第8話①「月下美人 前」
サチはカオリに言った事など頭から完全に抜け落ちていた。
「何か忘れているような」と思いつつも、その足はあの川に向かっていた。
街から階段で土手を上り、見下ろした。
そこは草が全て焼け、一部では「令和のミステリーサークル」などと呼ばれている。サチのクラス内でも男女共に話題にしていた。
現場は赤いロードコーンと緑のテープに仕切られ進入を拒否している。
「…………」
辺りを燃やしたのは自分ではないと理解する反面で、自分達が現実で事件に関わってる事には多少の罪悪感を覚えていた。初めて戦った日を思い出し、夢中の中でも偶々他人に怪我を負わせなかっただけだと。
ただ燃えただけではなく、生き物の形にも見える焼け跡を無言で見つめた。
「あれが先日の『謎のボヤ』事件か」
「突然燃えたのに、マッチやライターが見付からなかったって話だっけ?」
通りすがりの野球少年二人が雑談を垂れ流す。
「お前じゃねーだろうな」
「俺じゃねぇよ!」
グローブを片手に焼け跡近くに降りて行く。覗き見るくらいはしても、わざわざ踏み入れる真似には至らなかった。キャッチボールを始めると見向きもしなくなった。
一般人にとっての事件などそのようなものだ、とサチは理解した。
月野にドライバーを渡され、自分を探せるからと参戦したはいいが、今になって自分が関わってる人達の恐ろしさを肌で感じた。人と云うよりはそれらの持つ力が、自らの未来以上に恐れを成していた。
「…………」
不安な顔の目の前を、何かが横切った。
何かと思って目で追うと、ツバメにも見えた。
それが何なのか目だけでなく体でも追うように、サチは階段を駆け降りて草原を突っ走った。一度は見た野球少年達には当然目もくれず。
我に帰る頃に、鉄橋の真下にまで来ていた。
「……コウモリ?」
サチをここまで誘ったのは、野球用のボールよりも小さい動物であった。
彼女にはそれがコウモリであるという事以外はわからない。種類など名前で憶える機械はないが、記憶の中の像とは一致していた。
「へぇ、初めて見た。こんな町にもいるんだな」
都会で頻繁に見かけるような動物ではないので心の底から関心を示した。
「そういえば……」コウモリは病気を持ってるから触れない方がいいんだっけ。
近付こうとはせず、かと言ってスマホで撮影する気にもならなかった。肉眼で見えるだけでも気持ち悪いと思ったからだ。
既にシンカーという怪物と戦ってるというのに、おかしな話たった。
「……」
サチはコウモリから視線を感じた。
それは確かな見られてるような感覚であった。何となくではなく本能に近いそれで。
既に口から白い息を吐いていて、そこに目があるのかも確認できなくなっていた。
振り返ると野球少年達が退散中で、川にはサチ一人しかいない。
これはサチの勘であった。
人間を警戒して逃げ出す素振りがなければ、じっと目を合わせ続ける事に個人的な気味の悪さを覚えただけだというのに。
『サンセット』
彼女の本能がそうさせた。
ドライバーを装着し、コア天面のスイッチに手を押し付け同調。ケーブルを接続させ、システム起動の待機音が鳴り響いた。
この曲のような音が誰に聞こえているのかサチにはわからない。
しかしコウモリは周囲を見回し、最後にはムーンドライバーを凝視した。
「あり得ない動きだ……」
疑惑は確信に変わった。
『ムーンライズ!』
起動。装甲を纏い、コウモリを睨んだ。
ウェポンのカードを使いジュウの用意だけを済ませて重心を落とした。
「食事ノ時間カ……」
コウモリは地に落ち、沸騰した水のように体を歪ませて人間へと変態した。
巨大な翼を畳み全身を覆い隠し、サチを見てニタリと笑った。意外にもその顔は美形の女性を象っていた。
「貴様カラハ同胞ノニオイガスル」
「ドーホー……?」
ムーゾンの事か?
