第7章 7 側にいてくれるだけで
ザシュッ!!
もう何体の魔物を倒しただろうか・・・。彼は冷静に残りの群れの最後の魔物を一撃で倒すと、剣を振るって鞘に戻した。
不思議な事に『ワールズ・エンド』で倒された魔物達は息絶えると同時にまるで空気の中に溶け込むかのように姿がかき消えてしまうようだ。・・・それとも彼の特殊な剣技で魔物を無に帰しているのか・・・しかしそんな事を訪ねる余裕も無いほど、連続で魔物は襲って来ていた。
私は全くの役立たずの上、返って足手まといのような存在だったのかもしれない。けれども彼の言い分では同じ空間に私がいてくれるだけで不思議と力が湧いてくるので、ここにいて欲しいと乞われたので、彼が魔力で作り上げたシールドに守られて、岩陰に隠れて、ずっと彼の戦いぶりを見守っていた。
『ジェシカ。もう出て来ても大丈夫だ。』
彼が頭の中で私に呼びかけて来たので、岩陰から這い出して彼の側へ行った。
「何処も怪我は・・・しませんでしたか?」
『ああ。あれくらいの魔物は所詮俺の敵では無い。』
「そうですか。どこも怪我をされなかったのなら良かったです。それじゃ・・・私が見張りをするので、どうか身体を休めて下さい。」
今は無残に破壊されてしまった門の前へ向かおうとした時に呼び止められた。
『ジェシカ。』
「はい、何でしょう?」
振り向くと彼が手招きをして呼んでいる。
「・・・?」
首を傾げて彼の近くへ行くと、隣に座るように促された。
「どうかしましたか?」
隣に座ると彼に尋ねた。
『少しだけ・・・話し相手になって貰えないか・・・?』
彼は私の方を見つめながら語りかけて来た。
「はい、いいですよ。」
『この鉄仮面を被らされてから・・・俺はずっと孤独だったんだ・・・。仮面のせいで俺は言葉を話すことが出来なくなってしまった。そして・・・視野は半分に閉ざされ、あまり音も聞き取りにくい。本当に・・・毎日が辛かった・・。』
「そうですよね・・・。そんな頭をすべて覆いつくすような仮面を被らされては・・・どんなに辛いか・・その気持ちは計り知れないものですよね。」
私はそっと彼の仮面に触れながら言った。
『だけど・・・不思議なんだ・・・。ジェシカ、お前の側にいると・・。周囲の音は良く聞こえるし、本来なら半分に狭まっていた視野も・・何故か広がる。そして・・・何よりこうして普通に会話が出来る・・・。』
言いながら彼は私を抱き寄せて来た。
「あ、あの・・・。」
『駄目・・か?もし嫌じゃ無ければ・・少しだけこのままでいさせてくれ・・・。こうしていると・・・自分が忌まわしい仮面を付けられている事が忘れられるんだ。不思議な事に・・・。』
私の髪に彼は仮面を被った頭を埋めるように囁いてくる。
「分かりました。それで・・貴方が仮面の苦しみから逃れられるなら・・・。」
そして私は彼の胸に顔を埋めた。
・・・やっぱり知っている。私はこの腕の中を・・・この温もりを・・・。でも一体何処で?貴方の正体を知りたい・・・・。
「あの・・・本当に何も思い出せないんですか・・・?自分の事・・?」
『ああ・・・。自分でも、もどかしいぐらい何も覚えていない。だが・・・だが、お前の事は・・知ってる気がするんだ。』
そう・・・。彼も同じなんだ。私と何処かで会った事があると感じてる・・・。だけど、これ以上私は彼に深入りしてはいけない。彼を救うのは私ではなく・・ソフィーなのだから。
だから私は言う。
「貴方は聖剣士なのだから、この学院の学生だったと言う事ですよ。なら何処かで会っていてもおかしくはないんじゃないですか?」
わざと明るく言うと、軽く彼を押して私は離れた。
『ジェシカ・・・?』
「私、見張っていますから・・・どうぞ休んで下さい。魔物が現れたらすぐに起こしますから。」
『あ、ああ・・・・。それじゃ・・・休ませて貰う。』
