第3章 10 私は、ここに残ります

「お、おい・・・今何て言った?自分の領地に来いだって?何を勝手な事を言ってるんだ。ジェシカはここに残る。俺はジェシカの聖剣士なんだ。ジェシカの事は・・・必ず最後まで守りぬく。あの女を聖女の座から引きずり降ろして・・この学院を元の姿に戻すって決めているんだ。」


デヴィットが努めて冷静な声でダニエル先輩に詰め寄っているが・・・怒りを抑えているのが手に取るように分かる。


「何勝手な事言ってるのさっ!こんな学院・・僕はどうなったって構わないんだよ!ジェシカさえ・・ジェシカさえ無事なら他の事なんてどうだっていいんだよっ!」


言いながらダニエル先輩はますます私を抱きしめる腕を強めて来る。ダニエル先輩・・・先輩が私を心配してくれる気持ちはすごく嬉しい・・。だけど・・・。


「ごめんなさい・・・ダニエル先輩・・。」


「え・・・?ジェシカ・・・。何故・・・謝るのさ・・・。」


ダニエル先輩は私から身体を離し、じっと見つめて来た。先輩の顔が・・涙で濡れている。その先輩の頬にそっと触れると私は言った。


「ごめんなさい、ダニエル先輩。私・・・頼まれたんです・・・。魔界からこの世界に戻って来る時に・・・。」


「たの・・・まれた・・・?」


ダニエル先輩は不思議そうな顔で私を見つめる。


「はい・・・・。そうです。皆さん・・。私の話・・聞いて貰えますか?」

ダニエル先輩、デヴィット、マイケルさんを見渡しながら言った。


「ああ・・聞くよ。ジェシカ。」


「お嬢さんは・・本当に色々と複雑な事情を抱えているみたいだね。」


「ジェシカ・・・。ノアの事で・・誰かに頼まれたって事なんだよね?」


3人が順番に尋ねて来た。

「はい・・・そうです。」

そして私は魔界での出来事を彼等に話し始めた・・・。

魔界で知り合った、ヴォルフと言う青年、そしてノア先輩の恋人になったフレアの事・・・。彼等と一緒に『狭間の世界』からこちらに戻って来るはずだったけれども魔族の追手に追われ・・そこをアンジュと言う『狭間の世界』の王によって助けられた事。いよいよ人間界へ行こうとした矢先に高位魔族にかけられた呪いによって彼等は私達と一緒にこの世界へ来る事が出来なくなってしまった事・・・。


3人は呆気に取られたように私の話を聞いていた。


「ジェシカ・・・。そ、それじゃ・・・本当は4人でこっちの世界に戻って来るはずだったのか?」


デヴィットが声を震わせながら尋ねて来た。


「はい・・・そうです。だってその2人は・・・私とノア先輩を逃がす為に追われる身となってしまったから・・・。魔界に残していけないと思ったんです・・。」


「だけど!魔族なんだろう?大昔、この学院の聖剣士達が魔族と戦って・・・大勢命を落とした話・・ジェシカは知ってるんでしょう?」


「ダニエル先輩・・・。」


「お嬢さん・・・完全な魔族が・・・人間達に受け入れて貰えるとは俺は思えないんだけど・・。」


「そ、そんな事無いです!だ、だって・・・彼は・・・ヴォルフは魔界で命の危険にあった私を何回も助けてくれたんですよ?寒くてたまらないあの魔界も・・・ヴォルフのお陰で凍える事が無くて・・・。フレアさんだって・・・素敵な女性でした・・。だからこそ、ノア先輩は彼女にプロポーズを・・・。」


