第9章 6 魔王の真名

 遠くで激しい魔力のぶつかり合いを感じる・・・。ああ・・そうか。これが・・・アカシックレコードの力なんだ・・。私・・ついに自分自身で魔法を使えるようになったんだ・・・。

ゆっくり目を開けると、そこはまるで宇宙空間の様な場所だった。

星々に囲まれた・・・不思議な空間。だけど、今までいろいろな不可思議な場所を数多く見てきた私はもう恐怖を感じる事も、驚く事も無くなっていた。


 そうだ、アンジュは・・・公爵は何処に?!

神経を集中させて・・私は魔力の位置を探し・・・見つけた。

それと同時に自然と自分の身体が転移する。

転移した先で目にした光景はアンジュが荒い息を吐きながら剣でその身体をささえ、右ひざをついて魔王と対峙している姿だった。


「どうした・・・?『狭間の世界』の王よ・・・。300年前は・・もっとお前は強かったぞ?」


アンジュは息も絶え絶えに魔王を睨み付けている。


「だ・・・・黙れ、魔王め・・・。卑怯な手を使って・・魔法を封じ込め・・・我々をバラバラにしたくせに・・・!」


「ほう・・そうか・・。門を開くのに・・・そして人間を助ける為にかなり魔力を使ったようだな?300年前より・・・随分甘さが出たようだ。」



魔王は腕組みをしながら面白そうにアンジュを見下ろしながら笑みを浮かべた。


「だ・・・・黙れっ・・!」


「300年前の決着・・・今こそつけてやる。その甘さが・・今回のお前の敗因だ。今度は俺が・・・お前を封印してやろう。」


右手を自分の顔の前に翳しながら魔王は言う。

するとそこから黒くて丸い物体が現れ始めた。その球体からは・・時折電が走っている。


「ダークネスオーブ・・・。」


魔王は黒い煙のような球体を見つめながら呟く。それと同時にオッドアイの両目が片方は赤く、片方は金色に光り輝く。

私は直感で悟った。駄目だ・・・!あの魔法は・・・危険過ぎるっ!もしあの魔法の攻撃を受けたら・・・『狭間の世界』の王であるアンジュだって・・・只ではすまない!


「今度は・・・貴様の番だっ!!」


魔王は黒い球体をアンジュに向かって放った―!


「駄目えっ!やめて!魔王っ!!」


私は一瞬でアンジュの元に転移すると・・無意識のうちにシールドを張っていた。

そして魔王の放った魔法は消えて無くなる。


「な・・・何っ?!ジェシカ・・・?い・・今のはお前が・・・?」


魔王は私の事を驚愕の目で見つめた。


「ジェ・・・ジェシカッ?!ど・・どうやってここに?!」


アンジュは突然目の前に現れた私の肩を掴むと言った。


「今は・・・そんな事を話している場合じゃ無いから!アンジュ・・貴方は今すぐここから逃げて・・・っ!」


「な・・何言ってるんだ?そんな事出来るはずが無いだろう?」


「いいからここは私に任せて、貴方はエルヴィラの元へ戻って!」


すると私の言葉が言い終えた途端、アンジュの姿は掻き消えた。


私と2人きりになると、魔王は静かな声で語り掛けてきた。


「ジェシカ・・・・。お前は・・・一体何者だ・・?」


「私は・・・ジェシカ・・・ジェシカ・リッジウェイです。エルヴィラに呼ばれた異世界の人間です。」


「異世界・・・。」


魔王の眉がピクリと動く。


「そうです。この世界は私が異世界で作り上げた物語の中の世界です。ここにいる全員・・・私が作り上げた世界の住人でしか過ぎない。魔王・・・貴方もです。」


「煩いっ!さっきら訳の分からない事ばかり言うなっ!!」


魔王は一瞬で私に近付くと、突如右腕を強く握りしめるとそのまま腕を持ちあげて、私を宙づりにした。私の眼前には魔王の顔がある。彼のオッドアイの瞳には、私の姿が映し出されている。


「ジェシカ・・・・。言っただろう?俺はお前を妻にすると・・・。だから奴等の味方をするな。俺と一緒に人間を・・狭間の世界の奴等を滅ぼして、魔族だけの王国を作り上げよう?」