サチは両手をジュウに添える。
「本来デアレバ同胞ヲ食シタリハシナイ。ダガ貴様カラハ未知ノ、美味ナ予感モ……感ジル」
「お前…………」
「コレマデニ食シタ動物ハ17734匹。内13311ガ虫ト呼バレテイル。残リハ野良犬、野良猫、魚、鳥、蛇……ソシテ、コウモリ。素晴ラシク美味ナ食事デアッタ」
「なんて残酷な……!」
サチはジュウを構え、銃口の狙いを目の前の怪物に定めた。
「残酷? 貴様ハコレマデニ食シタモノヲ憶エテイナイノカ?」
「……………………」
「ワタシハ忘レナイ。何故ナラワタシヲ進化サセテクレルカラダ!」
翼を広げ凄まじき突風を起こした。
思わずサチは吹き飛ばされ、焼け野原の真ん中に叩き付けられた。急いで起き上がり引き金に指を掛けるが、コウモリは既に姿を消していた。
「人間ノルールニ倣イ、名乗ロウ!」
否、空高く飛び上がっていた。
黒のシルエットが月を消した。翼の分だけ体が大きく見えていた。
「くっ!」
『ライフルモード!』
サチはジュウを連結させその巨大な的に照準を絞った。
しかしコウモリは巨躯にも関わらず縦横無尽に猛スピードで飛び回る。サチがどれだけ必死に追いかけてもすぐに外れてしまう。
「我ガ名ハカマソッソ! 貴様ノ血頂コウ!」
転身。
滑空。
サチにめがけ、口を九十度大きく開けた。
「気持ち悪いっ……!」
『ショットガンモード!』
サチはジュウを分解し再度連結。更に前ユニットを少し回転させて戻すと『バレットチェンジ!』と鳴った。何となくやった動作で、まだ見ぬ機能を見付けたようだ。
「! ……散弾になった!」
「ウッ! グオォォッ!」
翼に穴が空いたカマはなす術なく落下していく。
『バレットチェンジ!』
「な、なるほど……」
『バレットチェンジ! バレットチェンジ!』
感触を再確認。一度跳ね上げればバネの要領で戻った。
ショットガンモードの弾丸は
「クソッ……」
「動くな!」
這いつくばり泥にまみれるカマにジュウが向けられた。
サチは自分が圧倒的に有利であると信じている。膝を突く事もできてない相手なら、
「ダガ、当タルカナ?」
『バレットチェンジ!』
「動いてみろよ……」
そして仮に動かれても、範囲攻撃で制圧もできると憶えている。
「勝テルト思ウナ……」
カマは翼を折ったまま体を浮かせ、地面を殴った。
反射的にサチは引金を引いた。
同時にカマは腕を振り上げ、土と草を大量にばら蒔いた。
「!」
放たれた弾丸が、土に草に阻まれる。
地面に降り注ぎ土煙を上げ、その中にカマが突撃した。
「駄目だ……当てられない!」
慌ててジュウをダガーモードに変える。
だがそれにカマは怯まずに突進。迎撃の二振りを易々と掠らずに躱し、右手の詰めを剥き出しにした。
サチは既の所でダガーで受け流し、横転しながらもカマを後ろへと蹴り飛ばした。追い打ちなど狙える筈もなく、顔を泥で汚してしまう。
手で泥を払い起き上がるも、高速で飛び立ったカマを捉える事はできない。カードを使用するよりも速く逃げられた。
「…………」ディテクトを放り投げ、ダガーで焼き切った。
頬に残った泥には気付かないまま、システムを解除し土手へと戻った。
無駄だとわかっていながらも夜空の中にコウモリを探す。無意識に手を口元まで持ってきて、伸ばしていた爪を噛んでしまいそうになるのを止めた。
「何だ……何だ」
敵を仕留められなかった自分に少し腹が立っていた。
その一方で引っかかりを覚えたが、その正体には中々気付けない。サチ自身ではなく、カマの風貌を思い返しての事だった。あの顔には「そういえば」と見覚えがあって、それを思い出そうとしていた。
その顔はクラスメートの誰よりも美しく、そしてその誰もが知っているはずだ。
夜の間はそれしか思い出せないサチであった。
翌日の事である。
電車に乗ったサチの目にその顔が飛び込んだ。
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