※マシュー・クラウド(モノローグ) ① (大人向内容有り)

1

 ジェシカと初めて結ばれた翌日の事・・・。

聖剣士、そして神官達は一斉に神殿に集められた。だが・・こんな茶番劇に付き合う気は俺には全く無かった。こんな所に出る位なら、今は一分一秒でも長くジェシカの側にいたいと思っていた。だが・・・ここで何が行われているのか・・・どうしても確かめておかなくてはならない。


 誰にも見つからないように注意深く中を覗き込む。

祭壇には派手なドレスを着たソフィーがすまし顔で立っていた。だけど・・魔族の血を引く俺には分かる。

ソフィーの身体からはどす黒く染まった赤いオーラのようなものがゆらゆらとまとわりついているのがはっきり目に見えて分かった。

その毒々しい色は見ていると吐き気が込み上げてきそうな・・・・恐ろしいものだった。

 

 何故?何故みんなあの恐ろしいオーラに気が付かないのだ?!神官達でさえ・・・それに気が付かないなんて・・・。いや、もしかすると・・・時折風に乗って漂ってくるこの香り・・・もしかすると催眠暗示に欠けられているのではないだろうか?

しかし・・・只の人間があれほど多くの人間を一斉に催眠暗示にかけることなんか・・普通の人間に果たして出来るのだろうか?


 その時だ。

不意に背後から誰かに肩を叩かれ、思わずビクリとする。

・・・一体誰なんだ・・・?魔族のハーフであり・・聖剣士として激しい訓練を受けて来た俺に気配を悟られる事無く背後から近付いて来るなんて・・・。

 用心深く振り向き・・・次の瞬間、脱落した気持ちになってしまった。

そこに立っていたのはライトブラウンの髪を二つに結わえ、眼鏡をかけた女性が立っていたのだった。見た所・・・セント・レイズ学院の制服を着用していないので、ここの学生ではないのだろう。


「あ、あの・・・君は・・・何か俺に用でもあるんですか?」


女性に尋ねてみた。


「貴方は・・・この学院の聖剣士の方ですよね?集会に参加しなくて良いのですか?」


「え・・?どうして俺が聖剣士だと・・・?」


「それは貴方が何度か『ワールズ・エンド』へ向かう姿を見た事があるからです。普通は4人ないし、5人で門番をするのに、貴方は1人きりで門番をしていたようなので・・・気になって見ていたんです。」


女性の言葉に成程と納得した。


「ええ。そうです。確かに俺は貴女の言う通り・・・聖剣士です。だからこそ・・・こんな集会・・・今すぐ潰してやりたいと思っています。」


何故だろう?この女性には・・・自分の本音を話したくなってしまうのは・・・。


「そうなんですか?でも何百年かぶりにようやく現れた・・・聖女様なんですよね?あの女性は・・・。」


首を傾げながら言った。


「聖女・・・あの女が聖女だって・・・?いいえ、とんでもないです。彼女は・・まるで悪魔のような女性ですよ。・・・何故皆その事に気が付かないのだろう・・。」


最期の方は殆ど独り言のようになってしまった。


「そうですか・・・。貴方は彼女を聖女とは認めないと言う事ですね。」


何故かその女性の話し方に若干の違和感を感じた。


「え・・・?」


すると突然彼女は俺の右腕を掴み、袖をまくり上げた。


「!」


「な、なにをするんですかっ?!いきなり・・・っ!」


「・・・グリップの・・紋章が貴方には無いのですね・・・。」


眼鏡の奥で彼女の瞳が光った。


「え、ええ・・・。そうですよ。俺は・・正式な聖剣士ではありません。でも・・学院側から聖剣士になる事を望まれ・・入学してすぐに聖剣士になったんです。」


若干言い訳めいた言葉を語ってしまった。


しかし、彼女はにっこり微笑むと言った。


「大丈夫です。もうじき・・・貴方にも紋章が浮かび上がるはずです。・・・大切な人を・・守る力が・・・。」


「え?一体それはどういう意味ですか?」


しかし、彼女はそれに応えずに言った。


「どうか・・・ジェシカさんを守ってあげて下さい。」


それだけ言うと、ペコリと頭を下げて彼女は去って行った。

え・・?今の女性は一体誰だったんだ・・・・?それにジェシカって・・何故彼女はジェシカの事を知っているのだろうか?友人・・なのか?


