第4章 6 狂犬マリウス
「ジェシカ、役所に用事があるって言ってたけど・・どんな用事なんだ?」
デヴィットと並びながらセント・レイズシティの役所に向かっている途中、彼が質問をしてきた。
「はい。お話したと思いますけど、冬期休暇で実家に帰った時に・・・リッジウェイ家の庭師の男性に自分で書いた戸籍の除籍届を書いた書類を提出して貰うようにお願いしておいたんです。ちゃんと受理されていて、戸籍が抜けているか書類を取り寄せて確認しておきたかったので・・・。」
「そうか・・・。ジェシカ。一応念の為に周囲に注意を払っておくんだぞ?今となってはいつどこでソフィーの刺客が狙って来るか分からないからな?」
デヴィットがおっかない事を言って来るが・・・でも実際彼の言ってる事は正しいのだと思う。アラン王子が私につけたマーキングが消え去った今、私の行方を追えなくなっているはずなので、ソフィー達は私の事を必死で探し回っている可能性がある。
「はい・・・分かりました。」
改めてコートのフードを目深にかぶりなおすと、俯き加減になりながら私はデヴィットと役所へ向かった―。
「ええ?!そ、そんな・・・何かの間違いではないでしょうか?!」
役所の窓口で書類を受け取った私はその内容に衝撃を受け、対応した女性に詰め寄っていた。
「いいえ。間違いではございません。確かに一度除籍届は受理しましたが・・つい最近取り消されおりますね。ああ・・そう言えばその受付にいらした男性が別に婚姻届けを用意されておりましたが、御本人様のサインしか記入されておりませんでしたので、受理は致しませんでしたが。それで・・・結局のところ、戸籍は元に戻されておりますね。」
「そ・・・そんな・・・。え・・?い・今・・・何と言いましたか・・・?聞き間違いでなければ・・・『婚姻届け』と言う単語を耳にした気がするのですが・・・。」
「ええ、婚姻届けが一度提出されておりますね。お相手の方は・・・マリウス・グラントと・・なっておりますが?」
グラリ。
その言葉を聞き、私は危うく気が遠くなりかけた。
「おい!しっかりしろ!ジェシカッ!」
付き添っていたデヴィットが素早く後ろから支えてくれて、私の代わりに窓口の女性に言った。
「おい、どういう事だ・・・。婚姻届けだと・・・・?そんなものは偽造書類に決まっている!」
語気を強めて言うデヴィットに女性は少したじろいだが、言った。
「え、ええ。もちろんそうです。なので私達の方でもこの書類は怪しいと思いましたので受理はしませんでした。ですが・・戸籍の方は・・・不備はありませんでしたので再度戻させて頂きました。」
数分後―。
がっくりと項垂れて私はデヴィットと共に役所を後にした。
「全く・・・!あいつは・・・お前の従者・・・確かマリウスと言ったか・・・?頭がおかしいんじゃないのか?!」
人通りの少ない路地裏を、デヴィットは私の肩を抱いてカンカンになって怒りながら歩いている。一方の私の方は最早怒る気力すら無く、意気消沈していた。折角リッジウェイ家を守るために必死になって考えて、書類を添えてピーターさんにお願いしていたのに・・・。それをあの狂犬マリウスによって、あっという間に台無しにされてしまった・・・。
「ジェシカ、元気を出せ。お前の事は俺が命を懸けても守り抜く。絶対にソフィーの手には渡さないから安心しろ。」
そんな彼を見ていると不安な気持ちが押し寄せて来る。もしも・・・デヴィット迄がマシューと同じような目に遭ってしまったら・・・?
