第7章 11 ガラスのように砕ける心
ああ・・・ついに、本物の聖女が現れた。これで・・・私の役目も終わり。
「ソフィーさん。この部屋の外で・・・偽物のソフィーに・・・呪いの仮面を付けられた聖剣士がいるんです。貴女なら・・・助けられますよね?」
「え、ええ・・・。多分・・・。」
ソフィーは躊躇いがちに頷いた。
「それじゃ・・・今連れてきますね。」
私は部屋のドアを開けると・・そこにはマシューが立っていた。
「あ・・・。」
マシューは私を見ると、言葉を詰まらせた。・・・この瞬間私には分かった。
もう・・・マシューの気持ちは私に向いていない・・・。
「え・・えっと・・・ジェシカ・・?もう中へ入ってもいいのかな?」
マシューは戸惑っているようだった。それは当然だろう。だって、さっきまで私を想ってくれていた気持ちが・・突然その気が失せてしまったのだから。
そしてマシューは中へ入り・・・ソフィーの姿を見て息を飲んだ。
ああ・・・今、この瞬間、彼は・・マシューはソフィーに恋をしたんだ・・・。
今はまだマシューの顔は仮面に隠れて見えないけれども・・・仮面が外れて、今まで私に向けてくれていた視線が・・・ソフィーにだけ向けられるんだ。その瞬間を・・・私はじきに目の当たりにする。
「き・・・君は・・・もしかしてソフィー・・?で、でも何故・・・君は・・・今までとはまるきり違って見える・・・。」
マシューはソフィーに語り掛けた。
「ええ。今まで皆がソフィーだと思っていたのは・・・私の偽物なの。ジェシカさんのお陰で、本来の自分を取り戻す事が出来たの。さあ、そこのベッドに横になって。仮面を外すから。」
「あ、ああ。」
マシューはソフィーに言われた通りにベッドに横たわった。・・ソフィーは美しい声で歌を歌い始めた。すると・・夢で見た通り、ソフィーの部屋に飾られた無数のしおれた花々が見る見るうちに蘇り、ソフィーの身体が光り輝くと、マシューの身体も光を放ち始める・・。そうだった。小説に書いたっけ・・・ソフィーの不思議な力はその歌声に宿るって・・・。
そして・・ついにマシューの仮面が外れ、ゆっくりと彼は起き上がった。
ああ・・マシューだ。私が大好きなマシューにやっと会えた・・。
だけど、彼が私を見る事はもう無い。その瞳はソフィーを捕らえて離さない。
愛し気な目で・・・薄っすら頬を染めてじっと本物の聖女ソフィーを見つめている。
ソフィーもマシューを見つめているが・・・彼女は多分・・・マシューに対して特別な思いを抱いていないのはその目で分かった。
そう、きっと・・ソフィーが選ぶ相手はアラン王子なのだから。
見つめ合う2人を見て、思わず目じりに涙が浮かぶ。私はその涙を見られないように背中を向けて目を擦り・・涙がこぼれないように上を向いた。
駄目だ、自分の心を殺すんだ・・・。何も考えては駄目、こうなる事は覚悟していたでしょう?
私はこの世界の住人では無いのだから、マシューの事は諦めるのよ・・・。
そして一つ深呼吸すると2人の方を振り向いて言った。
「そろそろ・・この城を出ましょう。そして、神殿に行って、本物の聖女が現れた事を宣言しましょう。きっと・・・聖剣士達は戻ってくれるはずだから。」
「そうね。ジェシカさん。学院が・・・町の人達が心配です。3人で戻りましょう。」
するとマシューが言った。
「あの・・・ソフィーと呼んでも・・いいかな?」
「ええ。いいわ。」
「それじゃ・・・俺の転移魔法で神殿に戻ろう、ソフィー。君も・・・来るだろう?」
マシューはチラリと私を見ると言った。その瞳には何の感情も籠っていない。
ズキリと私の胸は痛んだが・・・無理に笑顔を作って返事をした。
「うん。戻るわ。・・・お願いします。一緒に連れ帰って下さい。」
そして頭を下げる。
「よし、それじゃ・・ソフィー。俺にしっかり掴まって。あ、君もだよ。」
手招きをしてマシューは私を呼ぶ。・・・馬鹿だ、私は。これっぽっちの事でも・・涙が出そうになる程に嬉しいなんて。
思わず目頭が熱くなりかけ・・・。
「・・・どうしたの、ジェシカさん・・・。」
ソフィーが気遣って声を掛けてきた。
「い、いえ、もうすぐ皆の前に本物の聖女を紹介できると思うと、嬉しくて・・。」
咄嗟に胡麻化す。
するとマシューが言った。
「・・君みたいな素敵な女性が・・やっぱり真の聖女なんだね・・・。」
そしてうっとりとした目つきでソフィーを見つめる。その度に私の心は・・ナイフで抉られたように傷付いていく。でも、駄目だ。ここで泣いては。ソフィーに私のマシューに対する気持ちが気付かれて、気にさせてしまう。マシューに知られたら・・・きっと迷惑がられてしまうに決まってる。
だから、心を強く持たなくては・・・!
