※第10章 1 新月―2人の世界が終わる時(大人向け表現有り)

 今夜はいよいよ新月。

私とマシューがこの世界に別れを告げる最後の日。

2人で今迄止まっていたホテルの部屋を綺麗に掃除し、別れを告げると私達は元の世界へ導いてくれる『アンネイムド』の城へ向かった。


 そして2人で芝生に座り湖を眺めながら、日が暮れていくのをじっと待つ。

お互い言葉を交わさずに空をみあげ、星が少しずつ現れ始めた頃、隣に座っていたマシューが口を開いた。


「ジェシカ・・・。」


「何?」


振り向くと口付けをされ、芝生の上に押し倒されていた。マシューは私から顔を上げると言った。


「ジェシカ・・・最後に・・・最後にもう一度だけ・・・君に触れたい・・。」


切なげに訴えて来るマシュー。彼の潤む瞳には私の姿しか映されてはいない。

星空を背にしたマシューは・・・とても美しかった。

私はそっとマシューの頬に触れると言った。


「私も・・・最後にもう一度・・貴方に触れて貰いたいと思っていたの・・。」


「ジェシカ・・・。」


マシューは半分泣き顔になっている。多分、私も半分泣いていたと思う。


「ジェシカ・・・愛してる・・っ!」


マシューは私を強く抱きしめると深く口付けてきた。そしてマシューの口付けに応える私。

星空の下で抱き合いながら、途切れ途切れにマシューが言った。

このまま時が止まってしまえばいいのに・・・ずっとこの世界にいられたらいいのにと・・・。

私はそれに返事をする事が出来なかったけれども、その分マシューの愛に応えながら願った。

アカシックレコード・・・。もしも・・私の願いが叶うなら・・・どうかお願い・・ずっと彼の側にいさせて下さい―と。




午前0時


わたしとマシューは手を繋ぎ、魔法陣の上に立っていた。

地下室にエルヴィラの声が響き渡る。


<ジェシカ様・・・。こちらの準備が整いました。そちらは大丈夫ですか?>


「うん、大丈夫よ。エルヴィラ。マシューも一緒にいるわ。」


<承知いたしました。ではこれからこちらの世界とジェシカ様のいる世界を繋ぎます・・・。瞳を閉じて、心に強く願って下さい。セント・レイズ学院の事を・・・>


私とマシューは互いに頷きあうと、瞳を閉じた。

帰るんだ、セント・レイズ学院に・・・皆の元に―。


やがて身体が光に包まれるのを感じる。そして空気が震える気配・・・。

マシューの私の手を握る力が強まる。

私もその手を強く握り返し・・・セント・レイズ学院に飛んだ—。




「・・・シカ・・ジェシカ・・。」


誰かが遠くで私の名前を呼んでいる。その声にゆっくり目を開けると、私を覗き込むように見つめているアラン王子とデヴィット、そしてダニエル先輩の顔が目に飛び込んできた。


「あ・・・皆さん・・・。」


ボンヤリする頭で私は順番に3人の顔を見つめた。


「良かった・・・!ジェシカッ!戻って来れたんだな・・・!」


真っ先に飛びついて来たのはデヴィットだった。


「おい!ジェシカに抱き付くなっ!」


アラン王子がデヴィットに文句を言う声が聞こえるが、視界をデヴィットの胸で遮られて何も見えない。


「デヴィットッ!ジェシカを放せってばっ!!」


ダニエル先輩の声がすぐ側で聞こえる。


ああ・・・私・・・帰って来れたんだ・・・。その時、ふと私は思い出した。


「エルヴィラッ!エルヴィラは何処ッ?!」


デヴィットに抱き締められたまま私はエルヴィラの名を呼んだ。


「おい、ジェシカッ!エルヴィラの事よりも、まずは俺の・・・。」


するとそこへエルヴィラが姿を現した。


「いい加減にしないかっ!この筋肉馬鹿男がッ!」


そしてデヴィットから私を奪い返す。

おおっ!あのデヴィットを筋肉馬鹿男呼ばわりするなんて・・!流石は私の魔女っ!


