※第6章 3 明日の未来の為に ※性描写有り
公爵が怪我を負った翌日—。
ソフィーの目から逃れるために公爵が私の為に魔力で生み出した隠し部屋が今の私の自室となっている。
そこへ早朝から公爵が訪ねて来ていた。
「ドミニク様、怪我の具合は・・・本当にもう大丈夫なのですか?」
「ああ・・・。ジェシカ、お前のお陰で怪我の方は傷跡が残らない位に綺麗に治っている。もう痛みすらない。本当に・・・ありがとうジェシカ。お前は俺の命の恩人だよ。」
「恩人なんて、そんな・・・。私は何もしていません。ただドミニク様を助けたくてあの時は必死で。でも・・・もう何とも無いのですね?それは良かったです。」
言いながら私は公爵の顔を見つめた。それにしても・・・私はこの1週間の記憶が全く無い。一体今迄どうやって過ごしていたのか・・・記憶の断片すら残ってはいなかった。ただ、公爵に迷惑をかけてしまったのは確かだろう。何故なら・・・たった1週間で公爵の頬はすっかり削げ落ちていたのだから。
「どうした?ジェシカ?俺の顔に何かついているか?」
公爵は穏やかに笑う。・・・以外な一面だ。今まで・・・こんなに柔らかな笑顔を一度も見た事が無かったのに。
「あ、あの・・・。たった1週間の間に・・随分やつれてしまったのですね・・。私・・・きっと何かご迷惑をおかけしてしまったのでしょうね。何も記憶が無くて・・申し訳ございません。」
「ジェシカ・・・ッ!俺を・・・心配してくれるのか?」
言うといきなり公爵は私を抱き寄せ、キスをしてきた。
「な、な・・・何をするのですかっ?!ドミニク様っ!」
思わず真っ赤になっておしのけると、公爵は不思議そうな顔をしたが、その瞬間慌て始めた。
「す、すまなかった・・!つい、いつもの癖で・・・!」
え・・・?いつもの癖・・・?今・・何か気になる事を言われた気がする。
「あ、あの・・・ドミニク様・・・。いつもの癖・・・と言うのは何でしょうか?」
「い、いや・・・。聞かない方がいいかもしれない・・・。世の中には・・・知らない方が幸せと言う事もあるから・・・。」
公爵は顔を真っ赤に染めて言う。そんな・・・顔を赤くされて、意味深な事を言われたら・・気になって仕方が無い。
「そんな事を言わずに・・・教えて頂けませんか?」
「え・・・ほ、本当に・・・言ってもいい・・・のか・・?」
ますます公爵の顔が赤く染まっていく。
「はい、お願いします。」
「お前は・・・何も記憶が無いから・・・信じられないだろうが・・俺がこの部屋を訪れる度・・・お前は俺を求めてきて・・・もう数えきれない位関係を持って来たんだ・・・だからそのせいで感覚が麻痺してしまったようで、つ、ついお前との距離感が分からなくなって・・・・。」
え・・・?ま・まさか・・・私から・・公爵を求めて・・・?で、でも・・・断片的な記憶がある。気付けば常に公爵の腕の中にいたような・・・。
「そ、そ、そうだったんですね・・・っ!で、でも・・・もうその事は・・・忘れて下さいっ!ど、どうか・・・していたんですっ!私は・・・。」
「そう・・・か・・・?そうだよな・・・。俺のせいで、一時的でもお前の心は壊れてしまったのだから・・・。でも・・・俺はすごく・・幸せな時間をお前と過ごす事が出来たよ。今まで生きて来た人生で一番幸せな時間を・・・。ジェシカ、本当にありがとう。だからこそ・・俺はお前を必ず守ると決めた。」
「え・・・?ドミニク・・・様・・?」
・・何故だろう?何か・・胸騒ぎがする。
「実は・・・ジェシカ・・・。お前が元に戻ってくれたからこの話をするのだが・・正直、もうこれ以上ソフィーの目を胡麻化すには・・限界なんだ。」
「え・・?限界・・・?」
何が限界なのだろうか?
「ソフィーが・・・俺を怪しんでいる。」
急に公爵は小声になり、私の耳元に口を寄せると素早く言った。
「あ、怪しむって・・・一体何の事ですか?」
「いつまでもジェシカ・・・お前の行方が分からないと言う事と、俺の自我が完全に無くならない事についてだ。だから俺はソフィー相手に一芝居打とうかと思っている。」
「え・・?一芝居・・・とは?」
「ああ・・。ソフィーはお前を早く捕らえて、罰を与える事を待ち望んでいるんだ。」
「え・・・?」
そ、それじゃ・・・やはり私は捕まって・・・?
「だから、俺はそれを逆手に取ろうと思っている。」
公爵はニヤリと笑みを浮かべると言った。
「逆手に・・・・?一体それはどういう・・・?」
「いいか、良く聞け、ジェシカ。明日、俺はお前を見つけて捕らえたとソフィーに報告するつもりだ。」
「え・・?」
「ソフィーは一刻も早くお前を裁判にかけて、言われなき罪を被せて裁こうとしている。」
「!」
「実は・・・もうお前を投獄するべき牢屋も完成しているんだ。この城からさらに東へ行くと、やがて海に出る。この城を発見した時にその場所も見つかったのだが・・断崖絶壁の上に建てられた、監獄が建っているんだ。ソフィーはそこを新たにお前を投獄する牢屋として・・・作り直させた。」
「そ、そんな・・・。」
私は両肩を持って震えた。やはり・・この間見た夢が現実に・・・?
