12.2話 Manahuman
それからはあっという間だった。
陞爵式典の翌日には再び王城からの使者が来て、一週間後に登城すること、その時に棄爵と、第八王女との婚姻が同時に行われる旨が通達された。
一週間の期間には、棄爵に伴い王都の屋敷を明け渡す期間も含まれていて、通達が来たその日から、領都にあるの屋敷に向けて家財の運搬が始まった。
幸いなことに、領地は王国の直轄地になるが、領地にある屋敷の所有権までは変わらないようだった。母のアンジェリーナの住まう屋敷は、国によって保護された形になった。
屋敷に関しては懸念していたため、ほっと胸をなで下ろした。
ともあれ急な人事だった。少々忙しくはあるけれど、王家から派遣された臨時の使用人を中心に、引っ越し作業が進められていた。
「しかし、どうしてわざわざイブキ様は、棄爵しなければならないのでしょう?」
慌ただしく引っ越しの準備をしていたフェルネスが、執務机で残った書類と格闘していたイブキに尋ねかけた。
イブキはペンを置いて、大きく背伸びをした。
関節が悲鳴を上げる。ちょっと値を詰めすぎていたか……。
ちょうど休憩にはいいようだな――そう思い、執務机から移動してソファーに腰を下ろした。すかさず、フェルネスがお茶を淹れてくれる。
「この国で……いや、この世界でという言い方が正しいのか。爵位を授かることができるのはな、人だけなのだよ。
魔人認定され、王家に入る時点で魔人。私は人ではなくなるのだ。
当然だが、人でなくなった以上は爵位を保持し続けることができない。ただしその時点で跡継ぎに子息や息女でもいれば、爵位がそのまま継承できるのだがな。
私は未だ独身だから、跡継ぎがいないというわけだ。だから結果的に棄爵するほかに方法がないのだよ」
「イブキ様には母上のアンジェリーナ様がいらっしゃるではありませんか」
「母上が健常なら襲爵が可能であっただろうが……その点は王家で忖度してくれたのであろうな。追記された約定では、母上がご存命の間は領地の移譲はされないことになっている。
辺境とは言え、我が領地は広い。土地を持っていない爵位持ちにしたら、喉から手が出るほど欲しい土地なのだろうな」
「そうなのですか……いずれにしても、爵位とともに領地も手放さないといけないのですね」
「そういうことだな」
そのアンジェリーナも、陞爵の三日後にあっけなく息を引き取った。
最後を看た主治医の話によると、苦しむことなく眠るようにこの世を去ったとのことだった。
アンジェリーナの葬儀は急遽、国葬扱いになり、即日に納棺の儀が行われそのまま王都に搬送された。
登城の前日には王家の神殿にて葬儀が行われ、特例で王族専用の墓地に埋葬された。これは過去に一度もない、極めて異例のことだったらしい。ただ先代領主であるレイジの功績のお陰か、特に反対の声は無かったようだ。
そして予定通り、陞爵式典から七日の後に、棄爵及び第八王女との婚姻の儀が執り行われ、イブキは子爵から一気に王族の一員となった。
この時イブキは二十歳。
一生独身で居るつもりはなかったけれど、さすがに最初の花嫁が九歳の育ち盛りの女の子になるとは思っていなかった。実際には第八王女が十八歳になる年に、改めて成婚の儀が行われて、晴れて夫婦となるらしいが。
登城し全ての予定が終わり、イブキは別室に第八王女と初めての顔合わせをしていた。
金髪碧眼の可愛らしい少女だ。婚姻の儀ではゆっくりと顔を見る機会が無く、本当の意味で、初めて顔を合わせていたりする。順番が逆のような気がしたが、王室のしきたりに則って進行しているようなので、こんなものだと諦めることにした。
ここの王城自体は建物の規模が大きいのだが、中に入ると想像以上に質素で、豪華な装飾が一切無い。廊下であっても例外では無く、磨かれた石の床に、引っかかりのない無機質で滑らかな壁が続いている。
金や銀などの装飾は一切使われておらず、豪奢とは全く正反対の城だ。
もちろん天井にはシャンデリアの類いの物も無く、逆に効率よく天窓が設置されていて、計算された外光が城内を明るくしていた。
外観は荘厳な城なのに、だ。
謁見の間であっても、だだっ広い大広間の奥に一段だけ高い舞台があるだけで、王が座る椅子さえも無かった。
今回で三回目の登城になるけれど、城の外見だけで中身は王城らしくない、不思議な建造物だ。
今いる部屋も、あくまでも質素な部屋だ。
部屋にはイブキと第八王女、それからそれぞれの侍女が一人ずつ付いているだけだ。もちろん、イブキの侍女にはフェルネスをそのまま登用させてもらった。
「イブキ様、わたしはアリアレーゼと申します。これから末永く、よろしくお願いいたします」
「ああ。こちらこそ、よろしく頼む」
歳の差があってさすがに夫婦というにはな……そんなことを内心考えていたら、ふとアリアレーゼがしっかりとした視線で、こっちを見ていることに気が付いた。その視線に嫌な感じはない。むしろ好意的な視線だ。
形式的な世辞ではなかったのか?
