グレイとルークの憂鬱 —グレイの場合—
1
ある朝の事、俺は何か重要な事を忘れてしまったかのような感覚で目が覚めた。
「・・・?」
一体これはどういう事なのだろう?訳の分からないモヤモヤ感を残したまま、俺はベッドから起き上がると朝の支度を始めた・・・そしてホールに降りる頃にはその違和感の事はすっかり念頭から消えていた。
「おはよう、ルーク。」
食堂のホールに居合わせたルークに会い、朝の挨拶をする。
「ああ・・お早う。」
今朝のルークはいつになく不機嫌だ。・・・この男・・・確か低血圧だったよな・・。
2人で並んで食事をしていると、ルークが躊躇いがちに声を掛けて来た。
「実はな・・・俺・・おかしいんだ・・・。」
見るとルークは食事に殆ど手を付けていない。
「うん?何がだ?何がおかしいんだ?」
パンを口に頬りこみながら尋ねた。
「実は・・・今朝目覚めた時・・重要な何かを忘れてしまった気がして・・・。」
深刻な顔でフォークを握りしめているルーク。
「うん・・・?何か重要な課題でも出ていたっけ・・・?」
首を捻るも思い出せない。
「違う、そんなんじゃない。とても大事な物を・・・無くしてしまったような感覚が・・・・。」
「財布でも無くしたのか?学院の窓口に問い合わせしたほうがいいぞ?」
スープを飲みながら言う。
「おい、グレイ。お前さっきからふざけているのか?俺が忘れた・・とか、無くした物は物理的な物じゃない。何か・・大事な記憶を無くしてしまった気がすると言ってるんだ!」
ルークがイライラした様子で俺を睨み付けた。
「お、落ち着けって・・・ん・・・?そう言えば・・・俺も朝目が覚めた時、奇妙な感覚に襲われたっけな・・・。」
今朝感じた妙な違和感をルークに説明する。
「・・・それだっ!それと同じ感覚だ!お前もやはりそうだったんだな?!」
そしてルークは溜息をつきながら言った。
「そう言えば・・・アラン王子は今・・どうしているのだろう・・。」
「アラン王子か・・・。」
ここ数日の間にこの学院は大きく変わってしまった。一番の原因はあのソフィーが突然聖女として目覚め、正式な聖女として公表されてからだ。
すると聖剣士達は一斉に集められ、何故か神殿で暮す事を強いられるようになった。それだけでは無い、いつの間に手配していたのか、ソフィーは自分直属の兵士の部隊を作っていたのだ。彼等の多くは子爵以下の爵位を持つ者ばかりで、柄も悪く品位に欠けていると評判は最悪だった。しかも訓練も何もせず、彼等は1日中大手を振って学院内を歩き回っている。
「これからどうなってしまうんだろうな・・・。今朝は天気も悪いから余計に気が滅入って来るよ・・・。」
ルークは深い溜息をつくと、ようやく食事を口に運び始めた・・。
食後のコーヒーを飲み、寮に戻ろうと席を立ち上がろうとした時、突如として校内放送が始まった。
内容は9時から全校集会を始めるので、全校生徒は講堂に集合するようにとの事だった・・・・。ますます嫌な予感がする・・・。
講堂に集合した俺達の前に現れたのは、何とドミニク公爵とアラン王子を引き連れたソフィーの姿だった。
しかも何を考えているのかソフィーは真っ白なドレスを着て登場したので俺はてっきり何かの仮装大会では無いかと思った位だ。
そう思ったのは俺だけではない様で、女子学生達からはヒソヒソ声が上がった。
「いやだ・・・何?あの品位の欠片も無いようなドレスは?」
「本当・・・これからダンスパーティーにでも行くつもりかしら?」
「何よ・・あの着こなし。古めかしいデザインは・・・。今の流行りはストレートでシックなドレスが流行しているのに・・フリルの付いたドレスなんて子供のドレスみたいね・・・。」
等々・・・酷い言われ様だが、当のソフィーはその事にちっとも気が付いていない。
相変わらず・・・愚かな女だ。イヤイヤ、そうじゃない。違うだろう!一番大事な事は、一体何故!アラン王子があんなところに立っているかだ。それに・・・何だか様子がおかしいぞ?表情が虚ろで・・・目に生気が宿っていない。おまけにあの公爵も妙だぞ?何やら得体の知れない迫力を感じる・・・。
「皆さん!お静かに!この度、我が学院の聖女となりましたソフィー・ローランです。本日は重大発表をする為に皆様にお集まり頂きました。」
スポットライトの用意をしていたのだろうか?壇上の光に照らされながらソフィーは意気揚々と語っている。
「つい先日、ついに起こってはならない一大事が発生しました。この学院の1年生の女子学生・・ジェシカ・リッジウェイが魔界の門を開けてしまったのです!その際に・・・当時門番をしていた1人の聖剣士・・・マシュー・クラウドを殺害してしまいました!」
途端に講堂にざわめきが広がる。
ジェシカ・リッジウェイ・・・誰だ?
