第39話 ソルジャー・ミーツ・フェアリーではなくボーイ・ミーツ・ガール……1

 

 親が愛したのは、最初の子供である兄さんだった。


 俺が女なら、初めての娘ということで、また違ったんだろう。

 親にとっての俺は、二番煎じで被り品のダブリ品。

 しかも、俺はあらゆる面において、兄さんに劣っていた。

 学校の成績、部活、交友関係、すべてにおいて、俺は兄さんに敵わなかった。

 ただの下位互換。

 もはや劣化品。

 親にとって、ガチャで欲しかったのとは違うのが出てきたも同じだった。


「子供は一人でよかった」


 深夜、俺がトイレに起きているとも知らずに、母さんがそう言っていた。

 幼い俺は思い続けた。

 ――産まれてきてごめんなさい。

 ――欲しかったのと違うのが産まれてきてごめんなさい。

 ――ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

 でも、成長した俺は知った。

 どうやら、俺の両親は【毒親】らしい。

 俺は、何も悪くないらしい…………。



   ◆



 青々とした草葉が大地を覆い、暑い太陽の下で、虫たちが交代でメドレーを奏でる夏真っ盛り。


 黒のスリーピーススーツに身を包んだ男が、奇妙な馬に跨り、大地を駆けていた。

 まず、白地に黒い縞が入った、シマウマである。

 それから、馬の頭蓋からは、三本のツノが生えていた。

 額から天に向かって突き出した一本のツノと、こめかみから正面に向かって生えた、二本のねじくれたツノ。

 トライコーン。一角白馬ユニコーンと、二角黒馬バイコーンの間に産まれた、稀少な獣だ。


 トライコーンは駿馬よりも速く、雄牛よりも力強く、だが、カモシカよりも軽やかな足取りで、街道を走り抜ける。


 手綱を握る男は、大陸では珍しい、黒い髪を後ろになびかせた。

 髪と同じく、これまた珍しい黒い瞳は、はるか遠くに広がる目的地を映してい る。

 寒々しい雲の下で、白い雪化粧をした、冬の町だった。


 夏を彩る虫たちの鳴き声を聴きながら、男は顔をしかめた。

「なるほど、依頼内容が読めたぜ」


 男は、隣町で依頼を受けた。


 詳しい内容は現地で話してくれるらしいが、討伐依頼とだけ聞いている。

 ストレージ……異空間に収納していた冬用のコートを取り出してから、表情を引き締める。

「さて、相手は邪神か、それとも気象魔法の使い手か」


 まだ見ぬ敵に想像を巡らせながら、男は手綱を使わず、言葉でトライコーンに指示を出した。

「モノクローム。少し急いでくれないか?」


 トライコーンは、一度大きくいななくと、さらに馬力を上げた。


 それでも、背中の揺れは最小限で、男にかかる負担は最小限だった。



   ◆



 町は、夏とは思えない光景だった。


 ありとあらゆる、上という概念に降り注ぎ積もる雪、白くて冷たい、氷の結晶。

 家や荷車の輪郭の、僅かな隙間、僅かなへこみ、僅かな突起、その全てに、余すところなく積もり、凹凸を埋めていく。


 風はないので、吹雪と言うほど酷くはない。

 だが、雪同士が絡まり、綿毛のように大きな白が、際限なく落ちて来る。

 家も、馬車も、僅かな通行人も、まるでレースのカーテン越しに見ているようだった。


 遠くの景色は、まるで霧のなかにいるように白く霞み、やがて白に呑み込まれ、見えなくなる。

 男の顔にも、頭の上と鼻の筋に、雪の当たる感触がする。頭だけでなく、鼻筋にも雪が積もるのではないかと思われた。


 頭頂部の冷たさが、皮膚へと直に触れてきた。

 冷たいという感覚と一緒に、濡れた感触が、生え際近くから顔に垂れて来る。

 どうやら、頭に積もった雪が溶けてきたらしい。

 これほどの異常気象を起こす相手とは何者か、少し興味が湧いてきた。


「手紙の住所はここか」


 男の前に建つ家は、裕福そうな、立派な外観をしていた。


 家を取り囲む塀に、鉄柵の門。

 寒さのせいか、庭は草木が枯れているものの、かつては美しい庭園だったことをうかがわせた。

 家は二階建てで、白亜の壁に赤い屋根、二階の窓はバルコニーが設えられていて、玄関にはライオンのドアベルだ。


 男が背中から降りると、トライコーンのモノクロームは、甘えるようにして鼻先を男の胸元に押し付けた。


「ここまでありがとうな、また次も頼むぞ」


 モノクロームのたてがみをなでると、男は指を鳴らした。


 すると、モノクロームの体は煙のように掻き消える。


 モノクロームは、彼の召喚魔法で遠くから召喚した、いわゆる召喚獣だ。


 普段は、故郷の森で過ごしている。


「さて」


 モノクロームがいなくなると、瞳の温度が下がり、男の表情は冷え込んだ。


 男は冒険者業に身をやつしてはいるものの、依頼人と喋るのが好きではなかった。

 より、厳密に言えば、人と話すのが好きではない。


 吐く息が白い。だが男は眉一つ動かさない。


 身を切るような寒さも気にならない、氷点下の心情で、男はドアベルを鳴らした。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ここまで読んでくださりありがとうございます。感謝感謝です。

 ところで先日、質問が届きました。

 同じような疑問を持っている人が他にもいるかもしれないので、この場を借りて返答させていただきます。


 23話について。

Q 

 イムベースの親は実子ではない息子のために金貨5000枚を払ったのか?

A 

 親はノックスに払おうとしますが、たぶんノックスが安くしてくれたと思います。

 契約はイムベースが勝手にしたもので、親はそんな約束していませんし、イムベースも反省しているみたいですし。

 飢饉が襲う村の未来を考えれば、本当に金貨5000枚を払わせるのはかわいそうなので。

 5話と13話がいい例ですが、ノックスの報酬は高い反面、相手の事情を考慮して救済措置を取ることが多いです。ノックスが本当に欲しいのはお金ではなく気持ちなので。

 他、18話でも、報酬を貰うシーンが描かれていませんが、これは全額貰っています。

 毎回ラストシーンが報酬を貰うシーンだと物語が単調になるのと、報酬を貰うシーンを入れると話のテンポが悪くなることもあるので、あえて省くことがあります。

 が、基本的に毎回、報酬は貰っています。

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