春になれば
イトウマ
第1話
耳の側でゴッチが「君の目にただ光る雫」と歌っている。君という花という曲だ。イヤホンを差し込めば、音楽はいつだって外の世界に対するバリアみたいなものでぼくを守ってくれる。
この曲を歌うバンド、アジカンの後藤さんの言ってる事は難しくてよく分からないけど、それでもかっこよくて、大人になれた気がする。大人になるまでは後5年。中学3年生の今、僕は教室の隅の机で秋の風が吹くのを見ながら君という花のリズムを足で刻む。あまり大きくリズムを取ると、周りに変な目で見られるので最小限にしている。
先生が入ってきて、耳の隙間から遠くで誰かが叫んでるみたいに聞こえるチャイムが鳴り終わるのを待ってから、イヤホンを外す。
授業は退屈で仕方ない。テレビのCMよりも退屈だ。こんな誰に向けてやっているのか分からないモノを誰が面白がって聞くんだ。
授業中の1分は、君という花が終わる6分11秒よりはるかに長い。耳に何も入ってない状態がもどかしくてソワソワする。体が落ち着かない。トイレに行きたい人みたいにソワソワしてる気がして、なんだか恥ずかしくなった。
授業は大きな川みたいにゆっくりと流れて、だけど先生の言葉も耳に入っては外の世界へと流れていった。それでも時間は少しずつ流れて、時に詰まったりもしたけど、すぐに流れは再開して、なんとか授業は終わった。
今日は5時間目までなので授業はこれで終わり。生徒は先生からの連絡を8割くらいの集中力で聞いて、働きアリのようにせかせかと教室を出て行った。教室に取り残され、なんだか怠けたアリになった気分だった。
授業も学校も先生も生徒もなんとなく噛み合わなくて、分かり合えない、と思っている。実際には分かり合おうと努力した事もないので、想像でしかないが。でも分かり合いたいとも思わない。遠い親戚の家に来て優しくされてるみたいな、居心地の悪い気持ちがずっとあった。
春になれば。
春になればここを卒業し、高校という少しだけ大人に近づいた環境に変わる。そこで分かり合える人がいるとは限らない。でも今よりはきっと居心地がいい、と信じている。
それまでは、耳元でなるゴッチの声にお世話になるだろう。
“理由のない悲しみを
両腕に詰め込んで”
偶然流れてきた曲は「荒野を歩ける」。春になるまでは荒野を歩こう。ひとりぼっちでも。
春になれば イトウマ @mikanhyp
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