夕陽が綺麗ね
夕陽にかかる程度しか雲のない夕方。夕陽を受けて黄金色に煌きながら寄せては返す波を見つめ、彼女は静かに呟いた。
「知っていると思うけれど……。私、海が大好きなの」
「……知っているとも」
彼女の言葉に僕の両目から涙が溢れた。ボロボロと流れ落ちる涙も拭かずに僕は返した。
「ありがとう。そうよね、貴方なら知っているに決まっているわよね」
そう言いながら彼女は私の方を振り向いた。彼女の眼にも涙が溢れていた。涙に隠れた目の奥は様々な感情が入り乱れているように見える。
「そろそろ行く……かい?」
「そうね、そろそろ行かないと追っ手が来るわ。けどその前に少し話しましょう死刑囚だって死ぬ前は煙草を吸わせてもらえる」
「そうだね。なんの話をするんだい?」
彼女の瞳から涙は消えていた。代わりに幼子のような雰囲気が漂っている。怯えた幼子。僕は強く、安心できるように抱きしめる。彼女が安心したような声にならない声を上げる。
「お父さんが怖かったのよね。深夜になったら私の部屋に来て首を絞めてくるから」
「うんお父さんはもういないよ」
「お父さんから逃げようとして貴方に出会えたわ。そこから家に転がり込んで。良い生活とは言えない生活だった。けど、幸せだったわ」
「ありがとう。ありがとう……」
僕は嗚咽しながら彼女の耳元で感謝を述べる。もう一度強く抱きしめてから、彼女を離す。
僕は懐に入れていた包丁二本を取りだし、砂浜に並べる。僕も彼女も一本ずつ持ち、僕はゆっくりと彼女の首に当てた。彼女も僕の首に包丁を当てた。
「大好きな海を眺めながら、私……天国に行けるのね。
嬉しいわ」
「僕は地獄かもしれない。だけど君は天国に行ける」
「貴方がいない天国ならそれは私にとって地獄よ? 地獄に行くなら連れて行ってね」
そう言う彼女の口は震えていた。僕は何も言わず彼女を空いている手で、強く強く抱き締めた。お互いの首に当てていた包丁が頸動脈を切り裂き、血が溢れた。
私と彼女は夕陽に赤く染まる空に、夕陽を受けて黄金色に煌く海に見守られながら、私の借金を苦に心中した。
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