調剤師の杉田さん

「こんにちは~」


 店に入るなり声を上げる。

 扉を開けるとすぐにカウンターだけがある。このお店は狭い。

 店員さんが居れば入ってきたのがすぐ分かるからなのか、ドアにベルすらついていない。

 でも店員さんがいつもカウンターに座っているかというとそんなことはない。私が買い物に来た時はだいたい居ない。

 カウンターの奥にある扉からパッとした光が漏れる。


「少々お待ちを」


 奥から声が聞こえたから、安心して少し待つ。

 店員さんが気づかないと、いつまでも待ってしまうことになるから、声を上げるのはとても重要。

 また、パッ、パッと光が見える。

 多分、奥で魔法を使っているんだと思う。魔法を使うと大抵は光が漏れるものだから。


「お待たせしました」

「おじさん、今日は何してたの?」


 うちとは違って、お店の表には商品を置いていない。おじさんに言って買うものだけ出してもらうから、勝手に持っていかれる心配はないけど、カウンターに誰も居ないのはお店として問題だと思う。


「ん。パン屋の嬢ちゃんか。ちょっとしたお薬を作ってたんだよ」

「へー、おじさん、薬なんて作れたんだ」


 ちょっと意外。

 香辛料とか、ハーブを売ってるお店なのに、お薬も作れるなんて。ならカウンターに居ないのはサボってたわけじゃないのかな。


「いやいやいや。ここはお薬を売るお店なんだが」

「えー、そんなことないよ。私、お砂糖買いに来たんだもの」

「そんなことないって、嬢ちゃん……」


 もしかして、砂糖を売るのを止めて、薬を売るようになるんだろうか。それはとても困る。甘いパンが食べられなくなっちゃう。


「おじさん、おじさん、ひょっとしてお砂糖売るのやめちゃうの?」

「いや、そんなことはないけど……」

「じゃあこれからもバニラとかジャムとかチョコも売ってくれる?」

「……ああ、まあ、売り物を変えるわけじゃないよ」

「やった。じゃあいいや。おじさん、私、お砂糖を買いにきたの」


 おじさんはなぜか疲れた目をしている。

 趣味で薬を作るのはいいけど、あまり根を詰め過ぎないで欲しいな。お砂糖が買えなくなっちゃうと困るもの。


「どれくらいいるんだい」

「えっとね。この壺一つ分ちょうだい」


 家から持ってきた壺をカウンターの上に置く。

 元々、この壺は、このお店で買い物をしたときに、入れ物としてもらったもの。もらったと言っても、入れ物の値段はちゃんと取られてる。だから入れ物が壊れるまでは繰り返し持って来て、入れてもらわないともったいない。と、お母さんから壺を渡された。重いから持って来たくはないけれどしょうがない。


 もっと高いパンを売ればいいじゃない。そう言ってみても、お父さんもお母さんも首を縦には振ってくれない。なんでだろ。毎日、原価とか売り上げとか数字を並べて困った顔をしているのに。たくさん儲ければ安心なのに。この壺一つでも節約しようと、お母さんは重い壺を持たせてくる。


「はいよ」


 帰ってきた壺の中を見れば、壺の首のところまで白い粒が詰まっている。

 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ指に着けて舐めていただけなのに、おじさんにはすぐに止められる。ケンピンっていうんでしょ。じゃまはしないでよね。


 おじさんが壺にふたをしてしまった。帰ってからこっそり食べよう。でも、甘いパンにしてもらってからのほうが美味しそうだ。悩む。

 おじさんにお金を払って、壺を抱える。

 帰り道で転んだり、落としたりしたら大変。甘いパンが食べられなくなっちゃう。


「じゃあね、おじさん」


 おじさんは苦笑いした顔で見送ってくれた。

 もっと愛想よくしないと、お客さんが増えないよ、おじさん。

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