最終章「世界の静止する日」
第14話「そらのランデヴー」
試合を開始するかのように、わたしとヤツの波動がぶつかり合って、地面を揺らし亀裂を走らせた。歪みが一体に広がると視界が沈み、大きな瓦礫が舞い上がった。
『くぅぅうらえェ!』
声がした。
一発の塊が目の前にあった。
アイツの攻撃だ。だがこの程度なら喰らわない、躰を横に捻れば問題ない。
『まずはッ』
「一発!」
フェイントだ。
捻った体をバネのように戻し、ながら、右手にナックルを形成。振り抜く!
殴りかかってきたヴァースの拳を受け止めた。
『いい、いい反応だ!』
互いに止まった。
左手に銃を呼び出し……互いに突き付け合った。
発砲。回避。
発砲。外した。
宙を舞い距離を離す。
この間にも回りながら撃ち続けるが、当たらない。
着地。拳も銃も一旦、
消えたユニットは光の粒になり手首の周回に戻った。
「……なるほど」使い方もわかった。最早カードを出しては消費するなんて手間を繰り返す必要もなくなってるわけだ。それにさっきの銃はサチの物の色違い。どうやら他の能力までもがこの手の中に……。
でも、まだ、互角。
「次!」
両手に棒ロッドを召喚。
床に叩きつけ、コンクリート片を纏わり着かせる。
その塊は巨大な
『まだまだまだぁ!!!』
受け止められた。大きく開いた足が僅かに床にめり込む。
けどダメージは全く無い。
鎚がふわりと撥ねられた。
刃物と見間違うほど鋭い
「!」すぐに柄を手放す。
避けてもいいが、これはあえて、バリアを張って腕で受け止めた。
衝撃で髪が舞い上がった。
「だけど……軽い!」
『ほざくかぁああッ!!』
押し切られる……!
割られはしなかったがバリアごと退けられた。
続けざまに、左足。
踵……!
入った勢いに任せて避けるしかない。
「くっ……!」
視界がひっくり返る。
ほぼ同時に、地面を両手で突き勢いを殺し。
そのまま空中へと
「!」背中に
……いやこんな物に気を取られていたら――追撃の弾幕が打ち上げられていた……!
いや、このコンクリートを前方に回して、防ぎきった。
…………本の少し、一瞬、コンマ数秒だけ休憩。立ち上がって深呼吸を、
『はははははっ! さすがあの女の娘! 楽しいなぁ……』
「……」できそうに……。
充分だ、まだ疲れちゃいない。
挑発のつもりなのか奴もわざわざ岩に乗って来て、目線の高さまで合わせてくれている
息は上がっていない。当然だ、これくらいでへばられてしまっては、始末のしがいがない。
「…………」
『どうやら我を倒すことに、力を注ぎすぎているのではないか?』
「なに……」
私に周りを見ろと言わんばかりに首を振っている。
何となく、油断をさせ隙を突く作戦ではないと思い、見てやった。
その言葉は間違ってはいない。
壁の崩壊を繋ぎ止めていた力が弱まっているのか、かなり遅くではあるが、砕けた壁が少しずつ動いている。さっきまでは一寸たりとも動いてなかった。つまり間もなくあの崩壊は再び始まる。
『残された時間はあと僅からしいな。どうする?』
「…………」
手段はいくつかあるけど、答えは最初から決まってる。
「お前は殺す」
『ふっ』
「崩壊が……完全に……始まる前に!」
瞬間移動。
飛びかかってぶん殴りたいと思うと、私は既に奴と同じ足場に立っていた。
『グ……』そして私の
殴る、殴る、殴り続ける。決して
「うぉぉおあぁぁぁあああ!」
『くっ……そぉぉおう!』
手を抜いてる感じはしない。
私の方が、速い!
『はっ』
ついに、コンマ数秒、上回った。今だ。
アッパーで手をぶち上げ、胴体をガラ空きにさせる。
それはお返しの蹴りで決めだ!
