第2章 恋い焦がれて
第1話 生徒会と転校生
~9月上旬~
ある日の平日の放課後の時間。
カチャカチャとパソコンのタイピングを打つ音が横で聞こえる。ここは白咲女子学院の生徒会室である。そこの部屋には私、水瀬華蓮(みなせかれん)と、ある女性とで事務仕事に励んでいた。
「ありがとね、華蓮。まさかいつも忙しいって言ってくれてるあなたが手伝ってくれるなんて」
「別に大丈夫。今日は用事が無くなったから」
横でパソコンを弄ってるのは、生徒会長である雨宮優(あまみやゆう)である。黒髪のショートヘアの女性だ。
「用事が無いって、鏡見咲ちゃんだっけ? 何かあったの!?」
「な、なにが!? 確か一年の子よね、そ、その子がどうしたの?」
急にお嬢様の名前を出されて、思わず驚いてしまう。なぜお嬢様のことだと分かったのか。
「とぼけても無駄よ。あなたいつも一年の鏡見咲ちゃんのところに行ってるでしょ」
「なんのことかしら? そんな子の名前初めて聞いた」
なぜ把握しているのかは謎だが、なんとかごまかそうとする。しかしお嬢様の名前を知らないだなんて、嘘でも言うのが辛い。
「だからとぼけなくてもいいから。実は咲ちゃんはね、以前から知ってるのよ。中学の時には先輩後輩だったし。」
「先輩後輩?」
「そう。中学の時は部活動とかで遊んだりしてね。服屋さんとは料理屋さんとかみんなで行ったのよ」
「そ、そうなの……」
中学生の咲お嬢様と優がお店に。そんなこと初めて聞いた。そしてなにかもやもやする。
「そのときに行ったお店が気に入ってね、ちょくちょく学校帰りとか休みの日に行くんだけど、そうするとよく咲ちゃんを見かけるんだ」
「へ、へぇ……」
「で、最近さ。あなたといる姿を見るようになったのよ。本当に何回もね」
「私達の事。み、見てたの……。くうぅ」
どこまで本当かはわからないけど、よく一緒にいることがバレているのは事実らしい。やはりもっと気をつけないと行けない。とはいえ咲お嬢様とメイドという関係はたぶんバレてはいないと信じたい。
そう思いつつ、本当にイチャコラしていたのが見られてたとしたらめちゃ恥ずかしい。しかも昔の咲お嬢様を知っていると聞いて嫉妬のようなものも溢れてくる。
「その様子だとあまり知られたくないようね。別に言うつもりは無いわよ。でもね、あなた目立つんだから、程々にね」
「は、はい」
自覚はあったけど私はこの学院ではかなり目立ってる。少しでもいつもと違うことしたら噂が広がるのは目に見えてる。でも咲お嬢様に再会してから、高ぶりすぎて気にしなくなってたのだ。
せめて触れ合う場所は家だけにしたほうがいいのかもしれない。
「で、結局咲ちゃんはどうしたのかしら?」
「え、っと。今日は友達の家に遊ぶに行く用事があって」
「なるほどね。それでか。ふふ」
「なにがおかしいの?」
急に微笑んで少し気味が悪い。一体どうしたのか。
「別に脅しじゃないけど、私がこのことを黙ってあげる代わりにさ。今度、咲ちゃんを私に家に連れて来て欲しいんだよね」
「ふ、ふえ!?」
いきなり優はわけのわからないことを言い出した。私は間の抜けたような声を出してしまう。
「ど、どういうこと?」
「文字通り。久しぶりに咲ちゃんとお話したいなぁと思ってさ。でも面と向かって彼女を誘うのも気恥ずかしくて。それくらいいいでしょ?」
「う、うぅん……」
彼女が咲お嬢様と会うのは正直嫌であった。というのも確証は持っているわけではないが、優から何か妙な気持ちを感じる。しかも会うとなると私との主従関係がバレる可能性がある。
でもそれを断るのは無理だ。これは脅しじゃないと言ったけど完全に脅しだ。従うしかない。
「わかったわよ。後で伝えとく」
