第5章 10 貴方を避けていた理由

「ジェシカッ!お前・・・まだそんな事言ってるのか?!いい加減にしろっ!俺は・・俺はお前の口からそんな言葉は聞きたくないっ!」


言うとデヴィットはきつく私を抱きしめ・・・肩を震わせ始めた。

デヴィット・・・・ひょっとして・・・泣いてる・・・?


「そうだよ!ジェシカッ!なんでそんな事・・・・言うんだっ?!あんまりそんな事ばかり言ってると・・・無理やり君を僕の領地へ連れ去るからね?!」

ダニエル先輩も声が震えている。


「な・・・何だって?ジェシカがソフィーと公爵に捉えられる・・・?何故そんなにはっきり断定できるんだ?」


アラン王子は青ざめながらも尋ねてきた。

ああ・・・そういえばアラン王子とは入学式の時から知り合ったけど・・・今まで一度も予知夢の事は話したことが無かったっけ・・・。だから私はアラン王子は何も事情を知らないのに、勝手に怯えたり・・・逃げたりして・・・。本当にアラン王子には今まで悪いことをしてきてしまったかもしれない。


「アラン王子・・・。」


私がアラン王子の名を呼ぶと、デヴィットは何かを察したのか私から身体を離した。


「どうした?ジェシカ?」


アラン王子が私の顔をじっと見つめている。


「すみません・・・。アラン王子と2人きりで・・・話をさせてもらえませんか・・?」


私は全員を見渡すと言った。一方のアラン王子は戸惑いの表情を浮かべている。


「だ、だが・・・っ!」


デヴィットは何か言いかけたが、私は彼に頭を下げた。

「お願いします。デヴィットさん。私は・・・どうしてもアラン王子に話さなければならない事が・・・あるんです。」


「う・・・・わ、わかった・・・。」


渋っていたデヴィットも私の真剣な表情を見て取ったのか、納得してくれた。


「2時間後に戻ってくる。」


デヴィットたちはそう言い残すとホテルの部屋から出て行った。

この広い部屋に残されたのはアラン王子と私の2人だけ。

私とアラン王子はテーブルを挟んで向かい合わせでソファに座っている。


「それで・・・ジェシカ。俺に話っていうのは・・?」


アラン王子が静かな声で尋ねてきた。私は顔を上げて、アラン王子をまっすぐに見つめると頭を下げた。


「アラン王子・・・今まで本当に申し訳ございませんでした。」


「え?い、一体何を突然頭を下げてくるんだ?!」


一方のアラン王子は訳が分からないといった感じで面食らっている。


「今までの事を含めて・・もろもろ全てです。」


「・・・よくは分からないが・・・教えてくれるか?」


「はい・・・。」


私は覚悟を決めた。


「私は・・・今までずっと、ある理由から・・アラン王子を避けていました・・。」


「ああ・・・そんな事は知っていたよ。」


アラン王子は笑みを浮かべながら言った。え・・・・?知っていた・・?

私は驚いて顔を上げると、アラン王子は優しいまなざしで私の事をじっと見つめていた。


「なんだ?ずいぶん驚いた顔をしているが・・・気が付かないとでも思っていたのか?俺は初めて出会った時から・・・気が付いていたよ。思えばジェシカみたいな女性に出会ったのはこれが初めてだった。・・・・今までは・・黙っていても女性たちから俺に言い寄ってきていたのに、ジェシカはまるで真逆な女だったんだからな。この俺に関心を寄せるどころか、俺から逃げようとしていることが・・・手に取るように分かったよ。だからこそ・・余計にお前に惹かれたのも事実だけどな。大体この俺がグレイやルークより冷たい態度を取られるんだぞ?あれで気づかない方がどうかしてるよ。」


アラン王子はそう言うと笑った。そんな・・・気付かれていたなんて・・・。私はそれじゃ・・ずっとアラン王子を傷つけてきてしまったんだ・・・。


「アラン王子・・・。今まで、本当に・・・ごめんなさい。」


再度頭を下げるとアラン王子は私の隣に座り、肩を抱き寄せると言った。


「・・・そんなに謝るな、ジェシカ。俺だって・・今までお前にアメリアやソフィーの件で辛い目に遭わせてきたんだから。怖がらせてしまった事も沢山あったし・・・。でもジェシカ。お前が俺を意図的に避けようとしていたのは・・・それなりの理由があっての事なんだろう?」


「はい・・・。私には・・予知夢を見る能力があるんです。」

果たしてアラン王子は私の話を信じてくれるのだろうか・・・・?だけど、ここが私が書いた小説の世界の話と言う事だけは・・絶対に話しては駄目だ。それこそ私の頭がおかしくなってしまったと思われかねない。


「私・・・自分が『魔界の門』を開けて、ソフィーに囚われる事が・・・・あらかじめ分かっていたんです。一番初めに見た夢の中で、私はソフィーとドミニク公爵・・そしてアラン王子・・・貴方によって裁かれて・・・牢獄に囚われる夢を見ています。そして・・その次に見た夢では・・・私は何処か森の中を必死で逃げていて・・・そこへアラン王子とソフィーが白馬に乗って現れて、私を捕えようとしていました。その場所が・・正にあの『ワールズ・エンド』だったのです。」


「ジェシカ・・・・、だ、だが・・その話は・・・所詮夢の話だろう?た、たまたま似たような夢を見て・・予知夢だと思い込んでいるだけじゃないのか?」


アラン王子は若干引きつり気味な笑顔で私に言う。


「いいえ、只の夢ではありません。私はわざわざ自分が罪を犯してまで魔界へ行く事は絶対にあるはずがないと思っていたのに・・・魔界へ連れ去られたノア先輩を助ける為に、結局魔界へ行ったのですから。」