「デヴィットさん・・・。お願いですから・・・命を懸けてもなんて不吉な言葉・・使わないで下さい・・私・・もう嫌なんです。デヴィットさんまで・・マシューのようになってしまったとら思うと・・・。」
そこまで言いかけた時、いきなりデヴィットが町中だというのに強く抱きしめて来た。
「ちょ、ちょっと!デヴィットさん!いきなりこんな場所で何をするんですかっ?!」
慌てて言うも、デヴィットは腕の力を弱めるどころか、ますます強く抱きしめて来る。
「ジェシカ・・・お前・・・俺の事・・心配してくれてるんだな?!」
「あ・・当たり前じゃないですか。私達は一連託送なんですから・・・。わ、分かったらは・離してください・・・。」
その時・・・デヴィットの背後であの声が聞こえて来た。
「何をしていらっしゃるのですか?デヴィット様。」
その声は・・・マリウスだった。
「ふーん・・・俺の事・・・調べたのか?」
デヴィットは私をマリウスの視界から隠す様に対峙した。
「ええ、当然でしょう。貴方は・・・恐らく私の事をご存知でしょうからね・・・。敵を知る事は重要ですから・・・。」
マリウスは怒りを抑えた声で話しているが、身体からは殺気を放っているのがこの私にも良く分かった。
「ジェシカお嬢様ですよね・・・。後ろにいらっしゃる方は・・・。」
マリウスの名前を呼ぶ声に恐怖で私の肩が跳ね上がってしまった。
「だったら・・・どうすると言うんだ?」
デヴィットは私を安心させようと思ったのか・・左手を後ろに回すと私の手を繋いできた。
デヴィット・・・!私は思わず彼の背中にしがみ付くと、それを見たマリウスが嫉妬でもしたのか怒気を含んだ声で言った。
「ジェシカお嬢様!私は貴方の忠実な下僕です。そのような出会って間もない男性と
一緒に行動されるのは公爵令嬢として如何なものかと思われますが?!」
出会って間もない・・・そんなことまで調べていたなんて・・・!
「な・・・何言ってるの?!せ、折角・・・苦労して戸籍を抜く書類の手続きをしたのに・・それを元に戻すなんて・・。おまけに・・役所の人に教えて貰ったけど・・か・勝手に婚姻届けを提出したそうじゃないの!酷すぎるわっ!」
デヴィットが側にいてくれる安心感から・・・私は必死でマリウスに訴えた。
「酷い?酷いのはどちらでしょうか?お嬢様。私はお嬢様が居なくなる数日前にお手紙を書いて渡しましたよね?貴女への愛を綴った手紙に・・・将来設計の為の書類・・そして婚姻届けに婚約指輪まで送らせて頂いたと言うのに・・。貴女は返事処か、そのまま行方をくらましてしまい・・挙句の果てに私以外の人達の記憶からも消え失せて・・・・。」
「婚姻届けに婚約指輪だと・・・?」
デヴィットが呟く。
そして・・・徐々にマリウスの目に狂気の色が浮かんでくる。
「お嬢様・・・私はジェシカお嬢様が何を考えているのかさっぱり分かりません。何故突然戸籍を抜かれたのですか?しかも日付を見ると・・その後すぐに他の皆様方からジェシカお嬢様の記憶が消えてしまったのですよ?お嬢様を慕っていた、あのグレイ様やルーク様ですら・・・お嬢様の記憶が消えてしまっていたのですから。お嬢様は最初からこうなる事を分かった上で・・・おかしな行動を取っておられた訳ですよね?」
「グレイに・・ルークだと・・・?」
その2人の名前にピクリと反応するデヴィット。うう・・・やはりマリウスは頭が切れる。ここでわざとあの2人の名前を出してデヴィットの心を揺さぶろうとするなんて・・・!
「ですが、私は一度たりともジェシカお嬢様の事を忘れた日はありませんでした。この事に気が付いた時は・・・私は心が震える程喜びました。どれ程深くジェシカお嬢様を愛していたのか証明できたわけですから。愛が強すぎて・・・いかなる障害も私の記憶からジェシカお嬢様を奪う事が出来なかったという訳ですからね。
お嬢様・・・一体何を企んでおられたのですか?『魔界の門』を開けた犯人はジェシカお嬢様だと、あの頭のイカレた偽物聖女は言っておりましたが、私はそんな事は全く信じておりません。美しく聡明なジェシカお嬢様がその様な愚かな行為に出るはずは無いと信じておりましたから・・・。ですが、戸籍を抜くと言う、この愚かな行動だけは・・理解出来ず、許しがたい行動です。」
マリウスの冷淡な声に思わず背筋が寒くなり、デヴィットにしがみ付く手がますます強まる。そんな私をデヴィットは自分の胸に押し付けるように抱きしめて頭を撫でながら言った。
「大丈夫だ、ジェシカ・・・。俺が側についてるから・・・。」
「デヴィットさん・・。」
その時—いきなりマリウスがデヴィットに向けて無言で魔法弾を投げつけて来た。
「!」
それにいち早く気が付いたデヴィットは素早くシールドを張る。魔法弾は弾き飛ばされ、空に向かって飛んで行き、空中で爆発した。
ドオオオーンッ!!
町中に響き渡る爆発音。大通りからは悲鳴が上がっている。
「チッ!」
忌々し気にマリウスが舌打ちをした。な、何て恐ろしい男なのだろう。マリウスは・・・よりにもよって、町中でいきなり魔法攻撃をしかけてくるなんて・・!
私は心底、このマリウスという男に恐怖を感じた―。
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