第6章 5 ジェシカの裁判 ~本当の悪女は?~

 そこは私を裁く為だけに神殿内に造られたかなりの広さの法廷所であった。

今、正に私は夢で見た通りの粗末な麻の布で作られた肌触りの悪い囚人用の服を着せられ、裸足で石畳の上に立たされている。

だけど・・・私はチラリと公爵を見た。実はこの神殿に来る前に公爵が私が法廷で寒い目に遭わないようにと、私の身体を温める魔法をかけてくれていたので、本当は吐く息が出る程に寒い場所にも関わらず・・・少しも寒くは無かった。

公爵はソフィーの手前・・・わざと視線を合わせないようにし、冷たい素振りを見せていたが・・私の心の中は感謝の気持ちで一杯だった。

必ず守る・・・。言葉通り、公爵は本当に守ってくれているのだ。・・最初に夢で見た時の公爵と・・・今の公爵とはまるきり別人の様だった。


 私に向かい合わせで座っているのはソフィー、公爵、そして3人のソフィー付きの兵士のみだった。

後ろの席は傍聴席になっているのだろうか・・・。それこそ100人程度は座れそうな座席数があるにも関わらず、誰1人としてそこに座る者はいなかった。


その様子を見たソフィーがイライラした様子で公爵に食って掛かる。


「ドミニクッ!一体これは・・・どういう事なの?あの稀代の悪女、ジェシカ・リッジウェイの裁判が始まると言うのに・・・何故誰も聞きに来ていないのよっ!」


「いや、待ってくれ。ソフィー。俺は校内放送で全校生徒に確かに通告した。だが・・それがよく無かったのか・・・学院内で暴動が起きたのだ。それで・・・彼等を鎮静化させる為に今はここにいる兵士以外は全て駆り出されている。・・・むろん聖剣士もだ。」


え?暴動・・・?

両手を前で縛られたままの私は公爵の言葉に耳を疑った。


「暴動って一体どういう事よっ!それは何に対する暴動なのよ?!」


ヒステリックに喚くソフィー。


「・・・それを・・俺の口から言わせるのか・・?」


公爵は冷たい視線のままソフィーに言う。・・それにしても・・・私は感心していた。まさか公爵がここまで演技が上手だったとは・・・っ!


「な・・・何よ・・・。もったいぶらないで・・言いなさい・・。」


ソフィーは若干引き気味ながら、公爵に話の続きを促した。


「ああ・・・なら言う。ソフィー。お前は・・・学生達をないがしろにし過ぎたのだ。少しでも自分に反抗的な態度を取った学生は問答無用で地下牢へ連れて行き、鞭打刑与えていただろう?しかも・・・最初に発令した聖女宣言・・・あんな発表の仕方では・・・全員が納得するはず無いだろう?ソフィー・・・。この際だからはっき言うが・・・お前はあまりにも・・・周囲からの信頼が無さ過ぎるんだ・・・。」

公爵は溜息をつきながら言った。

え・・ええ・・?!い、幾ら何でも・・・それは言い過ぎでは無いのだろうか?

しかし・・公爵の話はまだ続く。


「それだけじゃない・・・。ソフィー・・・お前は本当に知らないのか?お前が言う稀代の悪女、ジェシカ・リッジウェイ・・。あの女は・・・本当は学生達から絶大な人気を誇っていたという事が・・・。」


公爵の言葉に私は耳を疑った。う・・・嘘っ!そんな話は初耳だ。これは幾ら何でもでっち上げに決まっている。


「な・・・何を言ってるの?ドミニク・・・。そ、そんな・・・はずはないでしょう?だ、だって・・・。」


「いや・・・。嘘では無い。なら・・・今実際に学院で何が起こっているのか・・映像でみせてやる。」


公爵は言うと、何やら不思議な丸い石を何処からか取り出した。


「ソフィー。この石が・・・何か知っているな?」


「え、ええ。持ちろんよ。これは『魔石』でしょう?対になる魔石が移した映像を・・離れた場所からも見る事が出来る・・・。」


言いながら公爵は何か呪文のようなものを呟き、魔石に魔力を送り始め・・・徐々に映像が靄の中・・・浮かび上がって来た。


そこに映っていたのは・・・。


「皆さん!聞いて下さい!ジェシカさんは悪女などではありませんっ!神殿に勝手に居座っている偽物ソフィーはジェシカさんが魔界の封印を解いたから、このような空になってしまったと言いましたが・・ジェシカさんは本当に門の封印を解いてしまったのでしょうか?!私達は門の封印を解くと、そこから魔族が溢れ出て来ると聞かされていましたが・・・今、現在恐ろしい魔族達がはびこっていますか?!」


あ・・あれは・・・エマだ・・・。エマが・・・壇上に立って・・・あんな大勢の前で・・スピーチをしている・・っ!!

