第3章 11 呪縛の中で

 夜—

辺りがすっかり暗くなった頃・・・私達は『セント・レイズ学院』の神殿のすぐ側まで来ていた。

神殿は無数の松明に照らされて、闇夜の中にオレンジ色の姿を現していた。そして神殿の至る所には・・・鎧をまとった多くの兵士が立っているのが見える。


「チッ・・・!何だ・・・。あの物々しい雰囲気は・・・。」


デヴィットが舌打ちをして忌々しそうに言った。


「何だか以前よりも警備が厳しくなっている気がするね・・・以前に比べて見張りの数が増えているよ。」


物陰に身を潜めながらダニエル先輩は言う。


「ああ。だが・・・よく見れば見張りが増えたのはソフィーが寄せ集めた兵士ばかりだ。噂によると大した腕も無い集団らしいからな・・・。あいつらが兵士になったのはソフィーから手当てと称して多額の現金を受けとったからだと俺は聞いているぞ。恐らくまともな訓練すら受けていない・・単なるごろつきの集団だ。大体そんな事はあいつらの立ち居振る舞いを良く見れば分かる事だからな。・・・あいつ等・・・束になっても俺の相手にはならないな。」


はっきり言い切るデヴィット。


「デヴィットさんて・・・本当に強いんですねえ・・・。感心しました。」

尊敬の目で見つめる私。


「そ、そうか?お前にそう思って貰えるなんて・・・聖剣士として・・こ、光栄だな。だから・・・ジェシカ。安心して俺をいつでも頼れよ?」


デヴィットはうっすら頬を染めて私をじっと見つめて言った。


「それにしても驚きだね・・・。学院の中にこんな立派な神殿があるなんて・・・。あの神殿の奥が『ワールズ・エンド』に繋がっている門が・・あるんだよね?」


マイケルさんが尋ねてくる。


「はい、あの門をくぐればとても美しい『ワールズ・エンド』の世界が広がっています。それなのに・・・この世界だって十分美しかったはずなのに・・・。」

私は陰鬱な空を見上げて溜息をついた。


この世界は本当に美しかった。

澄み渡る青空、そして夜になれば美しい満点の星空、夜空に浮かぶ大きくて綺麗な月・・・私はこの世界にやってきて、夜空とはこんなにも美しいのだと知る事が出来たのに・・。今はすっかり分厚い雲に覆われ、太陽の光も満足に届かず、月明かりなどは皆無になってしまった。


「ねえ。ジェシカ、知っていた?実はね、君が魔界へ行った日からずっと神殿にソフィーはこもりっきりなんだよ。実はね・・・空がおかしくなってしまったあの日、ソフィーはこの島全体に聖女宣言を出したんだ。そしたら・・・その直後だったんだよ。急に空が厚い雲に覆われて・・・こんな空になってしまったんだ。あの日を境にね・・・。」


ダニエル先輩が語ってくれた。


「ああ。そうだ・・・。あの女は世界がこんな風になってしまったのは魔界の門を開けた悪女、ジェシカ・リッジウェイのせいだと言ったが・・あの時にはもう既に全員が・・・お前の記憶を失っていたから・・誰もその話を信じる者はいなかったんだ。あ・でも待てよ。一人だけジェシカの記憶を失っていなかった人物がいたな。」


デヴィットが何かを思い出すかのように腕組みをしながら言った。


「それはマリウスの事では無いのですか?」

私は先ほどの彼等のマリウスとの会話のやり取りを思い出しながら言った。


「いや、違う。マリウスじゃ無かったな。確か珍しい黒髪の・・・。」


デヴィットのそこまでの話で私はすぐにピンときた。

「も、もしかして・・・その方の名前は・・・『ドミニク・テレステオ』と言う方では無かったですか・・?」

声を震わせながら尋ねてみた。


「ドミニク・・・?ああ!そうだ!確かそんな名前だったな!あの男も確か俺と同じ今年聖剣士になったんだよな・・。おまけに編入生の1年のくせに生徒会長にまでなったし。今ではソフィーの側から片時も離れない男だよ。」


