僕、異世界転生していないよっ

澤梛セビン

1話 僕、異世界転生していないよっ

「おめでとう。君は大型トラックに轢かれて、異世界転生したよ。やったねっ、パチパチパチパチ」

「いや待ってよ、僕そもそも死んでいないよ?」

 薄紫色の空間で、僕は長い紫色の髪をした、これまた薄紫色のロングドレスを着た綺麗な女性とテーブルを挟んで座っていた。

 目の前にはティーカップがあって、いつの間にか淹れられているお茶から、湯気が立ち上っている。


「あらら、だって魂がここに来ているんだから、死んでいるはずなのよ……」

「そもそもここって何処なのさっ」

「ここ? 私の家よ。ほら、ちゃんと生活空間があるじゃない」


 慌てて僕は周りを見回した。そしてそのまま固まった。

 正直言って、ここの空間は意味が分からない。


 果てが無い空間には、場違いな家具や道具が、これまた微妙な距離で配置されていた。よく見ると、家具だけじゃない。

 右に顔を向けると、食器棚に最新式のシステムキッチン。その向こうには野菜畑に色とりどりの野菜が繁っている。意味が分からない。

 最新式の魔道具、炊飯器や湯沸かしポットもあるし、食器洗い乾燥機まである。


 左を見ると、洗濯機に露天風呂があって、その向こうの物干し場にはドレスや下着が干されていた。

 極めつけは女性の後ろに、豪華な天蓋付きのベッドがあることか。その横にはソファーとローテーブルがある。

 奥の台に置かれたモニターには、どこかの景色が映っていて、時間の経過で違う景色に切り替わっていた。


「えっと……そろそろいいかな、話を戻すね。

 知っているかな? 大型トラックに轢かれると異世界転生するものなのよ?」

「僕、布団に入って寝ただけだよ。そもそも大型トラックは、僕の住んでいる国とお隣の国の間にしか走っていないよ」

「そうなの?」

「うん、そうだよ。街中には小型のトラックしか走っていないよ。

 それにお母さんのバンが、僕の家の近くで唯一走っている車だし。乗り物の基本は馬車だよ。魔獣を調教して牽かせているから、普通に早いんだよ。

 小型の車だって、街中まで行けばそれなりに走っているけど」

「あらら、おかしいわね。ちょっと今、確認するわ……」

 紫色の女性が近くのサイドテーブルから、小さな本を手に取ってページをパラパラとめくり始めた。

 ちらっと見えたタイトルに、思わず目が点になった。


 何だよ『 トラックに轢かれたからって、異世界転生したくない 』って。あれって、最近街で流行っている小説だよね?

 主人公が大型トラックに轢かれて、異世界の森の中に飛ばされる話だよ。確かお母さんがも全巻持っていたはず。

 いわゆるライトノベルってやつだよね。作者は白……しか見えないや。


「おかしいわね、書かれている内容は合っているわよ。

 大型トラックに轢かれた人を呼び出して、異世界転生させるのが流行っているみたいなのよね」

「…………」

 正直、勘弁して欲しかった。

 明日はお父さんとお母さんと僕の三人で、少し遠くの廃都に車の発掘にいくことになっているんだ。寝坊するわけにはいかないんだけどな。


「ねえ、そろそろ帰ってもいいかな? てか僕をお家に帰してよ」

「待って、大型トラックに轢かれた人をここに呼び出して、までは合っているわ。それからチートをあげて、魔王討伐に行ってもらうらしいのよね」

「そんなの僕には関係ないよ。そもそも魔王は山奥にある国にいるけれど、僕の住んでいる国とは、普通に平和な貿易していたはずだよ」

「そうなの? うーん、おかしいなぁ……」

 僕は大きなため息をつくしかなかった。

 だいたい何でこんな生活感丸出しの空間に、部外者の僕が呼ばれているのさ。普通は真っ白な空間に、神様とかに呼び出されるんだよね?

 目の前の女性から、神様の威厳とか全く感じないんだけど。


 それより、僕ってちゃんと僕なんだよね……?

 急に不安になってきた。


 慌てて両手で顔を触ってみる。うん、分かんないや。

 髪の毛を一本抜いてみる。あ、黒髪だ。お父さんもお母さんも黒髪だから、変わっていないと思う。

 自分を見下ろすと、服装は夜寝るときに着たパジャマのままだった。黄色地に青い狸の絵が描かれたパジャマ。お父さん図案で、お母さんが作ってくれたパジャマだよ。

 寝る前に着替えたから、間違いなく寝た時の格好だよ。

 手の大きさは一緒な気がするし、なにより足に何も履いていない。


 うん。間違いなく、ベッドに潜った時のまんまだ。

 腰元には……ちゃんと魂樹も浮いている。お父さんに五歳の誕生日に複製して貰った、格好いいデザインのスマートフォンだ。

 画面を点灯させると、真っ白に光り輝いているだけで何も見えなかった。

 諦めて消灯させて、腰元に浮かばせた。


「そうだ、分かったわ。こうしましょう、チートな能力を与えてあげるから、悪い魔王を探して討伐してくれればいいわ」

「えぇ……僕、絶対に嫌だよ。だいたい悪い魔王って何さ」

「その魂樹経由で付与しておくから、転生が終わったら確認してね」

「話を聞いてないし。もう嫌だこの人……」

 女性が手を僕の方に掲げると、さっき腰元に戻したスマートフォンが女性の方に移動していった。とっさに僕は手を伸ばすも、少し遅かった。

 それを手に取った女性は、スマートフォンに手をかざして、手の平から怪しい紫色の光を、これでもかと言うほど浴びせていた。


 えっ、とょっと。何してるのさっ。

 うわ僕のスマートフォン、壊れちゃうよ!


「そういえばあなたの名前は?」

「えっ? 嫌だよ、教えないよ」

「……そう、イブキっていうのね。いい名前ね、覚えたわ」

「なんでっ、僕何も言っていないのに。あ、ちょっと余計なことしないでよ」

「ちゃんと魂樹帳に私の魂樹番号を登録しておくわね」

「人の話聞いてないし、一言もいいって言っていないのに……はぁ……やだこの人」

 女性がスマートフォンから手を離すと、流れるように腰元に戻ってきた。

 慌てて手に取ってみると、何だか少し厚くなっている気がするる

 ……うわ、なにこれ、横開きの折りたたみに改造されてるよ……ちくしょう、最悪だよ。


「さてそろそろ、転生の時間だよ」

「だから……ああ、もういいや。どうせ聞いていないし」

「あら? どうかしたのかしら? なにか問題でもあったの?」

「もういいよっ! 早くおうちに帰してってば……」

 女性はにっこりと笑うと、僕の方に手をかざしてきた。

 さっきと同じ謎の紫色の光が、今度は僕の方に向かって照射される。


「うわっ、やめて! うわああああぁぁぁぁ――」

 紫色の光を浴びたのに、何故か視界は真っ白に染まる中、最後に女性の声が聞こえてきた。


「そうそう、私はナナナシアよ。また連絡するから、ちゃんと出てね」

「い、いやだあああぁぁぁ――」

 もうね、全力で拒否したかった。

 でも同時に、絶対に無理なのも悟った。


 やがて僕は、意識まで真っ白に染まっていった――。

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