「うん、ありがと。後でココアでもおごるわ」
「別にいらないわ」
欲しい気分じゃないし、なんか馬鹿にされている気がする。
「じゃあ、仕事は済んだから私は帰るわね」
私は手伝っていた仕事を終わらせると、すぐさま帰る支度を始めた。
「お先に」
そして鞄を持って、生徒会室のドアに手をかけた。
「はい、お疲れ様。じゃあ約束よろしくねぇ~~♪」
後ろを見ると笑いながら手をふる雨宮優(あまみやゆう)。私はそんな彼女を無視してそのまま出ていった。
「咲ちゃんと何して話そうかな、ふふ」
彼女が最後に発した言葉。私はその時、なぜか不吉なものを感じた。
★★★★★★★★★★
場所は打って変わって、ある日のお昼休み。
一年生の私、鏡見咲は眠そうにあくびしながら机へと座っていた。
「はぁ……」
それと同時に少しため息。
「ふあぁあああ~~~」
そして更に大きなため息をした。
「咲ちゃん、お疲れだねぇ」
「咲、そんなにため息ばかりしていると幸福が逃げるぞ」
心配をした二人の友達が机に顔を突っ伏す私に近づいてくる。
ギャルっぽい少し男勝りの口調の神埼麻也香(かんざきまやか)ちゃんと、おっとり系の母性本能増し増しの柊天音(ひいらぎあまね)ちゃん。私の友達だ。
「だってぇ、しょうがないんだものぉ」
「しょうがないって言っても、うぅん、たしかにしょうがないけどさ」
「だねぇ」
いつもならネガティブな事を言う私をガツンと励ましてくれる二人なのだが、今日はなかなかに歯切れが悪い。それは今現在進行形で起こっている問題がそうとう厄介だからだ。
私がいつも真剣に悩んでいることを、二人は馬鹿らしいなんて無下にしてくるが、今回ばかりは真面目に賛同してくれている。
ただそれの解決手段がすぐに浮かばないのである。
「はああぁああ~~~」
私が三度目のため息を吐いた瞬間だった。
「鏡見咲ぃぃぃぃ~~~~~!!!!!」
「うわ、また来たぁぁぁぁ!!!!」
教室のドアが突然開いたのである。そして大声を上げてある女性が現れた。
「今日こそは、私の妹の恋路を邪魔するあなたを成敗するわ!!!!」
「ひ、ひええぇえ~~!!?」
目の前の彼女は、金髪碧眼でポニーテールの美少女だった。
彼女は先週に別のクラスに海外から転校してきたというイギリス人ハーフの女の子。名前は『市道クレア(しどうクレア)』という。
一見何にも接点もないはずの私と彼女。
なのだが、実は私と彼女にはある奇妙な繋がりがあった。
「私の妹、アリスが言ってたわ。私の一目惚れの相手を奪い去ったってね!!! さぁ、来なさい!!!」
そう彼女は、以前に先輩と一緒に訪れた喫茶店際に出会ったあの小さな女の子の『姉』だったのである。こんな偶然あるのか。
私がガシッと手を捕まれると、そのまま引っ張られる。
「た、助けて、ふたりともぉお~~~!!!」
「無理だ、咲、彼女は止められない」
「咲ちゃんごめんねぇ~~」
「薄情者ぉぉぉおぉ~~~~!!!」
必死に助けを乞うが、二人は助けてくれない。厄介事に関わるのはゴメンだと、暗に伝わってくるのが、すごく悲しくて腹立たしい。
私は屋上へと連れ去られた。
★★★
「あなたに、水瀬華蓮先輩はふさわしくないです!!!」
屋上での第一声が、それだった。彼女、市道クレアが強く言い放ったのだ。
「あなたのような平凡な人が、見目麗しい水瀬先輩とは釣り合わない!! いいこと、私の超絶かわいい妹こそが、水瀬先輩とお似合いなの!!」
彼女は私を壁ドンしながらそう迫る。とはいえ彼女の暴論は目に余る。何にも知らない癖に好き勝手言ってくるのが腹立たしい。
「だから、そんなの関係ないって。驕りかもしれないけど、純粋に華蓮先輩は私を好きでいてくれてるの。本当だよ!!」