「あ、ああ。確かにお前が魔界へ向かったという話はソフィーから聞かされた。だが・・・何故ソフィーはそんな事を知っていたんだ?それに・・どうして俺はお前の記憶を失わなかったのか・・・それが今思えば、不思議でならない。」


アラン王子は首を傾げながら言う。そう言えばドミニク公爵も私の記憶を失っていなかったようだけど・・何故?でもそんな事を言えば、マリウスだって私に関する記憶を失う事は無かったのだ。だけど・・・今はそんな事を考えるよりも・・・。


「と、とに角私は夢の通り・・魔界へ行く門を開ける事になったのですが・・・他ににも夢が現実になってしまった事件がありました・・・。」

私は目を閉じた。

マシュー・・・血だまりの中で死んでいった・・そして今も行方が分からない、私の最愛の人・・・。


「事件て・・何だ?」


「アラン王子は覚えていないと思いますが・・・私を『ワールズ・エンド』まで連れて行ってくれた聖剣士・・『マシュー・クラウド』の件です。」


「ああ・・・あの聖剣士か。そう言えば何回かあの男とは会った事があったな。だが・・・お前が『魔界の門』を開ける時に当時門番をしていた『マシュー・クラウド』を刺殺したと・・・ソフィーは言っていたな。・・・すまん、ジェシカ。どうやら俺とドミニクが追手としてお前を追いかけたらしいが・・・その辺りの記憶は全く無いんだ。」


アラン王子は項垂れた。


「・・・仕方無いですよ。だってソフィーに操られていたのですから・・・。それで、予知夢の話の続きになりますが・・・・私はマシューが血だまりの中で・・死んでいく夢を見ていたんです・・・。アラン王子も彼の葬儀には出席したのですよね?」


「ああ。参加した。棺はソフィーが用意したんだが・・・絶対蓋を開けて中を見せてはくれなかったんだ。そして、あの棺を持たされた聖剣士の話では、持ち上げた棺はとても軽く、中に遺体が入っているとは思えなかった・・・と言っていた。」


アラン王子の話を聞いて思った。そうか・・・それで実は棺の中は空だったという噂が流れたのか・・・。


「だけど・・・いいか、ジェシカ。良く聞け。」


アラン王子は私の両肩に手を置くと言った。


「確かにジェシカ・・・お前の予知夢通り、マシューは血だまりに中で倒れたが・・・棺の中は空だったんだろう?なら死んでいないかもしれないじゃ無いか。それに俺とソフィーに『ワールズエンド』で追いかけられたが、お前は無事に逃げ切った。そして何より・・・今の俺はジェシカのお陰でソフィーの呪縛から逃れる事が出来たんだ。だから・・・夢の通りソフィーとドミニクに捕らえられるなんて事言うな。何故なら状況は似ているかもしれないが・・・全部今の現実とは形が異なっているんだろう?」


「あ・・・。」


確かに言われてみればそうだ。私は未だにソフィーに捕まえられていないし、私を裁きにかけたアラン王子は今、目の前にいる。それに・・今日見た夢だって・・ドミニク公爵の様子が変わっていた。私に向けるあの視線は・・・最初に夢でみた物とは全く違っていた。


「そう・・・ですね・・・。夢の通りになるとは・・・限りません・・よね・・?」


「ああ、そうだ。だから・・・ジェシカ。ソフィーとドミニクに捕まるなんて・・・そんな事は言うなっ!」


そう言うとアラン王子はきつく私を抱きしめて来た。


「ア、アラン王子・・・。」


私はそっとアラン王子の背中に手を回した。


アラン王子は私を抱きしめたまま言った。


「つまり・・・お前が俺を避けていたのは・・・夢の中で俺がお前を裁くから・・・だったという訳だな?」


「はい・・・。」


「別に・・俺を嫌って避けていたという訳では無いと・・・?」


「は?はい・・・。」

戸惑いながらも返事をする。


「そうか・・・なら、俺はまたお前にもう一度・・結婚を申し込んでもいいんだな?!」


はいいっ?!い、今・・・アラン王子は何と言った?


「ちょ、ちょっと待って下さい!アラン王子!それとこれとは話が別・・・。」


「いいや!もう俺は二度とこの手を離さない!離してなるものかっ!」


徐々にアラン王子の抱きしめる腕が強まって来る・・・。ど、どうしよう・・・!!

その時・・・。


「ちょっと待ったーっ!!」


激しくドアが開かれ、デヴィットが部屋の中へ飛び込んできた。


「な、何だ?!まだ約束の2時間には程遠いぞっ!」


アラン王子は私を抱きしめたまま抗議するが、デヴィットは言う。


「煩いっ!いいか・・・今も俺の紋章が光っているんだ、見ろっ!」


言いながらデビットが右腕を見せると・・確かに鈍い光で光っている。


「いいか・・・?俺の紋章が光るって事は・・・ジェシカの身に危険が迫っているって事だよ!まさか・・それがお前だったとはな・・!ジェシカから手を離せッ!」


「煩いっ!俺だってジェシカの聖剣士だ!だがな・・・俺の腕は光って等いないっ!」


支離滅裂な事を言うアラン王子。

ええ。そりゃ光る訳無いでしょう。だって当人なのだからっ!


そして、そこへ残りの男性陣が乗り込んできて・・・・。

ホテルの客室内はあっという間に大騒ぎになるのだった。



だけど・・・アラン王子の言葉で、私は何かが吹っ切れた気がした―。








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