第30話

食堂はざわめいた。無理も無い、もう工場の全員はTOYがレゲエのDEE JAYだった事を知っており、これは明らかにTOYに向けられたメッセージだと気付いたからだ。


稲本が体でテンポを取って歌い始めようとした瞬間に担当の親父が吠えた。


「おいっ!稲本、お前前回の二の舞踏みてぇのか!?次は間違い無く懲罰だぞ!馬鹿かお前は!取り調べにするぞ!」


食堂が静まり返り、しばらく静寂が続いた後、ぼそっと稲本が言った。


「…すいませんでした。じゃあ自分はいいです。」


会場が再びざわめいた。これでTOYが決まったらもう稲本は工場を出て行くしか無い。


「TOY、とどめを刺せ。あいつはMCは得意だけど歌は駄目なんだ。」


『…うぃす』


俺としては少し気が抜けた。望む所だったのに残念だったというのが正直だったのだ。


俺は元々SINGERからDEE JAYに転向したのもあって、歌は苦手ではない。無難に一昔前に流行ったクリスマスソングを歌い始めた瞬間に食堂に「おぉ〜」という声が出て、歌い終わった時にはほぼ結果は決まっていた。


担当の親父が多数決を取り、何て事は無く俺の工場代表が決定すると昼休みは終わった。下の人間が次々に


「TOYさん、おめでとうございます」


とか


「絶対優勝出来ますよ!」


とか言って来てくれた。でも何か素直に喜べなかった。


午後の作業が始まりいつもの様に黙々と作業をしていると、稲本にいきなり計算台に呼ばれた。


「TOY、まぁ勝負は出来なかったけど俺の負けだわな…」


『いや、勝ちも負けも無いですよ。自分は純粋にやり合いたかったです』


「まぁでもこうなった以上俺はこの工場を出て行かざるおえないわな…」


『まぁ…自分はどっちでもいいですけど、後は稲本さんのプライドの問題なんじゃないですか?』


「…さぁ、どうやって工場を出て行くかなんだけどな…普通に親父に言って出て行くのは簡単だが、出て行くには色々な方法があるからな…例えば理由は何であれケンカしたら2人とも懲罰にいくしな…TOY…てめぇも道連れだ!」


俺が身構える前に稲本は立ち上がって殴りかかって来た。














次の瞬間、床に倒れていたのは稲本だった。横からBE-COREが走って来て稲本に跳び蹴りをかましたのだ。


稲本が立ち上がる前に、BE-COREは稲本に馬乗りとなって稲本を殴り始めた。



『BE-CORE!!』

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