フレア ⑨
ここは地下牢・・・。ヴォルフがジェシカを連れて来たので、私は初めて彼女と対面する為にここまで足を運んできたのだが・・・。
「どういうつもり・・・?ヴォルフ。」
牢屋の前に、まるでジェシカを守るように立ちふさがるヴォルフに私は言った。
全く持って訳が分からない。やっとヴォルフがあのジェシカを第1階層からこの第3階層の地下牢まで連れて来て幽閉する事に成功したと言うのに、肝心のヴォルフが邪魔をして私をジェシカに近付けないようにしているなんて。
「フレア。一体・・・ジェシカに何をするつもりだ?彼女はか弱い人間の女だ。俺達魔族とは違うんだぞ?」
「ヴォルフさん・・・。」
ジェシカは紫色の大きな瞳を見開いて、ヴォルフに声をかけた。その目は不安に揺れている。
一体何をするつもりだ?それはこちらの言うセリフだ。いつの間にヴォルフはジェシカのナイト気取りをするようになったのだ?ヴォルフ・・・ひょっとすると魔族のくせに貴方まで人間であるジェシカの魅了の魔力にあてられてしまった訳?
「あら?随分心外な言い方ね。大体、この人間が第1階層の迷宮を抜けられることが出来たのは私のお陰なのよ?」
腕組みをしたまま2人を睨み付けるように言った。
「え?あ、あの声は貴女が・・・・?」
ジェシカは驚いた様に私を見た。全く・・・では誰が声を掛けたと思っているのだろうか?
「ええ、そうよ。私が介入しなければ、貴女は力尽きるまで永遠にあの迷宮から抜け出せることが出来なかったのよ。」
「・・・あ、ありがとうございます・・・。」
え?!今・・・礼を言った?自分を閉じ込めた・・この私に?私はヴォルフをチラリと見ると、彼も唖然とした顔でジェシカを見ている。それは当たり前だろう。文句や罵りの言葉を浴びせるならまだしも、礼を述べるなんて・・・。この女は意外と能天気なのかもしれない。それとも・・・人間という物はこういうものなのだろうか?
私は心の中で溜息をつくと、わざと言ってやった。
「ふ~ん・・・。一応礼儀はわきまえているのね?」
そこまで言って、ジェシカが両肩を抱きしめて震えている事に気が付いた。
「あら?何よ・・・貴女、震えているじゃ無いの。おまけに顔色も悪いし・・・。具合でも悪いのかしら?嫌だわ・・全く。もう、今日は行くわ。いい?明日までに体調を直しておきなさいよ?」
吐き捨てるように言うと、私は転移魔法で屋敷へ戻った。
居間に行ってみたが、ノアの姿が無い。自室にでも籠っているのだろうか・・?
私はソファに座ると背もたれに寄りかかって天井を見上げ、先程の地下牢での出来事を思い出していた。
本当は無理やりここへ連れて来た罪悪感と、マシューの事で気落ちしているであろうジェシカに労わりの言葉をかけてやろうと思っていたのだが、ついひねくれた言い方をしてしまった。もっとジェシカのように素直な心になれればいいのに・・・全く我ながら可愛げが無い性格だと思っている。
その時、突然私の頭の中で声が鳴り響いて来た。
<フレア・・・。聞こえたなら返事をしろ・・・。>
!こ、この声は・・・・長官・・・!ま、まさか・・・。全身に緊張が走る。けれどまだ悟られてはならない。冷静に対応しなければ・・・。
「はい、長官。聞こえています。フレアです。」
<フレアか・・・。大事な話がある。今すぐ宮殿の玉座の間へ来るのだ・・・。>
玉座の間・・・・その言葉を聞き、私は血の気が引くのを感じた。通常、私達は宮殿に呼ばれる事等滅多に無い。もし呼び出しを受けると言う事は・・・それは重要機密事項に関する知らせを受ける場合か・・・もしくは重罪を犯して、懲罰を受ける時・・・。
どうしよう、私は前者で呼ばれるのか、それとも後者の理由で呼び出されるのか・・・。
<フレア、聞いているのか?返事をしろ。>