すると公爵が私を抱き寄せると言った。
「ジェシカ・・・。ソフィーに捕まるんだ。そして・・裁判を受けろ・・。」
公爵の言葉に耳を疑った。
「え・・?い、一体今何と・・・?」
「ジェシカ・・・・。俺はお前と・・深く深くつながった事で・・・お前と離れていても自分の自我を失う事が・・無くなったんだ。だから・・俺はソフィーの前で演技をする。」
「演技・・・?」
「ああ。お前を連れてソフィーの元へ行き、そこで・・・辛いだろうが裁判を受けてもらう。でも大丈夫だ、俺が・・・必ず立ち会うし、人の数も減らす。なるべくお前に負担を掛けないように・・配慮するから。」
公爵は私の髪を撫でながら続けた。
「恐らく、ソフィーは罰を下し、お前を監獄塔へ入れるだろう。・・だが、安心しろ。時を見て必ず俺がお前を助けに行く。あの場所は・・・とてつもなく寒い場所なのだが・・・俺が魔法であの場所も温めてやる。そして・・時が満ちたらお前を助ける。」
「ドミニク様・・・・。」
本当に?本当にそんな事が・・・可能なのだろうか?
「だ・・・だけど・・・私がその牢獄から居なくなれば・・あっという間に見つかってしまうかもしれませんよ・・?」
「それなら大丈夫だ。俺の・・・身代わりの人形に仮の魂を吹き込める魔法は・・・覚えているな?」
「あ・・・。」
そうだ、公爵はあの魔法が使えたのだ・・・。そしてマシューも・・・。
「あの魔法に俺のありったけの魔力を注ぎ込めば・・・恐らく数日は持つだろう。その間に・・・ジェシカ、お前は出来るだけ遠くへ逃げるんだ。幸い・・お前には仲間が沢山いるだろう?仲間の元へ連れて行ってやるから後は彼等に頼むんだ。何、彼等は全員ジェシカを慕っている。絶対に力になってくれるはずだ。
俺は・・・その間に・・なんとしてでもソフィーを聖女の座から引きずり下ろし、愚かな真似をやめさせる。それでも・・・言う事を聞かないのであれば・・・最悪の場合は・・。」
そこまで言うと公爵は口を閉ざした。
え・・?ま、まさか・・・最悪の場合は・・殺すとでも言うのだろうか・・・?
「ド・・・ドミニク様・・。まさかソフィーを・・・?」
すると悲し気に公爵は笑った
「ああ・・・・そうだな・・・・。だが・・・その時は俺も死ぬ時だ。」
私は耳を疑った。え?その時は自分も死ぬ・・?一体どういう事・・・?
「俺は・・・お前の聖剣士であると同様に・・・一応ソフィーの聖剣士でもある。
そんな俺が・・自分の聖女を殺したとしたら?もう聖剣士としても・・人としても失格だ。それに・・・あんな風になるまでソフィーを止められなかったのは・・側にいたのに止める事が出来なかった俺の責任だ。ジェシカは知っていたか?ソフィーに反発していた学生達は・・皆地下牢へ送られて・・鞭で打たれるという拷問を受けて来たんだ。・・・俺には覚えが無いが・・・俺もその拷問に手を貸していたらしい。」
私は信じられない思いで公爵の話を聞いていた。でもデヴィットも3日間鞭で打たれる拷問をうけてきた・・・。
「仮に、ソフィーをこの手にかけた場合・・・その時は俺も死ぬ。ソフィーを1人にする訳には・・・いかないからな・・・。」
公爵の話を聞き、私の目にはみるみる涙が溜まって来る。公爵はそんな私の頬に触れると言った。
「ジェシカ・・・泣いてくれるのか?お前をこんな酷い目に遭わせた俺を・・・そしてこれからお前をソフィーに引き渡そうとするこの俺なんかの為に・・・?」
「そ・・・そんな言い方は・・・しないで下さい・・。自分なんかの為になんて・・・。どうか、どうかもっと穏便に解決する方法を・・・ん・・。」
突然公爵が私の顔を上に向け、口付けして来た。
「ド、ドミニク様・・・・・?」
すると公爵は私を抱きしめたまま、耳元で言った。
「ジェシカ・・・。お前を・・・抱かせてくれ・・・。」
「!」
私は耳を疑った。公爵は一体何を言い出すのだろう。
「明日から・・・俺はお前とは離れ離れになる・・・。今まで十分過ぎる程、俺とお前は身体を重ね・・・絆を深めてきたが・・果たしてそれがいつまで持つか・・・分からない。不安なんだ・・・。今のうちにジェシカを・・十分補充しておかないと・・・いつどこでソフィーの呪縛に飲み込まれてしまうかと思うと・・怖くて堪らないんだ・・・。」
私を抱きしめる公爵の身体が・・・声が・・・震えている。おそらく・・・公爵は相当恐怖を感じているのだろう。
そして、それと同時に再びあの媚薬のような香りが漂ってくる。
でも・・・私と・・・公爵の未来を変える為なら・・・。
「はい。私を・・・抱いて下さい・・。」
公爵から漂う魔族特有の香りが一段と強くなってくる。・・・そう言えば・・何故、マシューやヴォルフと同じ香りが公爵から匂うのだろう・・・?
私の頭がぼんやりと霞み・・・潤んだ瞳の公爵の顔が近付いてくる。
・・・私達は口付けを交わし・・・・気が付けば公爵の腕の中に囚われている。
公爵に身体を触れられて、いつしか私は甘い声をあげ・・・彼の身体にしがみ付いていた。
ジェシカ・・・愛していると切なげに何度も囁く公爵の声が私の耳を擽る。
マシュー・・・ごめんなさい・・・。
今だけは・・・貴方の事を忘れます。
そして私は瞳を閉じた—。
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