第11話 Detour(寄り道)

レストランから階下のジャラン・レギャン通りへ足を運び始めた僕と山田であった。店を出たのは21時を30分は過ぎていた。その時間帯にも関わらず、土産物店は赤々と明かりがともっていた。観光客もまだまだ人の波が引いていく気配はない。


ディスコやレゲーバーもあちらこちらで盛り上がっていた。普通のカフェももちろんオープンしていた。まさにバリ島の夜は、これからって印象を受けた。僕の隣にいる山田の様子を見ていると、ワクワクし、好奇心で満ちている様子がうかがえた。この南国のバリ島の解放感が、僕は好きだと改めて実感した。バリ島の湿気を含んだ夜風と観光客の熱気でバリ島の夜はまだまだ終わりそうにない。


僕と山田は、レストバリのレストランを出ると、ジャラン・レギャン通りを左へと向かった。しばらく進んで行くと、僕は思い出したことがあった。そういえば、マルチンと初めて出会ったのがこの十字路であった。なんだか懐かしい感じを受けた。そのころはこの先にディスコがあって、結構繁盛していた。その店の前でマルチンと出会った。出会った頃には、こんな結末が待っているとは思ってもいなかった。人の運命って本当に分からないものだなって改めて感じ取った。こうやってマルチンと出会いを思い出すことが、僕にとってのマルチンに対する供養になるような気がした。


僕「山田君、この十字路の先には、以前はディスコがあって観光客でかなり流行っていたんだよね。マルチンと初めて出会ったところなんだよね。お互い、その頃はまだ20代だったんだよね。」


山田「そうなんですね。切なさがこみ上げますね。俺、何といっていいかわかりませんが、思い出すことがきっとマルチンさんの供養になるんでしょうね。存在を忘れられたら、寂しいですからね。」


僕「山田君の言う通り、僕もそう思いますね。」


ジャラン・レギャン通りのメインストリートから、横道へそれるとその路地は、明かりが薄暗く、この世とあの世への通り道であるかのように思えた。僕はそのまま、その路地を進んでしまうと暗闇へ連れていかれそうな気がした。バリ島にはそういった世界が、生活のすぐ側にある。そのとき山田が、僕にこういった。


山田「酒井さん、この薄暗い路地の奥から何か民族音楽のようか曲が聞こえてくるような気がするんですけど。」


僕「聞こえますね。暗い路地の奥から、かすかに聞こえてくる土着の民族音楽は何ともいえないでしょう、山田君。これはバロンが躍る時の曲ですね。この路地の奥で、催しがあるのかもしれませんね。バリ島ってこういった路地の奥にもちょっとしたスペースがあり、そこに祠があったりするんですよね。お清めのような儀式的な踊りがあり、そこで祭りがおこなわれていることが、よくあるんですよね。日本でいうところのお正月に道端で獅子舞があるような感じですね。」


山田「さすが、神々の棲む島といわれるだけありますね。日常生活の中に神様が溶け込んでいて、身近にいるんですね。なんだかそういうのって俺好きです。その空気感がいいですよね。敬う気持ちがあるって本当に素晴らしいことだと思います。」


路地の奥から、だんだんとバロンのダンスをしている劇団員がでてきた。観光客は物珍しい様子を見入っていた。写真を撮る観光客も数名いた。この劇団の集団は、実在する人数は7名だったが、僕にはその人数以外に後数名が、この世のものでないなんだかわからないものを感じ取った。


それは、邪気を帯びているものでなく、なんだか僕たちの気持ちを穏やかにするような存在だった。いわゆるフェアリーのような物の怪だったと感じた。ふと山田の様子をみると、山田もこの物の怪の気配には気が付いている様子だった。


山田「酒井さん、あの俺の気のせいかもしれませんが、バロンダンスの劇団の人以外にその後ろになんだか気配を感じるんですけど。悪い感じはせずに、なんだか心和む空気感を感じるんですけどね。どう思います?」


僕「僕もそれを感じますね。山田君と同じですよ。その正体は、なんだか物の怪、フェアリーのような印象を受けます。だから、心和む感じなんでしょうね。」


山田「俺、このバリ島のことが好きになっちゃいますよ。酒井さんと同じ感性でよかったです。」


僕「本当に僕と山田君の感性って、似ているんですよね。」


僕と山田は二人並び、ジャラン・レギャン通りを進んでいった。行きかう観光客は、ほろ酔いの様子でバリ島の空気感、南国の空気感へ解放されている様子だった。バリ島のこの感覚が張り詰めた感じではなく、心穏やかになる安心感を放っている。


山田「酒井さん、バリ島の夜って、結構、思ったより安全なんでしょうか。観光客でほろ酔い気分の人が結構いますね。バーもアゲアゲな感じで解放感、満開って感じですね。」


僕「でもね、山田君、何年か前には夜の盛り場で爆破テロがあり、死者も出ているんですよね。実際、ジャラン・レギャン通りにはその犠牲者を偲んだモニュメントもあるんですよ。」


山田「そうなんですね。今ではそんな様子は全く感じられないですけどね。」


海外での日本国内ではない危うい感覚を山田にそれとなく伝えた。僕と山田は、ジャラン・レギャン通りを進み、間もなくするとベモコーナーへ行きついた。そのベモコーナーを左に曲がりパンタイ・クタ通りへ入る。


先ほど、空港から通った道だ。間もなくすると、クタスクエアーにあるマタハリデパートへ僕と山田は到着した。このデパートは、かなり遅くまで営業している。部屋で食べるインドネシアのお菓子やドリンクの買い出しをすることにした。値段は観光客相手の相場設定になっている。バリ島内では、かなり高い値段である。


山田「酒井さん、インドネシアって物価やすいですね。びっくりですよ。チョコレートは割高のような感じを受けますが、現地のお菓子はびっくりするぐらいの値段の安さですよね。」


僕「そうなんですよね。インドネシアってかなり物価は安いんですよ。ただ、このバリ島では観光客向けの値段設定になっているので、インドネシアの中でも物価はかなり高いですけどね。」


僕と山田は食料品売り場へ来た。


山田「酒井さん、この毛むくじゃらなライチぐらいの大きさの果物ってなんですか。」


僕「それは、ランブータンという果物なんですよ。味はライチと同じですね。パサールでは一束10円とかだと思いますよ。ちなみにパサールでは、スイカも一瓢50円ぐらいですからね。」


山田「マジですか。そんなに安いんですか。だからフレッシュフルーツのジュースって安いんですね。是非とも、パサールへも行ってみたいです。」


僕は、山田へバリ島の物価を紹介した。インドネシアは確かに、東南アジアの中でも物価が安いのは、太鼓判を押してもいいだろう。僕と山田はマタハリデパートで、今晩の夜食というか部屋での食べ物をある程度揃えた。もちろん、ドリンクももちろんだ。山田が盛り上がっているバーへ行ってみたい雰囲気を出していた。


僕「山田君、どちらのバーに社会見学で入ってみますか。」


山田「マジですか。はい。ぜひ入ってみたいです。けど、どの店がいいんでしょうか。どちらへ入っていいのかわかりませんね。」


僕「そうだね。先ほどのプールーバーのあったバーはどうですか。なんだか、おしゃれな感じだったし、子供連れもいたから安心できそうだしね。」


山田「了解です。あの店ですよね。なんだかプールバーなんておしゃれですよね。俺、気分上がっちゃいますよ。」

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