25話 誰なのっ、女の人が襲ってきたよっ

 迫り来る巨大な炎の塊を、レイジが作った巨大な氷の塊が迎え撃つ。

 二つの塊は接触すると大爆発を起こして、爆風が破片にぶつかって光を撒き散らしながら押し寄せてきた。三人を支えている僕は、咄嗟に翼に大量の魔力を流し込んで衝撃に備えて歯を食いしばる。


「くっ、魔法防壁っ!」

 アンジェリーナが僕の前に青白い防壁を展開するも、耐えきれずに一気に粉々に砕け散った。その後押し寄せてきた爆風に、僕たちは巨大なこぶしで殴られるかのように吹き飛んだ。

 衝撃で意識が飛びそうになるところを、何とか耐える。その時点で既に、服はぼろぼろになっていて、全身にできた切り傷に服が真っ赤に染まっていく。 

 なにこのエネルギー、普通の魔法じゃないの?


 弾き飛ばされたおかげで、赤いドレスを着た女――女帝スカーレットと距離が離れた。それでもなお、イヤらしく嗤っている顔がはっきりと分かる。

 女帝スカーレットの周りに、灼熱の玉がいくつも顕れるのが見える。やばい、今度は一つじゃないよ。


「イブキ、魔力ちょうだいっ、急いでっ!」

「わ、分かった」

 言われるままに僕は、ミモザが抱きかかえている僕の腕からミモザに魔力を流し込んだ。ほんのり顔に朱が差したミモザは、片手をアンジェリーナに伸ばす。


「ママ、パパ。魔力パスを繋ぐから、私の手を握って」

「待って、ミモザちゃん――」

 途端に僕の魔力は、もの凄い勢いでミモザに流れ始めた。腕が灼けるように熱くなって、叫びそうになる口を慌てて噤んだ。何これ、ミモザ魔力使いすぎだよ。

 ミモザの手がアンジェリーナの伸ばした手に触れた途端に、ミモザからアンジェリーナに向かって光のパスが繋がったのが見えた。


「あああぁっ」

 僕と同じように大量の魔力が流れたんだと思う。アンジェリーナが短く悲鳴を上げるのと同時に、背中から弾けるように蒼く燃えさかる炎の翼が生えてきた。

 一気に周囲の温度が上がる。

 翼に気が付いて息を呑んだアンジェリーナは、慌てて僕から離れていった。


 さらに周囲の温度が上がる。


「これは……いける。今度はこっちから反撃いくよ」

 顔を向ければ、アンジェリーナの周りにたくさんの蒼い炎の塊があって、塊が膨らんだ端から撃ち出されていた。

 炎塊は女帝スカーレットが撃ち出した紅い炎に着弾するやいなや、大爆発を起こした。さらにアンジェリーナは、その爆発の衝撃すらも吹き飛ばすように、次々に炎塊を打ち込んでいく。


「ミモザ、俺にも早くパスをつないでくれ」

「うん、パパ。早く私の手を握ってっ」

「おうよ」

 レイジが伸ばした手に、ミモザの手が触れた。レイジが歯を食いしばる。


 再び、僕の魔力が大量に吸い取られていく。

 激流のように流れていく魔力で、灼け千切れそうな腕の痛みに耐える。


 魔力器官は寝ている時以外、起きている間は常に魔力を生み出している。

 それでも一度に大量の魔力を使い続ければ、必ず枯渇する。

 例えゼロになった魔力が一時間で全快したとしても、もの凄い量の魔力を保有していても、魔力が無くなれば使っていた魔法が維持できなくなる。


 そして一度枯渇すると、しばらく回復しない……。


 僕の背中の翼が、一瞬にして掻き消えた。


「うわあっ……落ちるっ……!」

 ふわっと、僕の体が落ちていく。当然だけど、僕の両腕に掴まっていたレイジとミモザも一緒に漆黒の闇に向けて落下を始めた。

 視界の隅でミモザからレイジにパスが繋がったのが見えた。


 バチバチっと、聞き慣れない音がしてから、僕の体はレイジに引き上げられた。

 何だか肌がちりちりする。

 前髪が顔に張り付いてきて、視界が塞がれた。


「雷か、凄いな」

「えっ? 雷って……?」

 僕がレイジの方に顔を向けると、片手で僕の前髪を横に避けてくれた。そうして見えるようになったのは、レイジの背中に生えた雷の翼だった。

 常に留まることなく、激しく動きつつづける青白い雷が、レイジの背中に翼の形を取っていた。


「イブキは飛べるか? さっきの翼が出せるか?」

「……無理みたい、魔力が完全に無くなっちゃった。回復してこないんだ、こんなこと初めてだよ」

「完全に枯渇するまで使うと、一時間くらいは回復機能が戻らないからな。さてどうするか」

「ごめんなさい。私が全部吸い出しちゃったから……」

「いや待て、何とかなるかも知れん。パスが繋がってるから、魔力をそっちに戻すぞ」

「あっ――」

 ミモザが身じろぎする。

 レイジが魔力を譲渡したみたいで、ミモザの頬がほんのりと朱くなった。


 そしてミモザに抱きかかえられた腕が温かくなって、僕の中にミモザの魔力が流れ込んできた。ゆっくりと背中に魔力が集まっていって、さっきと違って小さな翼が生えてきたのが分かった。

 それを確認して、レイジが僕とミモザと繋いでいた手を離した。


 僕とミモザは、今度は落ちることもなく闇に浮かんでいた。


「ちょっくら、悪玉退治してくるな」

 そう笑顔で告げたレイジが、忽然と視界から消えた。

 直後に『ドゥン』というお腹に響くような音が聞こえてそのすぐあとに、一瞬だけ視界が真っ白に染まる。

 慌てて音がした方に顔を向けると、女帝スカーレットの半身が吹き飛んでいた。その少し先には雷の翼を背負ったレイジが滞空している。


 あの距離を、一瞬で駆け抜けたって言うの?