「あ。」

彼女が立ち去った後、思わず口に出してしまった。

「名前・・・聞いておけば良かったな・・・・。」



2


 苦しい・・・。痛みで身体が張り裂けそうだ・・・。口の中はさびた鉄の様な味がする・・・。

ジェ、ジェシカ・・・。今にも意識が飛びそうな中・・・俺の傍らでは激しく泣きじゃくる彼女の顔が眼前にある。ジェシカ・・・俺の為にそんなに泣いて・・・。そんな顔をされたら勘違いしてしまいそうになるよ・・・君が俺の事を・・・好きなんじゃないかって・・・そんなはずは無いのに・・・。だって君はノア先輩の事を・・・。

レオが何かを叫び、彼女を俺から引き離す。

そう・・・それでいいんだ・・・。恐らく俺の命はもう・・・・。

だけど・・最後まであがいてやる・・・。ジェシカが魔界へ行くまでの時間稼ぎを・・・・。

 

 だけど・・・アラン王子とドミニク公爵を目にし・・・俺は崩れ落ちた。

フレアの人間を憎む呪詛のような声が頭の中に響いてくる。

駄目だ・・・フレア・・・。この2人には手を出さないで・・・。彼等はジェシカの大切な・・・・人達なんだ。

最期にフレアに語り掛け・・・そこで・・・俺は一度死んだ—。



 次に目を開けた時・・・眼前にはあの恐ろしい女・・・ソフィーがいた。

どうやらベッドに寝かされていたらしく、ソフィーの側には虚ろな瞳のアラン王子とドミニク公爵が建っている。


「あら・・・ようやく目が覚めた様ね。私の聖剣士でありながら・・・あの憎い女・・・ジェシカの聖剣士を名乗るマシュー・クラウド。」


ソフィーは半分魔族の血を引く俺をもゾクリとさせる程に恐ろしい顔で俺を見降ろしている。

咄嗟に起き上がろうとするも、何故か身体が動かない。

その時になって初めて気が付いた。

俺の身体が・・・両手両足が台の上にベルトでくくり付けられていたのだ。


「グッ・・・!」

何とか引きちぎろうとするも、強い魔力でもかけられているのかビクリとも動かない。



「おかしいのよね・・・。」


ソフィーは台にくくり付けられた俺の周りをぐるぐると周回する。


「な・・・何がおかしいんだ・・・?」


「あれ程の傷を負っていたのに・・・普通なら死んでもおかしくは無い傷だったのに・・・。」


言いながらソフィーは俺の服を突然ナイフでビリッ!と引き裂いた。


「ほら・・・今は傷も無いくらい・・・綺麗に治ってるの・・・。」


ソフィーは指先で俺の胸元をなぞって来る。こ・・・この女は・・・っ!

「さ・・触るな・・・っ!」


顔を背けて叫ぶように言う。


「そう、それもおかしいのよね・・・。毎日毎日媚薬を飲んでいる私に・・・なびかない男はいないはずなのに・・・。そんな風にあがなえる男がいるなんて・・。ねえアラン王子?」


言いながらソフィーは俺の目の前でアラン王子に口付けをした。

何処か虚ろなアラン王子は・・・まるで貪るようにソフィーに深い口付けを始めた。

あまりにも突然の事に衝撃を受ける。

な・・・何なんだ・・・!一体何を考えているんだ?!この女は・・・っ!人の眼前で・・・こんな事をするなんて・・・っ!