「いや、先輩はあなたなんか愛してないわ!! あの美しすぎる先輩が愛してるのは、超絶プリティの私の妹!! あなたになんか!!」
「私はそれ以上に先輩を愛してるの!!! 先輩の声、髪、優しさ、私はすべて好きなんだ!!」
「言わせておけば!!!」
めっちゃ恥ずかしい。むきになるあまり、何を言ってるのだろう私は。というかこの子もなんとも思わないの。私と彼女自身ですっごい恥ずかしい言葉連呼しているのに。
くそ。この先輩ラブのスーパーなシスコン野郎。非常に厄介だ。こうなったら奥の手だ。私はこの人から逃れるためのいつもある策を練っていたのだ。
「こうなったら、これじゃい!!!!」
見せたくはなかったが、致し方ない。私は隠し持っていた華蓮先輩の写真のコピー(使用許可済み)をばらまいた。
「うにゃ~~❤ み、みにゃせ先輩のメイド服ぅぅ~~~!!!」
その瞬間、彼女は血眼になって写真を拾い始めた。その執念、理解できるからこそ残念だ。
「今のうちだ!!!」
私は拘束(壁ドン)が解かれたのがわかると、ダッシュで出口へと走った。
「な、はかったな!!! 待てぇ!!」
しかし逃亡に気がついた彼女はまた私に向かってきた。
「と、とどめぇ!!!!」
最後に投げたのは、なんと先輩の水着姿だった。これだけは絶対に見せたくなかったけど命には変えられない。
「水瀬先輩の、み、みじゅぎぃ~~~!!!」
それを見た瞬間、彼女は大声を出して、そしてギャグマンガのように鼻血を垂らして気絶した。
「はぁ、すっごい残念な人だなぁ。でも初見なら私もそうなる自信がある」
呆れながらもその姿を見て同情してしまう。
水瀬華蓮先輩のファンで、シスコンで、金髪碧眼で、勘違い天然の、ハーフの転校生。属性もりもりのめんどくさい市道クレア。
そんな彼女に付きまとわれる、最難な日常は始まったばかりである。
★★★★★★★★★★
そしてまたある日の休日。私、鏡見咲は家の中で華蓮先輩と一緒にいた。
「咲お嬢様、な、なぜこんなことを?」
「お互いにリフレッシュするため?」
私はこの日ばかりは最高の気分を味わいたいと、そしてなんだか疲れている先輩のために、私の自室でベットに二人で寝転がっていた。
もちろん見つめ合ってである。そして相変わらずの先輩はメイド服を着ている。本当にかわいい。
「リフレッシュですか……」
「はい、そうです。私最近、めちゃくちゃしんどくて、なんか変な転校生のせいなんですが」
「そうだったのですか」
少し悲しげにする先輩の手をきゅっとつかむ。すると先輩は少し驚き、かぁっと頬を赤らめた。
「さ、咲お嬢様!?」
「私みたいなふざけた感じの疲れではないと思いますが、華蓮先輩もここ最近疲れてるみたいに感じます。だからあの、その手を取り合って、元気になるかなぁって」
自分も少し恥ずかしがりながら、先輩を上目遣いでついつい見てしまう。すると
「咲お嬢様、可愛すぎます❤」
「うぎゃ!?」
そのまま華蓮先輩のおっぱいに顔が埋まった。
「たまりませんたまりません~~~!!! うきゅ❤❤」
「華蓮先輩、く、くるしいですぅ~~」
ここは極楽浄土か。そんなことを考えながら私は華蓮先輩の胸でもがき苦しむ。
それに気が付いた先輩は慌てて私を引きはがす。
「す、すいません。咲お嬢様、とんだ粗相を」
「もう全く華蓮先輩は……。ふふ」
でもこんな感じで触れ合えるのは本当に素敵なことだ。まだまだ先輩との関係は歪だけどこれから育んでいこう。
「うぅ❤」
「うぅん❤」
お休み前のキスをそっと交し合った。
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