第4章 4 警報

 アンジュは笑みを浮かべたまま、唖然としているヴォルフ、ノア先輩、フレアを順番に見渡すと、最期に視線を私に移した。


「ジェシカ・・・。」


アンジュが妙に色気のある顔と声で私の名前を呼ぶ。だけど・・・アンジュからはいつも『ハルカ』と呼ばれていたから、違和感この上ない。


「な、何?アンジュ・・・。」

ああ・・嫌な予感がする、果てしなく嫌な予感が・・・。


「嬉しいよ、ジェシカ。やっぱりボクと結婚する為にこの『狭間の世界』へ戻って来てくれたんだね。」


言いながら私を強く抱きしめて来た。あああっ!やっぱり!こうなるような予感がしていた。恐らくアンジュはヴォルフをからかいたくてこんな真似をしたに決まっている。だって、その証拠に背後から何やら恐ろし殺気がするもの。これは絶対にヴォルフに間違いない。

「や、やだ!離してよ、アンジュッ!からかうのはやめて!」

必死で振りほどこうともがくも、アンジュの力が強すぎて振りほどけない。

うう・・・あれ程可憐な美少女?だったアンジュが今ではすっかり男の人になっている・・・。


「お・・・おい!いい加減にジェシカを放せっ!嫌がっているだろう?!」


ヴォルフが・・・アンジュの肩に手を置いたのだろう。しかし次の瞬間・・・


「うわぁあっ!」

いきなりヴォルフは目に見えない力で吹き飛ばされ、壁に激しく叩きつけられる。

激しく崩れ落ち壁にヴォルフの身体は瓦礫にうまる。


「ヴォ、ヴォルフッ!」


フレアが悲鳴交じりで名前を呼ぶ。


「い・・・痛えなあ・・・・。貴様・・・この俺に何しやがるんだ・・?」


ヴォルフは瓦礫の中から音を立てて立ち上がると、アンジュ目掛けて突進し・・・・

そこで周囲にいた精霊達に取り押さえられた。


「魔族め!勝手にこの国で暴れる事は許さんぞ!」


あら・・・あのお髭を生やした小さなお爺さんは・・・ノームかしら・・?等と言ってる場合では無い!


「ヴォ、ヴォルフ・・・。お願い、ここは『狭間の世界』、魔界では無いの。だから・・・今は大人しくしてもらえる・・・?多分、アンジュが魔界からこの世界に立ち寄るように私に言ったのは、何か重要な話があるからだと思うの。だから・・・。」