しかし、デヴィットはその後顔色を変えて私に言った。


「お、おい・・・待てよ。ジェシカ・・・確か、ドミニクって・・・。」


「はい・・・夢の中で私に死刑を言い渡した方です・・・。そして一時的ではありましたが・・私の仮の婚約者でした・・・。」


項垂れる私に真っ先に声を掛けてきたのは意外な事にマイケルさんだった。


「お嬢さん!」


いきなり私の両肩を掴むとマイケルさんは言った。


「君の婚約者は・・・そのソフィーと言う恐ろしい聖女に奪われてしまったんだね?でもそんな男、婚約を解消して良かったよ。だってお嬢さんほど魅力的な女性はいないのに、そんな恐ろしい女性を選ぶなんて・・・本当に人を見る目が無い、それだけの男だったんだよ。しかも・・・お嬢さんに夢の中とは言え、死刑を言い渡した人物なんだろう?そんな最低男はお嬢さんには勿体なさ過ぎるよ!」


・・・マイケルさんが結局何を言いたいのかは良く分からなかったが、私を元気づけてくれようとしているのが分かった。

「・・・ありがとうございます、マイケルさん・・・。」

弱々しくも笑顔でほほ笑むと、マイケルさんは言った。


「うん、うん、あんな男の事は忘れて・・・俺のお嫁さんにでもなるかい?お嬢さんさえ良ければ今すぐこの手を取って世界の果てまでだって逃げてあげるよ?」


・・・飛んでも無い事を言い出してきた。

そしてそれを耳にしたデヴィットとダニエル先輩は当然の如く、猛反発して3人は物陰で小声で言い争いを始めてしまった。


やれやれ・・・。そんな彼等を見て私は溜息をついた。でも・・・そう言えば今のマイケルさんと似たような事を言ってくれた人がいたっけな・・・・。

そう、その彼は・・・リッジウェイ家の庭師をしているピーターさん。恐らく彼も私が魔界へ行った直後に私の記憶を無くして・・・今は記憶が戻っている頃だろう。

・・・手はず通りにピーターさんは除籍届を役所に提出してくれただろうか?

明日にでも、セント・レイズシティの役所で戸籍を取り寄せて、ちゃんと自分の名前が取り除かれているか確認してみようかな・・・等と考えていた時・・神殿から出てきたある人物を見て息を飲んだ。


あ・・・あれは・・・アラン王子・・・。

アラン王子の瞳は虚ろで、おぼつかない足取りでフラフラと何処へともなく歩いている。

私は未だに言い争いをしている3人に声を掛けるも、誰一人気が付かない。

仕方ない・・・。このままではアラン王子を見失ってしまう。

 

 私は意を決して一人、アラン王子の後を付ける事にした。腕時計を確認すると時刻は夜の10時を少し過ぎた所だ。この時間・・・ひょっとするとソフィーによってかけられたアラン王子の呪縛が解けている時間なのかもしれない。

マイケルさんの家に1人で留守番をしていた時に現れたアラン王子。あの時こう言っていた。いつも夜の数時間だけ、ソフィーの呪縛から逃れられていると・・・。そうなると今の時間は・・恐らく私の勘が正しければ、アラン王子は正気に戻っているかもしれない・・・!


 幸いアラン王子は私に気付く事も無く、ふらふらと歩き続け・・・ある場所で足を止めた。

そこは神殿から少し外れた場所にある、庭園だった。とても美しく手入れがされており、庭園には小さな池もあり、噴水があった。

アラン王子は庭園のベンチに力尽きたようにドサリと座ると、うずくまるように頭を抱えて呻きだした。


「う・・・や、やめろ・・・ソフィー・・。お、俺の頭の中に・・話しかけるな・・っ!」

まるで血を吐くように力を振り絞って呻くアラン王子。そしてその呻き声の合間合間に・・・私は聞いた。


「ジェシカ・・・・。お、俺を助けてくれ・・・。そ、側に・・・いてくれ・・・。」


アラン王子は苦し気に私の名前を呼んでいた―。


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