緒にはするけど、お湯の件で、どうせ街に着くとすぐに知れ渡ると思うけどな。もちろん、インベントリのこととか、付与魔法のことは絶対言わないよ。というか、アタールさん、何者なんですか。いったい。」


 ダフネさんはいうが、何者か僕もわかりません。いや、自称異大陸人?普通の魔法使い?と、自己アイデンティティを確立しようとしてている間に、インベントリを付与した袋に子供達の手によって、幌の中の荷物がどんどん収納されていく。


 重い荷物でも、袋に片手を当て、荷物にもう一方の手を当てて、中に入れるイメージを持てば、使える。容量オーバーの場合は、単純にそれ以上はいらない。


 取り出すのも、袋に片手を当てれば、入っているものが、そのままイメージとして頭に浮かぶので、取り出したい物をその中から選び、反対側の手をかざした、出したい場所に出てくる。至れり尽くせりの付与である。


 あとで、袋でなくて、石ころとかにも付与できたなぁとは思った。


 ダフネ夫妻は後ろを振り返って、絶句しながら呆れかえっているようだ。僕はもうだいぶ前に開き直っている。ちなみに、袋にはセービングもかけているので、しょぼい布袋だが、一生ものなのは、説明していない。


 でもこれ、ダフネさんに人前で使わないように言っておかなきゃな。しかし馬車は脇見運転しても、馬自身がコントロールするから、楽そうだなぁ、と、全く脈略なく考えている僕であった。


 途中の昼食を挟んで、ひたすら馬車は進むのだが、少し会話は減ってきた。まあ、みんな疲れているのだろう。昼食時も、ジト目で見つめられてはいたが・・・、子供達に木剣で練習をつけてもらっていた。


 マーキス君とマリアちゃんのことは昼過ぎからは師匠と呼んでいる。こいつら本当に遠慮がない。子供の力とはいえ、当たると当然痛かったが、ゲーム知識の無詠唱ヒールで乗り切った。


 遠くに大きな建物は見えると思ったら、サルハの街を囲む壁らしい。そう。もうすぐ街に到着するのだ。


 街を囲む壁は、昔、戦や魔物から街を守るために作られたものであるらしい。長い間戦はないけれど、今でも稀に魔物は出没するということで、街を取り囲む壁は健在で、門には門番の衛兵が立っているそうだ。


 街に入る時、結界守の村で頂いた村長の書き付けが役立つだろうと、内容を再度確認してみる。内容を要約すると『アタール氏は異大陸から来た、結界守の村の客人だからよろしく。』と書いてある。


 余計なことは書いておらず、ひとまずは安心して、見せることができる。後ろを振り向いて、ダフネさんが書き付けを覗き込む。まあ、見られても問題ないので、見られるがままにしておく。


「はぁ、アタールさん、結界守の村の、客人なのですか。そりゃ、すごい魔法も使えるわけですねぇ。」


 結界守の村って、やはり何気にすごいらしい。というか、半日足らずの滞在だったし、村長とは全く話すらしていないのだが。サシャさんという方を訪ねたと言うと、やはり、大魔法使いの方とお知り合いなんですねと、納得している。


 サシャさん、大魔法使いらしい。まあ、魔法使いばかりの村で一目置かれるというのは、そういうことか。


 馬車が一旦止まる。既に街の門の入り口で、入門するための順番待ちのようだ。眺めていると、それぞれ馬車に乗っている方々、旅人風の方などが、木札や書状のようなもの、金属札のようなものを衛兵に提示していて、一部の人はお金を渡している。僕も先ほどの書き付けを用意しておく。


 マーシャさんが、家族全員分の金属札を衛兵に提示し、僕にも促すので、書き付けを衛兵に渡す。何か他にあるのだろうか、お金いるのだろうか、と考えていると、そのまますんなり通された。


 結界守の村の関係者は、辺境伯領の街では、通行税はいらないらしい。結界守の村の租税優遇が客人にも及ぶとは。


 街に入り、そのまままっすぐ、曲がることもないメインストリートのダフネさんの自宅兼店舗まで同行する。何やら他の商人たちも付いてきているが、何故だろう。


 荷馬車が止まり、ダフネさん一家とともに馬車を降りる。荷台には既に荷物は無いから、すぐに馬車は、使用人というか小間使いという感じのお爺さんの手によってどこかに持って行かれる。おそらく店の裏だろう。


 店の前で、馬車に乗せてもらったお礼を述べていると、他の商人たちが相変わらず、まだ近くでこちらを見ている。


「この街の宿って、どこにあります?おすすめとか…。でも、なんですかね、彼ら。」


 ダフネさんに宿を聞いてみると、このメインストリートをさらにまっすぐ行って、T字路を右に曲がったところの「月の宿」という宿を勧められた。


 そしてこちらを窺っている人たちは、なんとか僕に顔つなぎしようとしている人たちらしいので、数日「月の宿」に泊まることを伝えて、解散してもらった。


 宿代を持つとか、家に泊まって行って欲しいとか、晩ご飯を一緒にとか、ダフネさんが色々申し出てくれたけども、丁寧にお断りして、明日お店に顔を出す約束だけして、宿に向かった。


 迷うことなく宿に到着する。周りには他にもいくつか宿はあるけれども、少し高級そうな感じ。入り口をくぐる。入って正面が宿の受付、左はけっこう広い飲食店になっている。受付には綺麗な10代後半くらいの女性・・・ではなく、少し年上くらいのお兄ちゃんだった・・・。


 ここでもネットの異世界モノのように、お知り合いにはなれないようだ。


「すみません。2〜3泊したいのですけど、部屋空いてますかね。」


 と、声をかけると、『空いておりますよ。』と早速部屋の説明を始めてくれた。一人部屋は、1泊銀貨2枚。食事は別で、食堂で普通に注文するらしい。ただし朝食は予約制で、前日の夜8時までに前金大銅貨5枚と予約が必要とのこと。


 お湯は、言えば、木桶に用意してくれるそうだ。早速銀貨を6枚先払いし、手続きする。2泊になった時は返してもらえるそうだ。手続きとは言っても、僕が告げた名前を台帳に書くだけ。朝食の予約はなし。


 部屋は2階に上がって、右の突き当たり。特に荷物は持っていないが、一応部屋の前まで案内してくれて、鍵を渡された。部屋に入る直前に


「今日はすぐ寝るし、明日も起きるまで、ほうっておいてくださいね」


 と、告げておいて、すぐに部屋に入り、鍵を閉め、一応部屋の中を確認した上で、自宅に転移した。

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