ねじり上げられるように腕を掴まれ、ズキズキと腕が痛む。

その痛みを堪えながら私は魔王を正面から見据えると言った。


「・・・嫌です。お断りします。お願いです・・・魔王。どうか・・ドミニク様にその身体を帰してあげて下さい。そして・・・貴方はドミニク様の中で・・・眠って下さい・・。」


すると私の言葉に怒りの表情を露わにする魔王。


「煩い・・・黙れっ!俺をドミニクと呼ぶなっ!」


そして腕を掴んだまま私を振りまわし、放り投げた。


「キャアッ!!」

何も無いはずの空間なのにもかかわらず、私は床に激しく背中を叩きつけられる。


「ゴ・ゴホッ!!」

思わず咳き込ん瞬間、胸と背中がズキリと痛む。


すると一瞬魔王の顔が変わる。


「ジェシカッ!!」


そして倒れ込んだ私を魔王・・・いや、恐らく公爵が駆け寄り、私をそっと抱き起した。


「すまなかった。ジェシカ・・・大丈夫か・・・?こんな・・・こんな乱暴な事をお前にしてしまうなんて・・・。」


公爵の目には涙が光っている。


「ド・・ドミニク様・・ですか・・?」


「ああ、そうだ。ジェシカ・・俺だよ・・・。」


しかし、その瞬間再びその表情は魔王の物となる。魔王は自分が私を抱きかかえている事に一瞬驚愕の表情を浮かべるが、ニヤリと笑みを浮かべると言った。


「そうだ・・・。良い方法を思いついた。お前が正気を保てなくなる程に身体を奪えばいいのだ・・・。最初からそうすべきだったな?」


「!」


言い終わるや否や、魔王は乱暴に口付けしてくる。それはあっという間に深い口付けに変わり、魔王の身体から媚薬の香りが強まって来る。

駄目だ・・・抵抗しないといけないのに・・・。この香りは私の冷静な思考を奪っていく・・・。

深く、激しい口付けに気が遠くなりかけたその一瞬・・・・魔王の思考が私の中に流れ込んできた。


<何故だ?何故俺を拒むんだ?愛していると言ってくれたのは嘘だったのか?!>


その瞬間私の脳裏にある光景が浮かび上がった。

それは遠い昔・・・いずれ聖女になるべき女性が・・・相手が魔王とは知らずに愛した男性・・・。その女性は魔王の事をこう呼んだ・・・。


「ノ・・ノワール・・・・。」

深い口付けの合間に私は彼の名を呼んだ。


「何っ?!」


魔王は弾かれたように私から身を話すと両肩を強く握りしめてきた。


「おい、ジェシカ・・・・。お前、一体何処でその名を・・・?」


すると無意識のうちに私の口が勝手に言葉を紡ぎ出す。


「だって、貴方は私が愛した男性だったから・・・。ノワール・・・。」

そして魔王の背中に腕をまわし、彼の胸に顔を埋める。

え?嘘でしょう?何故・・・何故自分の身体なのにいう事を効かないの?自分の身体が勝手に動いて、言葉を紡ぎ出している。



「エレノア・・・やはり・・お前はエレノアだったのだな?!」


魔王・・・ノワールが私を強く抱きしめてきた。ああ・・・そうだ。私は・・彼の・・ノワールの香りが大好きだったんだ・・・。


「エレノア・・・。300年間俺はずっとお前に再会できる日を願っていた・・・再会を果たし、ようやくお前が俺の事を思い出してくれた・・・。だから・・今度こそ俺達を引き裂いた憎き人間達を滅ぼして・・・狭間の世界ごと手に入れよう・・?」


その言葉に怯んだエレノアの気配が私から消え去るのを感じ取った。

今なら・・自分の言葉を話せる・・・!


「魔王!お願いです・・・。エレノアさんはそんなこと望んでいません!どうか・・・どうかドミニク様の身体を返して下さいッ!」


「黙れっ!お前こそ・・・エレノアにその身体を引き渡せ・・・!」


そして魔王は私の首に手をかけ、締め上げた—。












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