「な・・何だと?!この魔女がっ!」


白い顔を赤く染めて怒鳴るデヴィットが突然口をパクパクし出した。


「フン。あんまりうるさいからお前に『沈黙』の魔法をかけてやったよ。明日までそうしていな。」


「・・・・・!!」


声にならない怒りを表すデヴィットにアラン王子とダニエル先輩は大笑いする。


「ハハハッ!いいざまだなあ?デヴィット。」


アラン王子はデヴィットを指さしながら笑う。


「ほんとだよね~いつも横暴だからいい気味だよ。」


するとついに怒ったデヴィットが腰の剣を抜こうと構える。


「何だ?!」


「ふん、やる気かい?いいよ、いつだって僕は相手になるよ?」



え?え?いきなり何を始めるの?!

「ちょ、ちょっと!皆さん、落ち着いて・・・っ!」

私が声を掛けるより早くエルヴィラが言った。


「全く・・・煩い奴等だねえ!」


そしてアラン王子、デビヴィット、ダニエル先輩に向けて右手を広げる。

途端にエルヴィラの掌からピンク色の煙が噴き出し、その煙に包まれた3人はあっという間にコテンと倒れて眠りについてしまった。


「大人しく朝まで寝てなっ!」


そして私に向き直るとエルヴィラは言った。


「ハルカ様・・・・。無事に戻って来られて本当に安心致しました。」


「うん、ありがとう。エルヴィラ・・・。貴女のお陰で私・・・戻って来れた。」


その時、私はマシューの姿が見えない事に気が付いた。


「エ、エルヴィラ。マシューは?マシューは何処に行ったの?!それに他の人達は?!」


「ハルカ様。他の者達についてはご安心下さい。今は真夜中ですので・・・別の部屋で休んでおります。明日の朝、皆さんにお会い下さい。そしてマシューですが・・・・。」


エルヴィラの顔が何故か曇った。何・・・何だか嫌な予感がする。


「彼は、魔界へ向かいました。」


「え?!ま・・・魔界へ?ま・・まさか・・・。」


「はい、マシューはハルカ様よりも大分早くに目を覚まし・・・すぐに魔界へ向かったのです。私が・・・頼まれて彼を魔界へ送りました。・・・勝手な事をしてしまい、申し訳ございません。」



エルヴィラが頭を下げた。


「そ・・・そんな・・・まさか・・・ドミニク様を・・・人間界へ連れ戻す為に・・?」


「いえ、ハルカ様。それだけではありません。『ワールズ・エンド』の門を修復する為には・・・魔王の力も必要なのです。」


「だ・・・だけど、魔王『ノワール』はもう・・・公爵の中に封印されてしまったけど・・?」


「いえ、それでも彼の中には魔王の力は残されています。マシューはその為に魔界へ向かったのです。魔族と人間のハーフの自分が一番適任だと・・。」


「そ・・・そんな・・・!わ・・私も行く!魔界へ行くわ・・・っ!」


しかしエルヴィラはいつになく強い口調で言った。


「いいえ!なりませんっ!ハルカ様っ!」


「エ・・エルヴィラ・・?」


「今の魔界は・・・ドミニクによって封印されてしまい・・・一度魔界へ向えば、こちらからはもう干渉する事が出来なくなってしまいます。ドミニクの協力なしには・・・魔界へ行ったが、最期・・・二度と出る事は叶わないでしょう。」


「!!」


私はその言葉に目の前が真っ暗になった。


「ジェシカ様・・・?」


「エ・・・エルヴィラ・・・。」


気付けば私は涙を流していた。


「わ・・私・・・マシューを・・そして公爵の事も愛しているの。ううん、それだけじゃない、テオの事も・・・同時に3人も愛する人を失ってしまうかもしれないなんて・・・耐えられない・・・!」


「ハルカ様・・・。大丈夫です。もし、本当にあの2人が・・。ハルカ様の事を深く愛しているなら・・必ず戻ってくるはずです。だから信じて待ちましょう?」


それから暫くの間・・・私は情けないほどにエルヴィラに縋って泣き続けた。

どうかお願いです。マシューを・・・公爵をこの世界に戻して下さい・・・。

私は誰に言うともなく、泣きながら祈り続けた。


そして夜明けが訪れる—。











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