『ぐうぅっ……ぁぁあ!』
ヴァースは天高く吹き飛んでいく。猛スピードでどこまでも上昇していき、最後にはスカイツリーの最上階に激突した。
余計な行動を起こさせてはいけない。瓦礫という瓦礫を飛び渡り、すぐ近くまで登り詰める。
奴は壁面にめり込んでいる。
全身から、血の代わりか、黒い煙を吐き出したまま項垂れてたまま、動かない。身体が消えてなくなる気配はないが、頭部だけは徐々にその量が増えていく。
次第にパラパラと何かの欠片を落とし。
煙が晴れると、顔が……
「……その…………顔は……」
顔が……。
いや、変だ……そんなのおかしい。
消えただけじゃないのか。
何故。
さっきまでと同じじゃなくて。
「そんな…………」
お母さんの顔なんだ。
「……………………」
『……ふ。ふふふふ……はははぁ……ふは………』
やめろ。
笑うな、その顔で。
「どうして………」
『あの男が、どこの馬の骨とも知れぬ奴の身体をコピーしているように。あいつが借り物の身体に、借り物の頭を、使っているように』
「…………」
『何かおかしいのかね?』
「……」
声だけは、違う。
でも、顔は。
『説明は、必要かな?』
「…………」
首から下は違う。でも首だけは母の物。
返してほしい。
いや。
返してもらったところで、帰ってはこないんだ。どこかにあるかもわからない、母の身体を見つけられない限り。
『貴様は殺せるかなぁ……親の顔をした……』
「化け物が……」
答えは一つ。
こいつを殺す。
『うッ!』
掴みかかった。
壁から引っぺがし、乱暴に反対側に放り投げる。
時が進み始めた。
四方の壁が崩壊していく。
止まりもせず、スローにもならず。
塊が。
瓦礫が。
岩が。
次々と地上へと落下し壁内外諸共破壊していく。
まるであの日のように。噴煙を巻き上げて、人々に悲鳴を上げさせ、街を掻き回す。
私も。浮いていた足場も。
猶予はない。私が選んだ道だ。総ての殺意をこの一撃に賭けて、瓦礫と共に落ちるアイツにトドメを刺すんだ。
ヴァースに飛び乗り、もう一度両手にナックルユニットを装着する。
『きっ、貴様……』
「殺せるか、と言ったな……。できないと……」
地上に激突するまでの数秒間。
それまで、
「思ったのかぁぁあ!!!」
殴り続ける。
『うぉぉぉぉぉッ!』
殴る。殴る殴る殴る。ひたすら殴る。
一発打ち込むごとにそのスピードを上げていく。
だがただでは殴らせまいと、私の拳に奴も殴り返してきていた。
殺意がぶつかり合う度が痺れる。そしてそれが重なるにつれて、それさえも感じなくなってきていた。
だが、身体は止まることを知らない。
拳は止まらない、止められない。
『や、やめろッ! 貴様の母の顔だぞ! 唯一無二の……! それを跡形もなく撲り潰すつもりか!! 本当に、帰らぬぞ!』
それがどうした。
「顔だけがすべてじゃない! それにあんたの身体は別物だ。今こうしているからわかる! 私の知ってる母じゃない! 顔や身体だけで決まるものか!」
『くっ……そぉおっ……!』
「その!」
一発、顔に入った。
心は痛むけど、もう引き返さない。
「顔で!」
二発。
「喋るなぁぁぁああぁあぁぁぁッ!!!」
もう、抵抗させなかった。
そしてそのまま、激突した。
油断していた。
「うっ、ああっ……」
蹴りを一発だけもらってしまう。奴なりのせめてもの抵抗だったらしい。大してダメージにはならないけど、吹っ飛ばされて転がった。
痛くはない。すぐに起き上がって構えられるくらいには。
だが奴は異常を来していた。
全身から出ていた煙がまるで固定されて流れがそこにあるかのように、全く同じ出力で放出され続けている。見覚えがある。かつてのドライバーの生物的なパーツだ。それが蠢いて見えているんだ。
『この……くそ………』
奴が……ヴァースは立ち上がることはない。奴が弱っていることは肌で感じるように理解できた。そしてあのガスバーナーのように強かった流れは少しずつ弱まり、風に吹かれただけでも揺らめいていた。ただの蝋燭みたいに。
「終わりだな……」
「あっ」
月野さんが
不思議なことに、手とか足とかからは、他の生き物と同じ赤い血が流れている……。
「アイツが完全復活ではなかったのが救いだった」
「えっと」
「身体の細胞を壁の外に出向かせ、エネルギーを回収するという手段を選んだ時点で奴の負けは決まっていたようなものだ。逆にワタシ達に回収される可能性も、そして壁の中でも排除される可能性も考えられないようではな」
「それで遅れたんだ」
「まあな。悪かった。それと……」
「……そうだった」
瓦礫が降り注いできている。幸いなのか能力のおかげなのか、私の頭には落ちてこないけど。
この状況の意味するところは、ヴァースの力が失われ、時が進み始めているということ。やがては…………警察や消防がここへとやって来る。おそらく報道のヘリやら車やら。復興の為に自衛隊も来るかもしれない。
見つかりはしないだろうけど、騒ぎになる前に退散はしたい。
『回収、完了しました』
ハルも生きていた。疲れたのかすっかり動かないサチを背負っている……と言っても腕がないから不安定だけど。
器用にも頭の上にカプセルを乗せていた。
「あれは……?」
「ヴァースの細胞片だ。コアごと収まっているから、復活してしまうこともない」
「もし復活したら…………?」
「それは……」
私の質問に、月野さんは空に見える太陽を仰いで。
「これは我々の責務だからな」
わかるだろ、と弱々しく微笑んだ。
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