「え・・ええ?!ノアが・・・魔族の女にプロポーズをしたの?!」


ダニエル先輩は相当驚いたのか、椅子から立ち上った。


「は、はい・・・。だけど・・きっともうノア先輩は・・魔界の出来事を何一つ覚えていないと思います・・・。」


「お嬢さん・・・それは・・一体どういう意味なの?」


「はい、アンジュが教えてくれたんです。この世界の・・均衡を保つために、人は異世界から元の世界に戻る時、そこでの出来事を全て忘れてしまうんだって・・・・。」


「それならジェシカは何故覚えているんだ?『魔界』の出来事も、そして・・『狭間の世界』の事も・・・。」


デヴィットが不思議そうに尋ねて来る。


「それは・・・私が鍵を使って、それぞれの門を開けたからだってアンジュが話してくれました。」


「そう・・・なのか・・。」


「今、『狭間の世界』にいるヴォルフとフレアは魔族にかけられた呪いによって、この世界に来ることが出来ません。そして・・そこに住む王であるアンジュが・・言ったんです。2人の呪いが解けたら、・・私を助けに来るって・・・。そしてもう1つ大事な事を教えてくれました。私の身を守る為に危険が迫ってきたら彼にだけ聞こえる警報が鳴る魔法をかけたらしいのですが・・・ずっとその警報が鳴り響いているそうなんです。」


「な・・何だって?それじゃジェシカ・・・。やはりお前は今危険な状態に晒されているって事なんだな?」


デヴィットが顔を歪めて私を見つめた。


「は、はい・・・。その通りです・・・。」


「だったら、尚更・・・!」


ダニエル先輩が言いかけた所を私は言葉を重ねた。


「尚更!・・・私はここに残らなくては・・いけないんです・・。だって・・・皆が・・いずれこの世界へやってくるかもしれないから・・。」


「ジェシカ・・・。」


ダニエル先輩の目に再び涙が浮かんでいる。


「私は・・・ここに・・このセント・レイズ諸島に・・残ります。いずれこの世界にやってくるヴォルフやフレア、そして・・・・アンジュの為に・・。ごめんなさい、ダニエル先輩。折角の・・申し出なのに・・。」

頭を下げて謝罪すると、ダニエル先輩がそっと抱きしめて来た。


「いや・・いいんだよ・・。ごめん、勝手な事言って・・そんな事情があったなんて僕はちっとも知らなかったから・・・。僕も・・・僕もジェシカ・・君を守らせてくれる・・?」


「いいんですか・・・?」


顔を上げると、ダニエル先輩は優しく微笑み・・・。


「おい、いつまで2人きりの世界に浸っているつもりだ。」


デヴィットが割り込んできて、無理やりダニエル先輩から私を引き離すと、腕に囲いこんできた。


「おい!いきなり何するんだよっ!」


ダニエル先輩が抗議の声を上げるも、デヴィットは意に介さない。


「ジェシカ。今更だが・・・お前の今置かれている状況がよーく分かった。分かった上で・・・聞かせてくれ。」


私の顔を両手で挟んで自分の方を向かせるとデヴィットは言った。


「え・・?な、何でしょうか・・・?」


デヴィットの真剣な様子に息を飲むと・・・彼は言った。


「ヴォルフって・・・どんな魔族の男なんだ?ジェシカ、お前にとってそいつは・・一体どんな関係があるって言うんだ?それに・・・アンジュって・・・『狭間の世界の王』なんだろう?一体ジェシカにとってどんな存在なんだ?」


「ち、ちょっと待って下さい!デヴィットさん。そんな矢継ぎ早に質問されても・・!」


「頼む!教えてくれっ!俺は・・俺はお前の聖剣士だろう?だから・・・お、俺にはその2人の男の・・ジェシカとの関係を・・・聞く権利はあるんだっ!」


「え?ええ~っ?!」

な、なんと無茶苦茶な・・・・。


「うん、そうだねえ・・・。お嬢さん。僕は君の兄替わり・・いわゆる保護者のようなものだから。お嬢さんの交友関係は全て把握しておかなくてはならないからね。」


「2人が聞くなら・・・僕だって聞く権利はある。だってジェシカ。僕達・・・恋人同士だった事があるものね?」


妙に色気を含んだ目で私を見つめながら微笑むダニエル先輩・・・。だ、だけど・・。

「ちょ、ちょっと皆さん、落ち着いて下さいっ!今はそんな話よりも・・ノア先輩を神殿から救い出す相談をするべきでは無いですか?!」


じょ、冗談じゃない!ヴォルフに愛を告白された事や・・・アンジュにプロポーズされた事等・・・絶対に知られる訳には・・・っ!


 そして、日は暮れて行く―。











 

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