「おい、ジェシカって・・・知ってるか?」
隣に座っていたルークに声を掛ける。
「あ・・。」
ルークは青ざめた顔をしているが・・・首を捻った。
「分からない・・・誰だ?ジェシカ・リッジウェイ・・・。」
「嘘ですっ!!」
その時、講堂に1人の男の声が響き渡った。
え・・・?あれはマリウスじゃ無いか。マリウスが立ち上って壇上のソフィーに食ってかかっている。
「そんなのは嘘です!真っ赤な出鱈目です!ジェシカお嬢様はそのような事をされるお方ではありません!」
「おい・・・あいつ何言ってるんだ?ジェシカお嬢様って・・・言ってるけど?」
俺はルークに耳打ちした。
「ああ・・・そうだな・・・。あの男は確かに以前からおかしな言動はあったが・・とうとう頭がいかれてしまったようだ。」
ルークは腕組みしながら頷いた。そこへ1人の学生が手を上げた。あれ?アイツは確か俺達と同じクラスの・・・。
「すみません、ジェシカ・リッジウェイって・・・誰ですか?」
「「え・・・?」」
その学生を同時に振りむくソフィーとマリウス。2人とも驚愕の表情を浮かべている。
「あ・・・貴方は確か・・・Aクラスの方よね・・・・?確かジェシカさんと同じクラスの・・・?」
ソフィーが震える指先で学生に言う。
「ああ。そうだけど、ジェシカ・リッジウェイなんて学生は知らない。他の皆はどうだ?」
するとあちこちで声が沸き起こる。誰もがそんな学生はこの学院にはいない。朝っぱらから妙な妄想で呼び寄せるなと終いにはブーイングが沸き上がる有様だ。
しかし・・・その騒ぎを一瞬で沈める出来事が起こった。
「黙れ!貴様らっ!聖女ソフィーを愚弄する気かっ?!」
いきなり腰に差した件を抜刀して怒鳴り声を上げたのはドミニク公爵だった。
彼は身体からまるで炎にでも包まれているかのような赤いオーラに身を包んでいる。
そして・・・両目は怪しく光り輝いていた・・・。
その姿は・・・俺はゴクリと息を飲みこんだ。
まるで、魔王のようだ・・・・・・俺は瞬間、そう感じた・・・・。
2
マシュー・クラウドの葬儀が執り行われてから・・・・。
あの日からすっかり世界は変わってしまった。大袈裟な言い方かもしれないが、実際に空を見上げれば、あれ以来一度もこの分厚い雲が晴れる事は無く、学術の授業は一切撤廃され、教授達は軒並み首になっていった。そして代わりに現れたのが魔術師を名乗る怪しい集団ばかり。
彼等の行う授業は最悪な物ばかりだった。今では禁呪とされている呪術や攻撃魔法をの授業ばかりを行うのだから、次第に授業をボイコットする学生達が増えていった。
勿論、俺もルークも例外では無い。本来聖女に使える聖剣士達もぞくぞくとその任務を放棄し、今ではソフィーに使えている聖剣士はアラン王子とドミニク公爵をはじめとした、10数人にまで数が減ってしまったのだ。
代わりに増えたのがソフィー直属の兵士達・・・彼等の数は既に200人を超える勢いにまでなろうとしている。
「全くすっかり憂鬱な学生生活になってしまったな・・・。」
授業を堂々とサボり、俺とルークはカフェに来ていた。
「何言ってるんだ・・・。グレイ、お前には新しい彼女がいるだろう?」
珈琲を飲みながらフッと笑うルーク。
「何だよ、そういうお前だって最近付き合い始めたじゃ無いか?どういう風の吹き回しだ?お前・・・女が苦手だったじゃ無いか?」
しかし・・ルークは眉をしかめた。
「う・・・それが・・・俺は以前に誰かを女性を・・好きになった事があったような気がするんだよな・・。」
ポツリと言うルークの言葉を黙って聞いていた。・・実は俺にも似たような記憶があって、正直困っていた。それを払拭する為に、たまたま告白して来た隣のクラスの女子学生と交際するようになったのだが・・・深い関係には至っていなかった。それは・・俺の心の何処かにあるその女性への恋慕があったからだ。恐らく・・ルークの奴もそうに決まっている。
「グレイ様、ルーク様。今お時間よろしいでしょうか?」
ふと声を掛けられて振り向くとそこにはマリウスが立っていた。
「何だ、マリウスか。そう言えばお前最近姿を見せなかったが・・・何処かへ行ってたのか?」
ルークが言うと、マリウスから恐るべき言葉が返って来た。
「ええ。少し実家に里帰りしていたもので。」
「な・・なにいっ?!この間冬期休暇が終わったばかりだと言うのにか?!」
俺は仰天してしまった。あり得ない。一体この男は何を考えているんだっ?!