 最初の衝撃で吹き飛ばされたから、二百メートル位は離れていると思う。その距離をあっという間に移動した。

 レイジの翼は、見た目通り雷なのかもしれない。


 半身を失った女帝スカーレットは、驚愕に目を見開いたままゆっくりと墜ちていく。それを僕たちは警戒しながらじっと見ていた。

 徐々に小さくなっていく様子に、この世界の異常性を肌身に感じた。


 未だに、この閉鎖された真っ黒な世界に変化が起きる兆候がなかった。

 周りは真っ暗なのに視界はしっかりと確保されているこの空間は、まったく距離感が掴めない。感覚的には果てしなく広いような気がするんだけど、全ての方向が漆黒の闇のままだから、凄く狭くも感じるんだよね。

 レイジとアンジェリーナが、何とも腑に落ちない様な顔で僕の元まで戻ってきた。


「おいイブキ。どうなってるんだ、この世界は? 女帝スカーレットを、雷を纏った細剣で吹き飛ばしたまではいい。手応えが軽すぎた、あれは何なんだ? 俺の知っている女帝じゃなかったのか?」

「さすがに僕は初めて見た人だから、そもそも分からないよ」

「まあ……そりゃそうか」

「ねえレイジ君。あれは女帝で間違いないと思うよ。レイジ君と出会う前に、一度だけパレードで見た姿そのままだったから。雰囲気はそのままだったし」

 そもそも『女帝スカーレット』って初めて聞いた名前だよ。いつの話なのかな。レイジとアンジェリーナが出会った頃って言うと、もしかして何千年前とかの話なのかな。

 話をしながらも、じっと女帝スカーレットが墜ちていった方をみんなで見ているんだけど、既に米粒くらい小さくなっていた。

 このまま、何も起きないのかな。


「だいたい、ここはイブキの夢の中じゃないのか?」

「お父さんたちが来る前に、ちゃんと目が覚めたはずなんだけど、そのまま夢の続きだったんだよ。

 だってほら、僕が着ているのってさっき寝た時のパジャマのままだよ。ミモザの着ているのだって、僕の予備のパジャマだし」

「確かに、寝た時の格好か……」

 じわりと、墜ちていった女帝スカーレットの方から、悪意の波動ような物が伝わってきた。

 僕たちは顔を見合わせた。


「まずいね。ミモザちゃんは、私に掴まって」

「うん、わかった」

「イブキは俺にしっかりとしがみつくんだ」

「うんっ。何だか嫌な予感がする」

 ミモザがアンジェリーナに抱きついて、僕もしっかりとレイジの腰につかまった。レイジとアンジェリーナもお互いに手を繋いだ。

 そして上へ、一気に舞い上がった。

 脇目も振らず、ぐんぐんと加速していく。


 できるだけ墜ちた女帝スカーレットから離れるように。それがもしかして、全く意味がない可能性もあったけれど、僕たちには離れる以外に選択肢がなかったと思う。

 僕はレイジの腰にしがみついたまま、じっと下を見続けていた。


 そしてそれは突然起きた。


 弾け飛んだ女帝スカーレットの半身が、遙か下の暗闇に蠢いていたかと思うと、突然真っ赤な液体となって一気に増殖を始めた。

 最初は点だった赤い液体は、瞬く間に暗闇を満たしていく。そしてもの凄い早さで僕たちの方に迫ってきた。


「お父さんっ、追いつかれちゃうよっ」

「くっ、既に限界は超えてるぞ――」

 レイジはアンジェリーナと魔力を合わせることで、雷の出せる速度は完全に超えているはず。空気が無いのか空気抵抗とかは感じられないんだけど、確実にさっき女帝スカーレットを吹き飛ばした速度を超えている。

 でもそれよりも遙かに速い速度で、空間が赤い液体に満たされていく。


 僕はじっと下を見たまま、レイジにしがみついていた。

 そしてあっさりと赤い液体に追いつかれて、僕たちは赤い液体に沈んだ。




 視界が真っ赤に染まる。

 それに合わせて、速度が一気に落ちた。


 必死で息を止めていたんだけど、どうしても苦しくなって思わず息を吐き出した。

 耳が聞こえなくなって、意識が遠のいていく。

 意識は朦朧としているんだけど、何故か周りで起きていることがはっきりと見えていた。


 僕をしっかりと抱きしめていてくれたレイジから、力が抜けたのが分かった。雷の翼は既に無くなっていた。

 目の前でレイジが光の粒に変わっていく。

 その隣にいたアンジェリーナも、蒼い炎の翼が消えていて、同じように体が光の粒に変わっていく。


 ミモザが手を伸ばしてきて、必死に何かを叫んでいる。

 僕のなけなしの魔力が、まるで周りの真っ赤な液体に溶け出て行っているように、抜け出てて行った。


 でも、分かったのはそこまでで、完全に意識が飛んだ。


 僕はそのまま、目映い光に呑み込まれていった。

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