そしてマシューは私達を連れて、神殿へと飛んだ―。
神殿へ着くと、そこには大勢の傷付いたソフィーの兵士が床に転がっていた。
そしてソフィーを見つけると声をあげた。
「あ!聖女・・ソフィー様だっ!」
そして、ソフィーに何人かが駆け寄ってきた時・・マシューがソフィーを自分の腕に囲い込むと言った。
「やめろ、ソフィーが怖がるじゃ無いか。」
「!」
その姿は正に愛しい聖女を守る・・・聖剣士の姿だった。
もうマシューの目にはソフィーしか映らない。・・二度と私にその目を向けてくれることは・・・無いのだ。
これ以上・・今の2人を見続ける事は私には出来そうに無かった。きっと今の私は恐ろしいくらい青ざめた顔をしていただろう。これ以上・・あの2人の側にいたら・・私の心はガラスのように砕けてしまうかもしれない。
ほんの少しでも・・・1人になりたい・・・。
私は彼等から離れて、その場を後にした。・・・この時の私はすっかり忘れていたのだ。
絶対に・・・神殿内では1人にならないようにと仮面をつけていたマシューに言われていた事を・・・。
兵士たちが大勢集まっているホールの前の廊下を通り抜け、私は中庭に面した神殿の椅子に腰かけて・・・・ついに我慢していた涙がぽたぽたと頬を伝って落ちて来た。
死んでしまったと思っていたマシューにやっと会えたのに・・・。自分の気持ちを正直に伝え・・・両思いになれたのに・・・それがたった一瞬で壊れてしまった。
私の目の前で、私ではない他の女性を愛し気に見つめるマシュー。そして・・・それを傍で見ていなくてはならない私。
好きになんて・・・ならなければ良かった。あれ程・・・この世界に来てしまった時、誰も好きになっては駄目だと自分をいさめてきたのに・・。
マシューの側にいる事は・・・とても耐えられない。私はそれ程強くはない。
決めた・・・。彼等とは距離を取るのだ。勿論アラン王子も・・・デヴイットさん、ダニエル先輩にノア先輩・・グレイにルークからも距離を取らなければ。
だって彼等と関われば・・・嫌でもマシューとも関わってしまう・・!
彼等から離れれば私はまた・・・一人ぼっちになってしまうだろう。でも心が傷付くくらいなら1人になった方が・・・まだずっとマシに思えた。
この世界が・・・平和になるのを見届けたら、私はここを去ろう。
そして・・当初の予定通り、誰も知らない土地で・・・暮していくのだ。
私の手元にはまだ『狭間の世界』の鍵と『魔界』の鍵・・両方持っている。
まだ・・・・門は残っているのだろうか?鍵穴は・・残ってる?
『ワールズ・エンド』へ行ってみよう。
私は立ち上がり・・・その時、突然後ろから誰かに羽交い絞めにされた。
「きゃああっ!だ、誰っ?!」
必死で振りほどこうと振り向くと、そこには全く見た事が無いソフィーの兵士の姿があった。
「へへへ・・・こいつはいい。お前・・・えらく美人じゃ無いか・・・正に俺の好みだ。」
下卑た笑いをした兵士が舌なめずりしながら私の身体をまさぐって来た。
嫌だ、怖い!気持ち悪い!
「だ、誰か!助けてっ!マ・・・!」
マシューの名前を口に出しかけ・・・私は口を閉ざした。そうだ、彼は・・・もう私の聖剣士では無い。マシューはソフィーの・・・っ!
急に私が叫ぶのをやめると、調子に乗った兵士は私を床に押し倒してきた。
だ、誰かーっ!!
恐怖で目に涙が浮かぶ。その時・・・・
「貴様・・・・!何してるんだっ!!」
聞き覚えのある声が突然頭上から聞こえ、男を殴り飛ばした。
「おい、大丈夫だったか?!」
そして私を助け起こし・・・。
「あ・・・れ・・・。おまえ・・・ひょっとしてジェシカか・・・?!」
不意に名前を呼ばれて私は顔を上げた。
そこに驚いた顔で立っていた男性は—。
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