「ええ・・・。そこで改めて大変な事態に気付いてしまったのですよ・・・。フフフフ・・・。」
目に不気味な光を宿し、まるで何かを含み笑いしているかのようなマリウスの姿に俺とルークは恐ろしくなった。こ・・・この男・・・マジでヤバイっ!
「そ、それで・・・俺達に何の用事だ?」
腰が引けつつも俺はマリウスに尋ねた。
「ええ・・・勿論。私の大切なジェシカお嬢様についてです。」
マリウスは美しくも怖ろしい笑みを浮かべるのだった—。
「参ったな・・・、マリウスの奴・・・あいつ、もう相当病んでるよ。」
俺は伸びをしながら言った。段々マリウスの病状が酷くなっていく。存在しない自分のお嬢様を必死で探し回っているのだから・・・。
「でも・・・ある意味羨ましいな・・・。」
ルークがポツリと言う。
「えええっ?!ルークッ!お、お前・・自分が何を言ってるのか分かってるのか?!」
「ああ・・・分かってる。マリウスが・・・そのジェシカお嬢様をとても愛しているって事がな・・例えこの世に存在しない相手でも・・・なのに俺は・・たいして好意を持っていない女性と付き合ったりして・・・。」
そしてため息をついている。
全く・・・ルークは生真面目だからな・・・。別に将来を誓う訳じゃないんだからもっと気楽に付き合えばいいのに・・・と言いつつ、俺も今の彼女と一歩踏み出した関係に勧めないのだろうな・・・。
その日の夜・・・俺は夢を見た。
眩しい太陽の下、長い栗毛色に輝く髪・・・紫色の美しい瞳の彼女に・・。
彼女は夢の中で笑っていた。そして・・・俺に手を差し伸べると言った。
グレイ・・・。ただいま。
と―。
目覚めた時・・・俺は自分の顔が涙で濡れている事に気が付いた。
そうだ・・・どうして今まで忘れてしまっていたのだろう。俺は・・ジェシカ・・お前の事が・・・大好きだ—。
すると・・・・。
外でドアを激しく叩く音が聞こえて来た。
「何だ?こんな朝早くから・・・。」
ベッドから起き上がり、ドアを開けて俺は仰天した。そこには長い髪を振り乱し、涙で泣きはらしたルークがそこに立っていたからだ。
「グ・・・グレイ・・・。俺・・思い出した・・・。」
思い出した・・・って、ま、まさか・・・?
「ジェシカッ!お前・・・・どこへ消えてしまったんだっ?!」
それは血を吐くうような声にも聞こえた—。
この日を境に俺は・・いや、この学院のジェシカを知る全員が彼女の事を思い出していた。そして、次にソフィーが行ったのは・・・ジェシカの手配書だった。
「全く・・・今日で何枚目だ?こんなくだらない手配書を・・・。」
ジェシカの手配書を破り捨てながら俺は言った。
「くそっ!ジェシカを・・・こんな酷く描きやがって・・・っ!」
ルークは憎々し気に手配書をビリビリにしている。
そこへ
「お前達・・・何をしている・・・?」
ソフィーの手下達が現れ、俺とルークは魔力を奪う拘束具を付けられ、謹慎室へと送られた。
「ねえ・・・グレイ。どうしてジェシカさんの手配書を破り捨てて回ったの?」
俺の前に座る・・一応彼女、ローザが言った。
「別に・・・。」
ふてくされ、そっぽを向いていると突如床にサークルが現れ、そこからダニエルと・・見慣れない白髪の男が現れた。
「きゃああっ!な、何?貴方達はっ?!」
「何だ・・・取り込み中だったか。まあいい。用件はすぐに済む。」
白髪の男が言った。
そしてダニエル先輩が俺の前に出て来ると言った。
「ねえ、ジェシカが君を待ってるんだよ。勿論今すぐ僕達と来るよね?」
俺は耳を疑った。
「え・・?ジェ、ジェシカ・・・あ、会えるんですか・・・?」
気付けば俺の目に涙が滲んでいた。
「ああ。ジェシカはお前を待っている。力になって欲しいんだと。で・・・どうする?」
そんなの・・・決まってる!
「行く。ジェシカの所へ連れて行って下さい・・・!」
「ちょ、ちょっと!グレイっ!貴方何言ってるの?!」
ローザが悲鳴交じりで言う。
俺は彼女に振り向くと言った。
「ローザ、俺達・・・・別れようっ!」
パーンッ!
謹慎室に平手打ちの音が響き渡った―。
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