第18話 恋に恋する……5
翌朝、ラビウムの寝室で、伯爵は青ざめた。
「昨夜もまた現れたのかい?」
「ええ、そうよお父様。私怖いわ」
「おぉ、可哀そうなラビウム、でも大丈夫だ。きっと、ノックスさんが悪魔を退治してくれるよ」
怯える愛娘を抱きしめ、伯爵は甘い声で慰めた。
一方で、ノックスは探偵のように冷静な態度で、ラビウムに問いかけた。
「確認したいことがある。ジャージーデビルの目は、本来赤いんだが、もしかして君が見たジャージーデビルは目が青くなかったかな? 実は、あいつらには変わった特徴があってね」
ラビウムの挙動を注視しながら、ノックスは説明を始めた。
「奴らは復讐心に駆られると目が青く光り、対象を徹底的に観察するんだ。それこそ、確実に復讐を果たすチャンスを窺うようにね。もしもそうだとしたら、長丁場になる。奴らが手を出してくれるまで、こっちは待ち続けるしかないからな」
「青かったです。間違いありません。私が見たのは青い目をした悪魔でした!」
食い気味に、魚が餌に食いつくようにして、ラビウムはまくし立てた。
「しかも笑う時に必ず両手でVサインを作るんだ」
「作っていました」
「飛び去る前にはあっかんべーをして」
「していました!」
「さらにチョビヒゲが生えていたらもう確実だ」
「生えていました!」
「そうか、なら決まりだな」
「はい、あれは仲間の復讐に駆られた悪魔です!」
「いや、君が嘘をついていることがだよ」
「「えぇっ!?」」
伯爵とラビウムの声が重なる。
ちなみに、ルーナはずっと笑うのを我慢していた。頬の内側を噛みながら。
ノックスは、やや冷淡とも言える視線で、ラビウムに一歩迫った。
「ジャージーデビルにそんな特徴はない。つまり、初日以降のことは全て、君の狂言だ」
「そんな、嘘だろラビウム。嘘だと言っておくれ」
言葉を失い、口に手を当てる愛娘に、伯爵は慌てて呼びかける。
だが、ラビウムは眉を八の字に垂らすと、やがて観念したように肩と頭を落とした。
「まさか、ラビウム……あぁ、なんてことだ……」
伯爵はその場に膝を突いて、頭を抱えた。
そんな父の姿に罪悪感が湧いてきたのか、ラビウムは泣きそうな顔で告白する。
「すいません。私、刺激が欲しかったんです。家でも学校でも、毎日社交界のレッスンや机に向かっての勉強ばかり。いつの間にか、小説の世界に夢中になっていました。いつか、自分にもこんな刺激的なことが起こればいいのにって。でも」
ノックスを見上げて、彼女は切なげな声を上げた。
「そんな時に、悪魔と、そしてノックスさんが現れたんです。ノックスさんみたいにカッコイイ人が、目の前で悪魔を倒す姿は素敵でした。雷が落ちたように全身が痺れて、胸が高鳴って、一目で恋に落ちたんです。だから、一日でも長く貴方を引き留めておきたくて……」
ノックスの事を、真っすぐ見つめる瞳から、涙が流れ落ちる。彼女は涙を流しながら、ノックスにすがりつく。
「お願いノックスさん、ここに残って、私、貴方のことが好きなんです!」
濡れた声で、必死に愛を訴えてくるラビウムを、だがノックスは冷たくあしらった。
「悪いがキャラクターの代役は御免だね。私は英雄でも勇者でもまして救世主でもない。ただの傭兵だ。あんたが愛したキャラクターじゃない。憧れと恋愛感情をごっちゃにしないでくれ」
「いいえ、確かに、最初はただの憧れだったかもしれないわ。でも今は本気よ。最初の日の出来事はきっかけに過ぎないわ。お願いだから行かないで!」
ラビウムの声は、ますます熱く、そして強くなっていく。
けれど、ノックスの態度は、反比例するように冷め切っていく。
「ふっ、恋に恋するお年頃か……恋愛ごっこの彼氏役は余所に頼みたまえ」
「ひどいことを言わないで、恋愛ごっこなんかじゃないわ。私は貴方のことをこんなにも【愛】しているのに!」
「愛? 愛……ね」
まるで与太話を信じる子供を見るように、ノックスの声には呆れの色が混じっていた。
「お前さん、恋と愛の違いを知っているかい?」
「え……?」
返答に困る箱入りお嬢様に、ノックスは言ってやる。
「相手の迷惑を考えないのが恋。相手の為に我慢するのが愛だ。君は恋に恋するお嬢様だ。真実の愛が何かわかったら、俺なんかじゃない。本物の王子様が迎えに来てくれるさ」
その言葉を置き土産に、ノックスはラビウムの腕を解くと、そっけなく背を向けて部屋を出て行った。
ドアを閉めると、部屋の中からは静かな、そして複雑な感情が入り混じった泣き声が聞こえてきた。
「あの子、立ち直れるかな?」
やや心配そうな様子のルーナに、ノックスは朴訥と言った。
「甘やかしてばかりじゃ人は成長しない。人が成長するには辛い想いをたくさんしないといけないんだ。そして辛い想いをさせる人は恨まれる。その損な役回りは、親よりも私のような行きずりの人間がちょうどいい。もう二度と会うこともないからな」
「…………えへへ」
ノックスの無感動な物言いに、ルーナの顔にはじんわりと笑みが広がっていく。
ルーナの細い腕が、ノックスの腕に絡みついてくる。
「おいおい、ここは人んちだぞ?」
「いいの♪ 女の子は愛すべき人とはいつだってくっつきたいんだから♪」
「お前、さっきの話を聞いていたのか?」
やや辟易とした声にもめげず、ルーナは声をはずませる。
「わかってるよ。だからあたしは愛する師匠のためにいつだって子作りを我慢しているんだから♪」
「お前……何もわかっていないだろ……」
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今回登場させたジャージーデビルですが、ウマヅラコウモリというよく似た容姿のコウモリが実在するようです。
確かに、悪魔的な外見で面白いです。
世の中にはアルマジロトカゲ、というドラゴンそっくりの外見のトカゲもいます。動物って色々な種類がいて面白いですよねぇ。
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