第9章 10 私の秘密とマシューの涙

「マシュー・・・。覚えている?私が魔界へ行く為に『ワールズ・エンド』へ行く前日に、貴方が連れて行ってくれた魔法で作られた違う次元の世界・・美しい桜吹雪のあの場所を・・・。」


城を見つめていた私はマシューの方を振り向くと言った。


「うん・・・。勿論。忘れるはず無いだろう?だってあの場所は・・・ジェシカ。君と初めて結ばれた場所だったんだから。」


マシューは私をじっと見つめながら答えた。

そうだ、私はあの場所で初めてマシューと関係を持ったのだ。あの時はマシューの私を望む気持ちに応えてあげたいと思ったから、彼に身をゆだねた。けど・・・今なら分かる。本当はあの時の私は彼を・・愛していたから結ばれたいと思ったのだ。

でも、今となっては・・・それは全て過ぎ去った過去の話。


「それじゃ、私があの時貴方に話した言葉・・・覚えてる?」


「言葉・・・?」


マシューが首を傾げる。


「そう、貴方が私に『君は何者なんだい?』と尋ねたでしょう?だから私は自分の事をこの物語の世界の悪女、『ジェシカ・リッジウェイ』そしてソフィーはこの物語の『聖女』だと言った事・・。」


「勿論・・・覚えているよ。どうして、そんな言い方をするのだろう?まるでこの世界は物語の世界の話だと言ってるのかと思ったよ。」


マシューの言葉に私は息を吸い込むと言った。


「マシュー。この世界はね、本当に物語の世界の話なの。今からする私の話・・・信じるか信じないかは貴方に任せる。だから・・聞いてくれる?」


「うん。ジェシカ・・・聞かせて。」


「私はね・・・本当はこの世界の人間では無いの。別の世界・・・日本と言う国に住んでいたの。その事実を知っているのはエルヴィラと・・・アンジュ。この2人だけよ。そして、この物語のオリジナルを書いたのはこの私。だけど・・ある人物によって私の作った物語は大き変えられてしまった。それが、今私達が存在してる世界なの。」


「え・・・?ジェシカ・・。あまりにも急な話で、俺には何の事だか・・・。」


戸惑うマシュー。うん、それは当然だろう。誰だってこんな話をされて戸惑わない人間はいない。それどころか頭のおかしい人間に思われても仕方ない位だ。


「私の本当の名前はジェシカ・リッジウェイじゃない。川島遙って言うの。」


「カワシマハルカ・・・・?」


「そう、だからエルヴィラとアンジュは私と2人きりの時はハルカって呼んでくれてるの。」


「・・・俺も・・・そう呼んだ方が・・いい?」


マシューがためらいがちに言う。


「え?」


「あの魔女と・・・『狭間の世界』の王がそう呼んでるんだよね?だったら俺も君をジェシカではなく、ハルカって呼んだ方がいいのかなって思って。」


照れたようにマシューは言う。


「ジェシカのままでいいよ。でも、マシュー・・・。私の話・・・信じてくれるの?」


「うん。勿論だよ。だから・・全て教えてくれる?」


マシューは頷いた。


「私はね・・・日本では25歳の、仕事をしているごく普通の女性だったの。恋人もいたんだけど・・・ある日突然別の女性に彼を取られてしまってね。挙句に仕事もクビになっちゃったし。それでやけになって・・・物語を書いたの。今目の前にあるこの城をイメージした・・・恋と魔法のファンタジー小説の世界。そこで出てくる登場人物が、聖女と呼ばれるソフィーと、いずれソフィーと結ばれる運命の相手のアラン王子。そして・・・悪女と呼ばれた女性・・・それが私、ジェシカ・リッジウェイ。そして、本物のジェシカは・・・セント・レイズ学院の入学式の時に学院の塔から落ちて死んでしまったのよ。その話はマリウスと・・エルヴィラから聞いたわ。エルヴィラが・・私をこの世界に連れてきたのよ。彼女は私が書いた小説の語り部だったから。」


「え・・・?そ、それじゃ・・入学式で学院の外で光に包まれていたのは・・?」


え・・?


「マシュー。今・・何て言ったの?」


「いや・・実は今まで黙っていたけど・・・俺・・入学式の時、ジェシカに会ってるんだ。君は光の中で眠っていて・・すごく綺麗だった。そしたら、その直後に誰か人の気配を感じたから、俺は姿を消したんだけどね。そうか・・。その時にジェシカはこの世界に連れて来られたんだね・・?」


「うん。多分そうだったんだと思う。実は私も元の世界で死にかけていたんだって。そこを私を迎えに来たエルヴィラに連れて来られて・・死んでしまったジェシカの肉体に・・・私の魂を入れたんですって。」




「はじめ、自分がこの世界の悪女になっていた時は驚いた。・・何度も元の世界へ帰りたいって思っていたけど・・色々な人達に出会って・・・好意を寄せられて・・・。この世界も悪く無いかなって思うようになったの。でも・・私はずっと怖かった。だって私の作った物語の世界なら・・・確実に私は魔界の門を開けた罪人として裁かれて流刑島へ流される事は決まっていたから・・・。それに私は皆とは違う世界の人間だから・・・絶対に誰も好きになってはいけないって心に決めていたし・・・。」


