フレア ⑩
結局私が呼び出されたのは例の件では無かった。やはりミレーヌにはあの事はばれなかったのだろうか・・・?だとしたらあれだけ慌てていたにも関わらず、私は上手く処理する事が出来たという事だ。いや、それともずる賢いミレーヌの事だ。いずれその件について私を脅迫し、ノアとの関係を再度復活させるつもりなのか・・・。
だとしたら冗談では無い。もう私はノアがこれ以上他の女を抱く姿など見たくはない。例えミレーヌが脅迫して来ようとも断固拒否してやる。それにノアの魔族化は確実に進んでいるのだ。
逆に今なら幹部達に話をしても良いかもしれない。きっとノアは高位魔族になれるに違いない。特に男性魔族は数が少なく貴重な存在なので、返って歓迎されるかもしれない。
そう考えると、途端に心が軽くなった。
そこで再び地下牢に閉じ込めたジェシカの事が気にかかり、私は地下牢へ向かった。
地下牢へ戻った私は驚きと同時に苛立ちを隠せなかった。
何とヴォルフが牢屋の中でジェシカを抱きしめたまま眠っていたからだ。
しかしすぐに私の気配に気が付き、ヴォルフは慌てて飛び起きた。
「どういうつもりなの?ヴォルフ。」
「どういうつもり?とは?」
いけしゃあしゃあと返事をするヴォルフ。こ、この男は・・。
「だから、何故こんな牢屋の中に貴方はいるのよ?しかもいつの間にか暖炉まで用意しているし・・・。」
何故、そんな真似をしている?ヴォルフは一体誰の味方なのだ?
「フレア・・・。お前・・・ひょっとして何も気付いていなかったのか?」
しかし、私の苛立ちに気付いているのか、ヴォルフが妙な事を尋ねて来た。
「気付く?一体何の事?」
「フレア・・・お前、人間にとってこの魔界が・・・俺達の身体がどれだけ冷たく感じるのか・・・分かっていなかったのか?」
「え?な、何よ・・・その話・・・。」
確かにノアの身体は温かかった。だけど・・・!
「う、嘘でしょう・・・?た、確かにノアの身体は私達魔族よりもずっと温かいのは知っていたけど・・・人間にとっては、そんなにこの世界は・・・私達の身体は冷たく感じていたって事なの・・・?」
「あの人間の男・・・ノアは何もお前にはその話をしたことが無かったのか?」
ヴォルフは溜息をつきながら言った。
「え、ええ・・。ある訳無いわ!だって、知っていたらとっくに私は・・何か対策を考えていたもの・・・。」
いや、本当にそんな事出来ただろうか?ミレーヌ達に脅迫されて・・ノアは仕方が無く自らの身体を彼女達に差し出したが・・あの時の私には何も良い方法は浮かばなかったのは確かだ。
「ノアは・・・余程お前に気を遣っていたんだろうな・・・。ジェシカには魔界がどれだけ寒くて、辛い場所なのか・・話していたみたいだが?・・・最もどうやって2人がその話をする事が出来たのか・・・俺は知らないがな。」
そ、そんな・・・。だからこそ、ジェシカは尚更ノアを取り戻そうと必死になって・・マシューを犠牲にしてまでも魔界へやってきたのだろうか?
ノア・・・・!
「ノアの様子を・・・見に行って来るわ。」
牢屋のヴォルフに告げると私は地下牢を後にした―。
あれから数日が経過した。ノアはいつもと変わりない様子だったし、その上なんと最近情緒不安定気味な私を気遣ってか、彼からプロポーズしてもらったのだ!
人生の中でこれ程幸せに感じた事は生れて初めてだった。すっかり有頂天になった私は、今までジェシカに対してノアの件で引け目を感じていたが、今は自分の方がノアに好意を持たれているという自信があり、堂々とジェシカの元へ足を運んだ。
それなのに・・・今回もまたジェシカはしつこくノアに会わせろと言って来たのだ。
「お願いです・・・。どうか、どうかノア先輩に会わせて下さい。ほんの少しの間だけでも構わないので・・・!」
ジェシカは両手を組んで、まるで拝むように私に懇願して来た。
「お前はまだそんな事を言ってるの?!一体何度同じことを言わせるつもりなのかしら?絶対にお前とノアを会わせないと言ってるでしょう?!」
この・・・なんてしつこい女なのだろう?さっさと諦めると言ってくれればこちらだってこの地下牢から出して、人間界へ帰してやるつもりだったのに・・・!