侍女も特に急かす様子もなく、扉の側で佇んでいる。
何か私が――だめだ、早くあの工場に戻らなきゃ。お父さんとお母さんが、僕を待っている。いつまでも寝てい――違う。今はそうじゃない。
軽く頭を振ってから、再びアリアレーゼの顔を見る。アリアレーゼは微笑んだまま、じっとイブキの瞳を見つめてきていた。
「どうかしたのか? 簡単な顔合わせ……だと思っていたんだが――」
「イブキ様は、魂がお二つ重なっているのですね」
「なっ……どう言う……」
いつの間にか、碧眼だったはずのアリアレーゼの瞳が、深紅に染まっていた。じっと見つめられると、何だか全てを見透かされているような気になってくる。
あの瞳の色は、初めて見る。
何だか体の中がかき回されるような、そんな違和感を感じた。
「イブキ様は、わたしのこのような瞳は初めてご覧になったのですか?」
「あ、ああ。初めて見るな。それがどういったものなのか、聞いてもいいだろうか」
「はい。わたしのこの赤くなった瞳が、魔人である証です。魔人が魔力を使う時に、必ず瞳が赤くなるのです。
そして同時にこれは、魔人が別の世界から転生している、転生魂体である証でもあります」
いったい、この王女は何を言っているんだ?
「わたしは、実を申しますとこことは違う世界、アルテューレという世界で三十年と少し過ごした魂です。こちらの話は、王族のしきたりとして、婚姻した伴侶にのみお伝えしていい事になっています。
わたしは三歳の時に起魂の儀を行い、蘇った前世の記憶とともに人から魔人になりました。イブキ様は前世の記憶は戻られたのですか?」
「いや……」
意味が分からない。
二つの重なった魂の辺りから、違和感は感じていた。それでも、私は、私のままだ。何一つとして、変わってはいない。はずだ。
ただ、何となく思い当たる節はある。
私の中にたまに現れる『僕』という意識が、恐らく魔人化の原因なのだろう。自分でありながら、自分では無い感覚。
そして、『私』も『僕』も同時に私であると言う事実。
「つまり……そういうことなのか?」
「はい。そうだと思います」
つまるところ、貴族となった者は全て、異世界から魂が転生している転生魂体であるということなのだとか。
その覚醒時期は様々で、ほとんどの者が一生覚醒せずにその一生を終える。貴族に叙爵されたのは、もし魔人化し記憶が戻った際に、即座に王族として招き入れることができるようにしたシステムらしい。
「つまり齢は九つであっても、心は成人した女性だと言うのか」
「はい。イブキ様の転生魂体がおいくつかは存じ上げませんが、前世と合わせますとわたしは四十を超えています。もしかしたら、お姉さんでしょうか?」
そう言ってアリアレーゼは朗らかに笑った。
その笑顔はとても美しくて、とても九つには見えなかった。
思わず私は心の中で頭を抱えた。
やっぱり、意味か分からないよ……。
そして『僕』は大きく息を吐いた。
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