深夜に訪れる客 後編

 それから二時間が経ち、深夜三時。

 その日は来客もほとんどなく、先輩の作業も早々に片付き、私達は事務所でおしゃべりをしていた。

 珍客話で盛り上がり、私がのんきにも先輩が残っている理由を忘れかけていた時ーー

「すみません」

 自分のすぐ後ろ、店内へと続く扉の向こうから、声が聞こえた。

 先輩の話を思い出した私が先輩を見ると、モニターを見ていた先輩は、私の視線に気付き、首を振る。

 やはり誰も映っていない。

 内心は焦りながらも、

「カメラにも死角はありますし、一応確認してきますね」

 と、店内に出るために扉に手をかけると、

「待て!」

 と、突然声を張り上げた。

 驚いて硬直した私に先輩は

「これ……」

 とモニターの一部を指差す。

 先輩の指差す場所、レジ内部、防犯カメラの死角ギリギリのところに移る事務所への扉の下半分。

 そこに黒く長い髪と女の足が映っている。それも立っているのではない。カメラに映った部分からその女の状態を考えると、壁にしがみついているのだ。

 壁に張り付いているような女の足、そして膝から上を覆い隠している長い髪。モニターにはそこしか映っていない。

 私は振り返れなかった。自分のすぐ後ろの扉のちょうど私の胸元から頭頂部までの位置にある一辺五十センチメートルほどの正方形の窓。

 マジックミラーになっていて、向こう側からは覗けないはずのこちらを、女が見ているような気がしたからだ。

「消えた……」

 先輩の声に我を取り戻すと、中には誰も映っていなかった。

 今度こそ本当に誰も。

 その後、私は先輩に頼み込み勤務終了まで残ってもらう事になった。


 それから月末までの半月間、私は内心怯えながら勤務にあたったが、その後例の声を聞く事も、モニターに女の姿が映る事もなかった。

 そして次の月、先輩が店を辞めた。気になってオーナーに話を聞くと、私と共にアレを見た次の日の晩、オーナーから防犯カメラの録画した映像を観る方法を聞くと、翌朝には辞めさせてほしい、と言い出してきたのだという。

「なんなんだろうねぇ。悪い事をしてた訳じゃないと思うんだけど」

 不思議がるオーナーから録画の見る方法を書き出すと、私は一人になってすぐにその映像を観た。

「あぁ……」

 私は納得した。

 それは先輩が残っていった日より前、先輩が一人で夜勤をしていた晩、誰もいない店内からの声に答えて、店に出る先輩の姿が映った映像には、やはりソレも映っていた。

 カメラの死角ギリギリの事務所への扉。その壁にしがみついているかのような女の足と髪、そして先輩が出てくる。その女を通過して。

 きっと先輩もこれを観たのだろう。

 モニターを元の状態に戻し、私は次のバイト先を探す事に決めた。


 結局その後、大学を卒業するまでの二年間、その店で夜勤を続ける事になったのだが、その間それとなくオーナーや後輩達に話を聞いてみたが、変なものを見たり聞いたりした人間は誰もいなかった。

 あれは一体なんだったのか。元々、先輩についていたものだったのだろうか。或いは先輩についていったのか。見えないだけ、聞こえないだけで今でもあそこにいるのか。

 もう私には何も分からないのだった。

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