わたしは取り押さえられているヴォルフに言うと、彼は悔しそうな表情を一瞬浮かべ・・・フイと私から視線を逸らせると言った。


「・・・ジェシカがそいう言うなら・・・分かったよ。それに・・・そいつの力・・・恐ろしく強い。俺なんかが叶う相手じゃないしな。」


「そうだよ、君は良く分かってるじゃ無いか。聞き分けが良いのはいい事だよ?」


アンジュは未だに私を腕に囲いこんだまま、離さない。

一方のノア先輩とフレアは口を出せずに、私達の様子を黙って見つめていた。


「・・・ねえ。アンジュ。もういい加減・・・放してくれない?」

アンジュを見上げ、愛想笑いをしながら私は言った。さっきからヴォルフの刺すような視線が痛くて堪らない。


「う~ん・・・。まああの男の視線もおっかないしね・・・。いいよ、離してあげる。」


アンジュが私からパッと手を離すと、途端にヴォルフが自分を取り押さえている精霊達の腕を振り切り、駆け寄って来た。


「ジェシカッ!」


そして私をグイッと引き寄せるとアンジュに言った。


「ジェシカに勝手に触るな。」


「へえ~。君にはそんな事言う権利あるの?」


アンジュは面白そうに言う。


「・・・・。」


ヴォルフは悔しそうに唇を噛んで俯いてしまった。

もう、このままでは埒が明かない。

私はヴォルフの方に顔を向けると言った。


「ねえ、聞いて。ヴォルフ。彼・・・アンジュはね、この国の女性と結婚する事が決まってるのよ?名前はカトレアと言って、とても素敵な女性なんだから。」


「え・・・そうなのか?」


ヴォルフの険しい顔が少しだけ緩んだ。


「そうなの、だから・・・アンジュの言ってた事は真に受けちゃ駄目なんだからね?ただ、からかわれたのよ。この国の王様・・・アンジュにね。」


「あ~あ・・・。もう本当の事話してしまうのか・・・。残念だったな、もう少し彼をからかって見たかったのに・・・。」


アンジュがつまらなそうに言う。


「アンジュもヴォルフをからかうような真似はしないで。」

私はアンジュを少しだけ睨み付けながら言った。


「まさか、ヴォルフがあそこまでジェシカに熱を上げていたとはね・・・。」


「うん、僕も驚きだよ。」


何やらフレアとノア先輩が・・・ヒソヒソ話し声が聞こえて来るが・・・うん、何も聞こえなかった事にしよう!



 私達は今、城の大広間から応接室へと場所を変えていた。

アンジュの隣には何故か私が座らされ、向かい側にはイライラした様子のヴォルフ、そして左右両隣にはそれぞれフレアとノア先輩が座っている。


「実はね・・・ジェシカに魔法をかけていたんだ。」


アンジュが何故か私の手を握りながら話してくる。


「魔法・・・?」


「そう、ジェシカの身に本当に危険が迫った時は僕がかけた魔法が発動するようにね。」


「え・・・?」


私はその言葉を聞いて、思い当たる節があった。そう言えば・・・あの青く光る洞窟で、魔物に襲われそうになった時・・・あれは・・アンジュの力によるものだったの・・?


「その顔・・・何か心当たりありそうだね?」


アンジュが私の顔を覗き込むように言った。


「う、うん・・・。ある・・・。あるけど・・・で、でもアンジュ。私、それ以前にも危険な目に遭いそうになったけど?」


「でも・・その時も結局は無事だったんだよね?」


「う、うん。あの時は・・・ヴォルフが助けに来てくれたから・・・。」


「そう、ジェシカの背後には彼がついていた。君を守るためにね。」


アンジュはヴォルフを見て言った。


「ああ、あの時は・・・フレアに頼まれていたからな。」


ヴォルフは頭を掻きながらフレアを見たが、フレアはフンとそっぽを向いてしまった。


「ふ~ん・・・。そうなんだ、でも今日僕達はこの『狭間の世界』へ来る前に何度も危険な目に遭って来たけど・・・ジェシカにかけたという魔法は発動した形跡は無かったけど?」


ノア先輩が白けた目でアンジュを見る。

先輩・・・・お願いですから、この国の王様にそんな態度を取らないで下さい・・・。


「そうだね、でもそれも多分、ジェシカの命は守られるだろうと判断したから魔法は発動しなかったんだよ。ジェシカにかけた魔法はね・・彼女が本当の命の危機にさらされた時に、僕に直接危険を知らせる魔法が発動するんだ。そしてボクが彼女の命を狙う者を魔法で倒すんだ。」


「そう・・・だったんだ・・・。」

てっきりマシューのかけてくれた魔法のお陰だと思っていたのだけど・・・違ったんだ・・・。私は少し落胆した気持ちになってしまった。


「どうしたの?ジェシカ。急に暗い顔になっちゃったみたいだけど・・?」


アンジュは私の肩を抱くと言った。


「おい!ジェシカに触るなっ!」


すかさずヴォルフが立ち上って抗議をするが、アンジュは聞く耳を持たない。


「ねえ・・・ジェシカ。君は魔界で一体何をしてきたんだい?」


突然アンジュが意味深な事を言って来た。


「え・・?」

私は顔を上げてアンジュを見ると、その顔は今までにない位真剣な表情になっている。


「ずっと・・・ジェシカの身体から警報が鳴り響いているんだよ・・・。この世界に君が来てからずっとね・・・・。ここには高い戦闘能力を持つ精霊達が沢山住んでるのに・・何もジェシカが危険にさらされるようなことは無いはずなのに・・・どうしてずっと君に・・危険が迫っているの・・・?」


言いながら、アンジュは私を抱きしめて来た—。





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