農家の葛西さん2

 ゴリゴリと薬草をつぶす。

 乾燥してパサパサになった薬草は、すり鉢で粉になるまで磨り潰しても、水分が出ることはない。

 全てが粉になるまで磨り潰す。

 出来た粉は小瓶に移して、小瓶の首には薬草の名前を日付を書いたラベルを掛ける。

 薬の材料には粉にしても日持ちするものと、磨り潰した日のうちに使い切らないと薬効な抜けてしまうものがある。この薬草は割りと日持ちするほうだ。季節一つ分くらいか。

 すり鉢とすりこ木を洗う。

 道具の数に余裕はあるといえ、すぐに洗わないといけない理由がある。

 磨り潰して粉になった薬草、その粉はとても軽い。吹けば飛ぶような、ではない。実際に飛び散る。万が一にも他の薬剤と混ざらないようにすぐに洗うのが鉄則だ。水分を含んでいて、磨り潰しても液状になるものであれば、そこまで気を付ける必要はない。

 洗ったすり鉢とすりこ木は、軽く水分を取ったあとは自然に乾くのを待つ。

 その間に、別のすり鉢とすりこ木を取り出して……


「来たよ~」


 お店のほうから声が聞こえた。残念ながら調薬は中断だ。


「お待たせしました」


 そう言って店に出てみると、そこに居たのは葛西さんだった。

 街のすぐ近くに農地を持っている農家で、うちには薬の材料になるものを中心に売ってもらっている。

 全身が茶色っぽい肌というかつたで出来ていて、頭の上に伸びている大きな葉だけが瑞々しいくらいに緑だ。

 種族で言うとアルラウネ。人の言葉も話せるし、うちと取引があるように、意志疎通は問題ないが、見た目だけで言えば人形の植物だ。


「いらっしゃい。今日は何があります?」


 話し掛けている間にも、葛西さんは荷物の中身をカウンターに並べている。蔦で出来ている手が、人の手のように指を作って摘まんだり、蔦のまま巻き付いたりと、形を変えながら荷物を取り出していく。

 不死身草ふじみそう夜行茸やこうだけ黄連おうれん虎杖根こじょうこん。葉がついたままの木の枝は……。


「これはトレントの枝ですか?」

「うん、近所のじいさんが風で折れちゃったっていうから持ってきたよ。代わりに栄養剤が欲しいってさ」

「わかりました」


 そう答えて、一度奥に引っ込んで引き出しの中から植物用の栄養剤を取る。小瓶一つの大きさで、逆さにして地面に突き刺すようにして使う。小瓶の先は細くなっていて、じっくりと時間を掛けて地面の浸透させるためだ。

 値段は結構高い。畑のような広いところで使うには一本あたりの値段が高すぎるし、畑の面積をカバーするには何十本も必要になるだろう。だが、トレントの枝葉と引き換えなら値段は十分に釣り合うし、相手はトレントのじいさん一人だ、一本で済む。

 じいさんというのは、葛西さんの畑のすぐ近くにいるトレントのことだ。私よりも随分と年上なのは確かだ。付き合いも長い。たまに落ちた枝葉を分けてもらっている。トレントの寿命は知らないが長生きして欲しいものだ。


 栄養剤を持って店に戻ると、カウンターの上はいろんな植物で一杯になっていた。

 一人でこれだけ多様な植物を栽培するんだから大したものだ。


「それじゃあ、これと、これと……」


 必要なものを手に取っていく。ああ、これもいるか、錬金術で位相をずらしてやれば、砂糖の元になる。薬の材料ではないが、なぜか店の売り物の中でも人気が高い。

 取引が終わると、残った植物を葛西さんが仕舞う。蔦がグニャグニャと動いて、少し面白い。

 うち以外にも卸している店があると聞いているし、そっちに回るんだろう。


「そういや、研究所に新人が入ってたよ」


 荷物を仕舞いながら、葛西さんがそう話し掛けてきた。

 研究所というのは、私が昔勤めていた薬関係の研究所のことだ。新しい薬の研究の傍らで、街の病院に日々大量の薬を卸している。葛西さんと知り合ったのも、その研究所にいた時だ。


「また、私の葉が欲しいとか言い出してさ~。じゃあ代わりに腕一本くれって言ったら逃げちゃった」


 ちょっと引きつった顔で、ああまたか、と思う。

 薬の研究所に入るような者にとっては、アルラウネである葛西さんの葉はとても興味深い研究対象だ。成分も薬効も、調べたいことは多くあるが、そうそう手に入るものでもない。トレントの枝のように風で折れるというわけでもなく、人間の髪と違って、切ると痛いらしいから。

 それで葛西さんが返す定番の言葉がこれだ。代わりに腕一本。恥ずかしいことに、私も昔、取引を持ち掛けたことがある。すぐに諦めたが。

 そういや……。


「そういえば、腕一本って、葛西さんはそれをもらってどうするんです?」


 聞いたことがなかった腕一本の意味。


「そりゃもちろん畑の肥料にするさ。土ってのは繊細でね。肥料にする種族が違うだけでも結構、味が変わるもんなんだよ。魚や豚の骨も悪くはないけどね。どうせ痛い思いをするくらいなら、おいしい思いもしないと」


 カラカラと笑いながら話す葛西さんに、下手な取引は持ちかけまいと、改めて誓った。

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