第23話 言うは易く行うは難し……5
「え?」
それはピルスだけでない、村人全員の反応の代弁だった。
魔神は、いったい何を?
魔神の手は、まっすぐ、まっすぐ、イムベースへと伸びていた。
「は? あ? はぁっ!?」
現実を理解した時にはもう遅い。
イムベースの身体は、抵抗する間もなく、みるみる枝葉に覆われ、強引に広場の中央へと引きずり込まれていく。
「ちょっ! 待て! 馬鹿野郎、俺じゃねぇよ! 生贄はピルスだろーが!」
何が起こっているのかわからず戸惑う村人たちの前で喚き散らすイムベースの姿に、ノックスは昨夜、ピルスの言っていたことを思い出して得心を得た。
「赤子の取り違えだ……」
ノックスの周りが、ざわついた。
「イムベースとピルスは同じ日に同じ教会で産まれた。おそらくだが、産湯に浸けているとき、入れ替わってしまったのだろう。つまり、20年前に魔神と取引をした村長の子供はイムベース、お前だ!」
「はっぁああああああああああ!? なんだよそれ!? ふざけんなよ!?」
だが、魔神は容赦なく、慈悲の欠片もなく、イムベースを引き寄せ、もう距離はいくらもない。
ピルスは、両親に抱かれたまま、広場の端へと避難する。
「い、いやだぁああああああああ! ひぃっ! 助けてくれぇ!」
一方で、イムベースは無様に泣き叫び、喚き散らしながら命請いをする。
ノックスは、鷹揚に歩み寄りながら、語り掛けた。
「『お前には村の為に命を捨てようっていう気概がねぇのか』『お前みたいに自分さえよければ他人がどうなろうと構わないって奴が、村を駄目にするんだ』『魔神が俺がいいって言うなら、死にたくはないけど諦めるしかないよな。人一人と村人全員、どっちが大事かなんて考えるまでもねぇしな』じゃないのか?」
「バカ言ってんじゃねぇよ! 早く! 早く助けてくれぇ! こいつを殺してくれぇ!」
「『俺のためにお前ら全員飢饉に苦しめ、なんてよく言えるよな』『これも運命だと思って諦めな』『魔神様を退治したら飢饉時代に逆戻り』なんだろ?」
ノックスは、たっぷりと皮肉を込めた声で、昨日、イムベースがピルスに向けた言った言葉を繰り返す。
「金ならいくらでも払うから! だから早くぅ!」
ついに、魔神はイムベースを胸元まで引き寄せてしまう。
魔神の、顔に当たる部位が真横に裂けて、口のようなものが広がった。
イムベースの命は、もう風前の灯火だ。
「いいだろう。金貨5000枚、それがお前の命の値段だ!」
ノックスは素早く両腕を広げると、全身の魔力を一瞬で励起させた。
「カテゴリーは剣! エレメントは炎! エフェクトは神殺し!」
ノックスの右手から迸る魔力が、一振りの大剣、クレイモアへとその姿を変える。
続けて、左手に迸る魔力が鮮やかな赤色に変わると、剣へと注ぎ込まれた。
剣全体に紅蓮の炎が
そして、埒外の剣は産声を上げる。
神を殺そうと、我はただその為に生まれたのだと、不遜な名乗りを上げるように、クレイモアは轟音を上げた。
常軌を逸した威圧感には、さしもの魔神ですら、捕食の手を止めずにはいられなかった。
「クリムゾンクレイモアG式!」
得物の名を叫びながら、ノックスは一息に刃を振り下ろした。
成人男性の身長ほどもある刃が、魔神の腕を斬り落とした。
切断面は赤い炎に覆われ、魔神の身体を侵食していく。
「!?」
人を超えた力に、魔神が驚愕するコンマ一秒の間に、ノックスはすでに二撃目の態勢に入っていた。
灼熱の刀身に反して、冷淡な声を浴びせる。
「悪いな。一瞬で決めるぜ」
返す刃で、ノックスは魔神の身体をド派手に斬り上げた。
爆炎が頭上に噴き上がり、魔神は、炎の中で絶叫しながら、その身を黒炭へと変えていく。
それでもなお、ノックスは攻撃の手を休めず、そしてそれは正しかった。
炎を突き破るようにして、上空の魔神は鋭い枝を伸ばしてくる。
だが、ノックスはその全てを焼き斬り、無に帰しながら空を駆け昇った。
「豪炎カグツチ!」
クレイモアが魔神の胴体を直撃すると同時に、火山の噴火を思わせる極大の爆炎が炸裂した。
その規模たるや、地上で使えば、屋敷の一棟も更地にしてしまいそうな程だ。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」
たまらず、魔神は今度こそ絶叫と共に炭化し、そして灰塵へと帰した。
カグツチの余波で、火の玉が広場の周囲に降り注ぐも、それはルーナがぬかりなく、防御結界魔法を展開し、村人を守っていた。
誰もが唖然とする中、ノックスが広場に着地すると、ルーナが労いに駆けてきた。
「今回もお疲れ様。思ったより弱かったね」
「ああ。下級も下級、最下級魔神だったよ、ところで」
地面にへたりこむイムベースに視線を投げると、彼は安堵に震えていた。
「は、はは、良かった。助かったぁ……」
涙を流しながら、生の実感に喜びを噛み占めるイムベースを、ノックスは見下ろした。
「怖かったか?」
「当たり前だろ、マジで死ぬかと思ったぜ」
「そうだな。でもな、ピルスだって怖かったんだぞ。なのに、お前は何て言った?」
イムベースはぎょっとして、それから、恥じ入るようにその場でうずくまった。
「やれやれ、さて村長。魔神は倒しちまったな」
村長を中心に、村人の顔に不安が走った。
これで、この村は来年からまた、飢饉が続くのだ。
経緯が経緯だけに、村人たちは皆、複雑な顔をしている。
ノックスの脳裏に、昨夜の出来事が蘇る。
息子も村も、どちらも見捨てられないと涙する村長と、若くして村の為に犠牲になる決心をしたピルス。
その結末が、飢饉の再来による飢餓地獄というのは、かなりむごい。
――やれやれ。まぁ、口を動かすだけならタダだろう。
人々の様子に見かねたノックスは、ため息をついてから言った。
「村長。村の外には湿地帯が広がっているんだったな?」
「あ、はい……」
それがどうかしましたか、とでも言いたそうな、不思議そうな顔をする村長に、ノックスは助言した。
「東の隣国には、泥の中で育つレンコン、湿地帯で育つフキというマイナーな野菜がある。それから、タケノコは凄まじい勢いで水分を吸って成長する。タケノコは食べられるし、竹に成長したら様々な物を作る材料にもなる。どちらも大きな街に行けば手に入るはずだ。行商人に頼んで仕入れて貰うといい。これまでのような贅沢はできないが、飢えて死ぬようなことはないはずだ」
てきぱきと指示を出してから、ノックスはイムベースを立たせた。
「さっ、金を払って貰うぞ」
「………………ああ」
今までの偉そうな態度が嘘のように、イムベースは従順に頷いた。
ノックスたちが広場から去ろうとすると、村長とピルスが声をかけてくる。
振り返ると、二人は大粒の涙をこぼしながら、深く頭を下げた。その隣で、母親も頭を下げた。
けれど、ノックスはわずかに頬を緩めながら、肩をすくめた。
「おいおい。私はイムベースの依頼で、金と引き換えにイムベースを助けただけだぜ? お前さんらに礼を言われるようなことは、何もしちゃいないさ。だろ、ルーナ?」
「ふふ、そうだね」
ルーナの笑顔は意味深ながらも、とても愛くるしかった。
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