やがてソフィーはアラン王子から離れると今度はドミニク公爵に擦り寄った。

すると彼もまた乱暴な位深い口付けをソフィーに与える。ソフィーは何処か恍惚とした表情を浮かべながら・・・俺に視線を送る。


・・・この女は・・・狂ってる。どこが聖女だ?俺にはやっぱりソフィーは聖女には見えない。知れば知る程に・・・恐ろしい女だとしか思えない。

ソフィーはドミニク公爵を押しやると、鬼のような形相で俺を見降ろす。


「そう・・・。その目よ・・・。その顔が気に入らないのよ。私を軽蔑しきったその目元・・・あざけるようなその口元が・・・っ!あの女には・・・あんなにも愛し気な顔で見つめるのに・・っ!」


え・・?この女は一体何を言ってるんだ・・・?まさか・・・嫉妬していると言うのか?この俺に・・・?いや、違うな・・。きっとこの女は全ての男の好意を得られるのは当然だと思い込んでいるんだ。それを・・・俺のような男がいるのが・・自分に決してなびかないこの俺が・・・憎くてたまらないんだ・・・!

だから俺は言ってやる。


「ああ、そうだ。俺が愛する女性は・・・この世でただ一人、ジェシカだけだ。お前の様な女に好意を持つ事など・・・一生無い。」


パンッ!


思い切り強く頬を叩かれる。


ソフィーは荒い気を吐きながら俺に言った。


「私ね・・・面白いアイテムを手に入れたのよ・・・。フフフ・・・。これ・・何だか分かる?」


ソフィーが手にしているのは頭部から被る鉄仮面だった。

「・・・?」

一体それをどうするつもりなんだ・・・?


「フフフ・・・この鉄仮面はね・・・被せた相手の命令には絶対に背けないようになっている呪われた鉄仮面なの。もし・・・命令に背くとね・・・。たちまち鉄仮面が締め付けられ・・・苦しめられるようになっているのよ。そして・・この鉄仮面

被れば最後。私が外そうと思わない限り・・・または誰かに自分の名前を呼ばれない限りは外せないのよ。」


ま、まさか・・・ソフィーはこの鉄仮面を・・・俺に被せるつもりなのか・・・?!



3

「ふ・・ふん。いいのか?この俺にそんな秘密をばらして・・・。俺が鉄仮面を外して貰いたい相手に自分の名前を明かせば・・・すぐに外して貰えるんだぞ?」

ソフィーに舐められないよう、わざと強気な態度に出てみた。


「それがね。まだこの鉄仮面には・・。秘密があるのよ。」


ソフィーは妙にもったい付けた言い方をする。


「秘密・・・?」


「そう、すごく重要な秘密よ。」


ソフィーはわざと俺の耳元で囁くように言う。思わず全身に鳥肌が立ってしまった。


「この鉄仮面を被るとね・・・自分の今までの記憶を全て失ってしまうんですって。それに・・・言葉も話せなくなるそうよ。」


ソフィーの言わんとする言葉の意味を知り・・初めて俺の中に恐怖が芽生えた。


「あら~。今までで一番いい顔を見せてくれたわねえ・・・。嬉しいわ。最後に貴方のそんな顔を見る事が出来て・・・。」


そしてソフィーはいきなり俺に口付けて来た。


「や・・・やめろッ!俺に・・・触れるなッ!」


顔を背けて激しく抵抗するとソフィーに唇を噛まれた。途端に口の中に血の味が広がる。


「ふ・・・ふん・・。本当に最後まで・・・可愛げのない男ね・・・。残念だわ・・・。顔だけなら私の好みのタイプだったから・・・ペットとして側においてあげようかと思ったけど・・・お前は・・・今から私の奴隷になるのよっ!記憶を…自由を奪われて、永遠に闇の中で苦しんで・・・私の操り人形として生きるのよっ!」


そしてソフィーは俺の頭に鉄仮面を被せる・・・。


「や・・・やめろーっ!!」

しかし、身体の四肢はベルトで固定されて自由を奪われ、何よりアラン王子とドミニク公爵に押さえつけられては・・・抵抗のしようが無かった・・・。


ジェ、ジェシカ・・・・ッ!!


ジェシカ・・・ジェシカの事だけは・・・忘れたく・・・ない・・・。


そこで俺の意識は途絶えた—。











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