そして彼は剣を腰から抜くと握りしめて、身体を丸めた。仮面を被っているのでその表情は分からないが・・・少し経つと彼の寝息が聞こえて来た。
「・・・おやすみなさい。」
私はそっと呟くと、空を見上げた。
ヴォルフとの交代の時間まではあと6時間だ—。
その後、彼が仮眠を取っていた間の3時間は全く魔物が現れる気配が無かった。
そして彼は渋る私に無理やり仮眠を取らせ、こうして今回の門の見張りは終わりを告げた。
「お疲れだったな、2人とも。」
ヴォルフが『ワールズ・エンド』へ現れた。
「ありがとう、ヴォルフ。・・・こんな面倒な事に・・付き合ってくれて。所で・・ダニエル先輩はどうしたの?」
ヴォルフはダニエル先輩と組んで門の見張りをする事になっていたのに、肝心のダニエル先輩の姿が見えない。
「ああ、いいんだよ、今回は俺だけで見張りをする事にしたから・・その代わりあいつには今別の事を頼んでいるんだ。」
「別の事?」
「ああ、とに角早急にこの破壊された門を修復する方法を見つけてくれと頼んできたんだよ。俺は魔族だからこの世界でも魔法を使う事が出来るし、何より俺のオオカミの『咆哮』を浴びせるだけで、大抵の魔物なら消し去る事が出来るしな。それにたかだか6時間だ。俺一人で問題ないさ。それより・・・」
ヴォルフは先ほどから少し離れた場所で私達を見守っている彼をチラリと見ると、私に耳打ちして来た。
「本当に・・・あの男の事、ジェシカは・・・知らないのか?」
「うん、もしかしてあの人は・・・私が探していた彼かとも思ったんだけど・・。」
するとヴォルフの顔が曇った。
「彼って・・・ひょっとしてマシューの事か・・?」
「う、うん・・・。」
躊躇いながら私は頷く。
「あいつは・・・マシューでは無いって事か・・?」
ヴォルフは彼を注視しながら尋ねて来た。
「そうなの、だってマシューには無かった・・痣のようなものを彼の右腕に見つけたから。だから・・・彼はマシューのはずが無いの・・・。」
「そうか。ジェシカには悪いが・・・それならまだ俺には望みがあるって事だよな?」
そう言うと突然ヴォルフが私を抱きしめて来た。
「ヴォ、ヴォルフッ?!」
い、一体何を・・・。彼が・・彼がこちらを見ていると言うのに・・・っ!
「すまない。こんな・・・お前を急に抱きしめてしまったりして・・・だが、俺が魔界で言った事・・覚えているんだろう?お前の事を愛してるって言った事・・・。もし・・もし本当にマシューって男が見つからないなら・・・俺にもお前に好きになって貰えるチャンスがあるって事だよな・・・?」
「ヴォ、ヴォルフ・・・。」
どうしよう、ヴォルフは本気で言ってる。本気で・・私の事を好きなんだ。ヴォルフの事をどう思っているのか・・・。彼は私の大切な友人の1人・・・そして・・・。ああ、駄目だ。公爵と同様の・・魔族の香り・・。何故か分からないが私はこの魔族の香りに強く惹かれてしまう。何故なのだろう?ヴォルフなら・・・・その理由を知っているのでは無いだろうか・・・・。
そこまで考えた時・・・。それまで黙って私達の事を見守っていた彼が突然近付いてくると、無理やりヴォルフから引き離してきた。
しかしヴォルフはそんな事をされても何故か冷静に彼を見つめている。
『やめろ・・・これ以上彼女に触れるな。』
彼の思念が頭の中に伝わって来る。
「ふ~ん・・・。そうか。お前ってやっぱり・・・・。」
ヴォルフはそこまで言いかけると私の方を見た。
「悪かったな。お前達・・・見張りで疲れているのに時間を取らせてしまって。後は俺に任せてゆっくり休んでくれ。」
そう言うと、ヴォルフは意味深に笑った—。
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