「そ、そんな事を言わずに・・・お願いですから・・・。」
尚も縋りつくように半分涙目になって訴えて来るジェシカ。・・・これが男だったらきっとすぐにジェシカの願いを叶えてやるところかもしれないけれど・・・残念だったわね、ジェシカ。私は女だから貴方の魅了の魔力には引っ掛からないのよ。
「無理ね。」
私は冷たい声で言い放った。
「え?」
「もうノアはお前の事など、とっくに忘れてしまっているのよ。」
「・・・。」
しかし、ジェシカは意外と冷静に私の話を受け止めている。よし・・ならばこの話はどうかしら?
「人間界にいた時の暮らしも、何もかも・・・。覚えているのは自分の名前だけよ。きっと自分が人間だったと言う記憶も無くすでしょうね。それに・・・・ノアは私に言ったのよ。結婚しようって・・・。」
結婚という言葉を特に強調してジェシカに言った。すると・・・見る見るうちにジェシカの顔色は青ざめ・・・それきり口を閉ざしてしまった。
な、何なの?その態度は・・・・貴方が愛していた男性はマシューなんでしょう?何故私がノアに結婚を申し込まれた話を聞いて、そこまで落ち込んだ表情を見せるのよ・・・。
私はいたたまれなくなり、そのまま無言で転移魔法で地下牢から姿を消した。
屋敷に戻ると、私は驚いた。なんと、ミレーヌが勝手に屋敷に上がり込み、ノアに迫っていたのだ。
「フ、フレア!」
ノアがほっとした表情で私の名前を呼ぶ。
「チッ!」
悔し気に舌打ちをするミレーヌに私は歩み寄り・・・
パアンッ!
おもいきりミレーヌの右頬をひっぱたいた。
「な、何するのよ!!」
まさか、私に叩かれるとは流石のミレーヌも予測をしていなかったのか、驚いた様子で右頬を押さえると私の顔を睨み付けた。
「何する?それはこっちの台詞よ!よくも私の留守中に勝手に上がり込んでノアを襲おうとしていたわね?許せるはずがないでしょう?」
「フ、フレア・・・僕はもう大丈夫だから・・・。」
ノアはオロオロした様子で私を止めに入る。
「いいえ!ちっとも良く無いわ!いい?ミレーヌ。今度ノアに手を出そうものなら・・・お前を八つ裂きにしてやるからね!!」
肩で息をしながらミレーヌに言うと、彼女は一度悔し気に唇を噛み締めたが、やがてふてぶてしい笑みを浮かべながら言った。
「フフフ・・・。いつまでそんな態度を取っていられるのかしら・・・?私が何も知らないとでも思っているの?」
え・・?ひょ、ひょっとして・・・。何だか非常に嫌な予感がしてならない。
「貴女・・・『七色の花』の管理人の立場を利用して・・・私的に『花』を使ったでしょう?それも・・・2度も・・・。」
「!」
そ、そんな・・・まさかばれていたなんて ・・・!
私の顔が青ざめていくのを見たノアが私を抱きしめてミレーヌに抗議した。
「君!僕の恋人を追い詰めるのはやめにしてくれないか?!」
「な?こ、恋人ですって?!」
これには流石のミレーヌも驚いたのか、信じられないと言った目つきでノアを見つめた。
「ああ、そうだよ。僕はフレアに結婚を申し込んだ。後はフレアの返事を待つだけなんだ。だから・・・悪いけどもう君達の相手は僕は出来ないよ。フレアを裏切るような行為はしたくないからね。」
すると、ミレーヌは悔しそうに唇を噛んだが・・・やがて含みを持たせたような笑みを浮かべながら言った。
「ふふふ・・・そうはさせないわ。ノア、貴方は私達・・全員のものなのよ?私は絶対に諦めないからね。フレア。」
突然ミレーヌが私の名前を呼んだ。
「な、何よ。」
「今に・・・後悔する事になるからね・・・。」
不気味な言い方をすると、ミレーヌは一瞬で姿を消した。
「大丈夫だったかい?フレア。」
心配そうに私を見つめるノア。
「え、ええ・・・。大丈夫よ・・・。ありがとう、ノア・・・。」
そう言いながら、私は内心少しも穏やかでいる事は出来なかった。
その後、二日間の間ミレーヌからは何の音さたも無かったが・・・
ついにその日がやってきたのだ。
私は総裁達から呼び出しを受けたのだった。
そして、恐れていた最悪の事態が私を待ち受けていた—。
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