私は胸に熱いものが込み上げて来るのを感じた。


「クッ・・・!」


その映像を観たソフィーは悔しそうに歯ぎしりをしている。


「ソフィー。映像はそれだけでは無いんだ。」


さらに公爵は別の映像を映し出した・・。


「いいですか?!ジェシカさんは・・・魔力はあっても、一切魔法を使う事が出来ない方だったのですよ?彼女と合同で魔法の授業に出ていた方なら、そんな事ご存知ですよね?そんなに弱い方が・・・よりにもよって聖剣士を刺し殺す事が出来ますか?いえ。そもそも・・・その聖剣士の葬儀で・・私達は・・彼の遺体を見ているでしょうかっ?!」


あ・・あれは・・・クロエだ・・・。私の為に・・・。

何時しか私の目には涙が浮かんでいた。そんな私をじっと見つめる公爵がいた・・・。公爵・・・もしかして私の為に・・わざわざこんな映像を・・・?



再び映像が切れ、公爵がソフィーに声をかける。


「どうする・・・?ソフィー。他にもまだ・・別の映像があるが・・・確認するか?」


「も・・・もういいわっ!そ、それであのスピーチを聞いた連中が・・・暴動を起こしているという訳ね?そしてそれを止める為に私の聖剣士達と兵士達が沈静化させる為に奮闘しているって事なのでしょう?!」


ソフィーは何故か憎悪の籠った目で私を睨み付けた。


「もう・・・・いいわ・・・。この裁判を見物する人々が例え誰もいなくても・・・この女の罪状は決定済みなのよ。ジェシカ・リッジウェイッ!お前を・・魔界の門の封印を開け、我等から太陽と星々を奪い、1人の聖剣士を殺害した罪で・・・お前を死罪とするっ!!」


え―?

し・死罪・・・?そ、そんな・・・っ!


すると、再び別の映像が現れた。それは・・・激しいブーイングが起こっている映像であった。


「聖女が死罪を言い渡したっ!そもそもそんな言葉を吐く聖女がいるはずがないっ!!」


「何て身勝手な女なのかしら・・・っ!自分が聖女宣言したその直後に空が曇り始めて、太陽が覗かなくなってしまったって言うのに・・・!」


「そうだっ!稀代の悪女はむしろソフィーのほうだっ!あの偽物めっ!」


等々・・・そのどれもがソフィーを猛批判するものばかりだった。


「ド・・・ドミニクッ!そ、その映像を・・・・切りなさいっ!」


ソフィーは耳を塞いで喚き散らす。


「ああ、分かった。」


公爵が魔石を一撫ですると、途端に映像はブツリと切れた。


「い・・一体何なのよっ!あ・・・あいつらは・・。」


ソフィーは肩で息をしながら、怒りに震えている。


「・・・ソフィー。これで分かっただろう・・・?ジェシカ・リッジウェイを・・死罪にするのは幾ら何でもまずすぎる。」


公爵は優しい眼差しでソフィーを見つめながら語りかけている。


「そ・・・それじゃ・・・一体どうすればいいのよ・・・?!」


「これは・・・俺の提案だが、ソフィー。どのみちジェシカ・リッジウェイの刑を執行する間は・・監獄塔に入れるつもりだったのだろう?」


公爵はソフィーを宥めるかのように彼女の肩を抱きながら言う。


「え・・・ええ。そうよ、そのつもり・・・だったわ。」


「今の状況で、ジェシカ・リッジウェイの判決を下せば・・・それこそお前に対する批判が更に殺到する事になる。だから・・・どうだろう。彼等の心が落ち着くまでは・・・ジェシカ・リッジウェイを監獄塔に閉じ込めておくと言うのは・・・・。」


そして、公爵は私に視線を送った―。












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