「・・・。」


マシューは何を思っているのか・・両手を強く握りしめたまま私の話を聞いている。



「だけど、本当に魔界の門を開けて、魔界へ行く事になるとは思わなかったな。小説の世界とはかなり展開が違ったけどね。魔界から戻ってきたその後の事は・・・もう分かるでしょう?小説通りに私は裁判にかけられたけど、ドミニク公爵が私を助けてくれたお陰で、今こうしていられるのよ。」


「ジェシカ・・・君は・・・ドミニク公爵を・・・今は愛してるの・・?だけど彼は君を監獄塔に閉じ込め、嵐の晩・・・君の所へ来るどころか・・あのソフィーを抱いていたんだよ?そんな男を・・・。しかも彼は・・・魔王だった・・・。」


「マシュー・・・?」


マシューが悲し気に私を見つめてくる。


「分からない。確かにドミニク公爵は私にとって特別な人に違いないけど・・。」


「けど・・?」


「だって・・・今の私にはもっと他に大切な人がいるから・・。」


「テオ・・・先輩なんだよね・・・?ジェシカの命を救った・・・?」


「テオの事を愛しているって聞かれても・・それもよく分からないの。でも・・私が絶望してしまったこの世界で・・テオは言ってくれた。自分の居場所は私の隣だって。・・・それがすごく嬉しかった。だって・・・彼が初めてだったのよ。私の事を裏切らなかったのは・・・魅了の魔力を失った私を愛してるって言ってくれたのは、全部・・テオが初めてだったから。今、はっきり言えるのは・・・テオは私にとってのかけがえのない人だって事・・。」


「・・・・。」


マシューは下を向いたまま、黙って俯いて私の話を聞いていたが・・やがて顔を上げると言った。


「ジェシカ・・・。俺が君を絶望させてしまったんだよね?俺がソフィーの手に落ちて、ジェシカから貰った愛を・・一瞬でも踏み躙ってしまったから・・・!」


私は首を振った。


「そうじゃないわ、マシュー。だってそもそも・・・貴方が私の事を好きになったのは『魅了の魔力』にあてられたからなんでしょう?偽ソフィーに私の魅了の魔力が渡った瞬間・・マシュー。貴方はソフィーを愛したでしょう?」


「だから?だからもう俺はジェシカを愛していないと決めつけるの?俺の事を愛してると言った事も・・・ジェシカは帳消しにしてしまうの?」


「マシュー・・?」


マシューの顔が悲し気に歪んでいる。そして彼は血を吐くように言った。


「ジェシカ・・・。俺は、『ワールズ・エンド』で一度は心臓が止まったんだ。だけど、どういう分けか命を吹き返した。そしてその時にはすでにあのソフィーに捕まっていたんだ。そして・・無理やり仮面を付けられてしまい・・あの状態だった時の俺の事は、もう知ってるよね?」


気付けば、マシューは私の両肩を掴んでいた。


「も・・・勿論知ってるわ。」


「ジェシカ・・・俺・・実は・・今はもうあの時の記憶も・・・仮面の呪いが消えた直後の事も全て覚えている・・記憶が戻ったんだ。信じてくれるかは分からないけど、俺は・・入学式の時に、初めてジェシカを見た時から『魅了の魔力』を君が持っている事に気付いてたよ。だって俺は半分は魔族だから・・魔族の血を持つ者はそう言う能力にはすぐに分かるんだ。だけど、そんな事は関係なく、俺は・・ジェシカに惹かれたんだよ?だから生徒会長から君の護衛をするように言われた時は・・・すごく嬉しかった。だって、ようやく君との接点が出来ると思ったから・・・。」


「マシュー・・・・。」


知らなかった。彼がそんな風に思っていたなんて。


「初めて・・・君に許しを貰って抱いた時・・・嬉しさの反面、半分は罪悪感があったんだ。命の危険を冒して魔界の門を通らせる事の交換条件のように感じて・・ジェシカは俺と関係を持ってくれたのだろうって・・・。あの時ジェシカはノア先輩を愛していると思っていたから・・・!」


次の瞬間、マシューは私を強く抱きしめてきた。それと同時に・・あの魔族の香りが私の鼻腔を刺激する。


「だけど・・2度目・・仮面をつけていた時にジェシカを抱いた時は・・・君から・・愛を感じたんだ・・!己惚れなんかじゃ無く・・・全身で俺を愛しているって言われているように感じた。もう・・・その時の君の感情は戻ってきてくれないの・・?」


マシューが泣いている・・・。

私の髪に顔をうずめ・・熱い涙が髪を通して伝ってくる。


「お願いだ・・・。ジェシカ・・俺は・・・君を愛しているんだ・・・・。仮面の呪いは・・本当に恐ろしくて・・未だに時々、あの当時の事が夢に出て・・思い出されるんだ・・。もう一度・・俺の事を愛してるって言って欲しい・・。」


マシューは子供のよう私に縋って泣いている。いつもどこか飄々とした態度を装っていたマシュー。でもそれは半分魔族だから・・・人間界で虐げられた生活を余儀なくされてきたから・・わざとそんな風に自分を演じて・・・周囲を・・・そして自分を騙して生きてきたのだろうか・・・?

公爵とはまた違った意味での孤独な世界で生きてきた、半分魔族のマシュー。

そして・・かつて一度は愛した事のある男性・・・・。



だから、泣きながら抱きしめて来るマシューの背中にそっと手を回し・・まるで小さな子供をあやす様に、彼が泣き止むまで私は背中をさすり続けた—。










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