長官の苛立った声が頭に響く。
「は、はい。聞いております。申し訳ございません。すぐに伺います。」
私は言うと、すぐに転移魔法を使い宮殿へと飛んだ—。
ここはかつて魔王が住んでいた宮殿・・・。しかし、数百年前に戦いに敗れた魔王が滅びてからは、玉座は長い間誰一人として座った者はいない。この戦いで多くの魔族の命が失われた。特に失われたのが私達のような高位魔族達・・・。そして罰を受けたのだろうか・・・。その時以来、高位魔族達の出生率は大幅に下がり、私達は徐々に数を減らしていった・・・。その為、我々魔族は同じ失敗をしないように高位魔族達から魔界を治める代表者を選出し、厳しい戒律を設けて今日まで暮らしてきたのである。
私は緊張する面持ちで玉座の扉の前に立っていた。玉座・・・今は名ばかりのこの部屋は魔界の官僚達が集まり、国を治めている中枢機関の場として機能している。
コンコン。
震える手を押さえながら玉座の扉をノックする。すると扉がゆっくりと開かれ・・・そこには10名の官僚達と・・・現在この魔界のトップに君臨する総裁・・・そして・・・。
「ミレーヌ・・・・。」
私は彼女の名前を口にした・・・。
「フレア、席に着きなさい。」
総裁が重々しい口調で私に言う。
「は、はい。」
私は何とか冷静を保ち、言われた席に着く。総裁を含め、官僚たちの視線が一斉に私と・・・何故かミレーヌに注がれる。・・・?一体どういう事なのだろうか・・・?
やはり・・私の取ったあの時の行動が既にばれているのだろうか?自分の中ではうまく処理したつもりだったのだが・・・。
私は最早生きた心地がしなかった。出来れば今すぐにでもこの場から逃げてしまいたいほどに。
「ミレーヌ。フレアも来た事だ。もう一度初めから説明しなさい。」
突然総裁がミレーヌに命じた。!や、やはり・・・この間の『ワールズ・エンド』でのマシューの事を話すつもりなのだろうか・・!
私はテーブルの下で自分の両手を強く握りしめた。
「はい、総裁。そして皆様・・。改めてもう一度お話をさせて頂きます。」
ミレーヌは良く通る声で話し始めた。
「つい先日の事です。その日は私が花の管理人の担当をしておりました。その際に、人間界と魔界を繋ぐ『ワールズ・エンド』で騒ぎが起こりました。どうやら複数の人間達が『門』をくぐろうとしたようです。」
「!」
私は危うく悲鳴を上げそうになった。や、やはり・・・ミレーヌに完全にバレていたのだ・・。ミレーヌはこの後どうするつもりなのだろう?あの事をここで報告するのだろうか・・・?今の私は椅子に座っているだけで精一杯だった。
そんな私をミレーヌは意味深な笑みを浮かべてチラリと横目で見ると続けた。
「はい、しかし結局のところ・・・人間界の門から魔界の門が開かれる事はありませんでした。恐らく、人間界にいる『聖剣士』を名乗る者達に阻止された模様ですが・・・。私はそこである重要人物を発見致しました。いえ、直接この目でその人物を確認した訳では無いのですが・・・門の外側から確かに感じたのです。あの人物の魂から・・・我等、魔界の王・・魔王様と同じ魂を感じたのです!」
え?何・・・その話は・・・?何故か分からないが、私の思っていた話とは違う方向に話が進んでいる気がする。魔王と同じ魂を持つ人物?そんな人間があの場にいただろうか?だが・・・あの時の私は冷静では無かった。マシューが剣で胸を貫かれ、死んだ事で全身の血が沸騰しそうな激しい怒りを感じ、正気を失っていたのだから。
その時、不意に総裁が私に声をかけてきた。
「フレア、お前は直接その人物の姿を見たのだろう?一体どのような人物だったのだ?」
え・・?思いもしない時に話を振られ、私はパニックになりそうになった。
「は、はい・・・。そ、それは・・・。」
私は言い淀んだ。だが・・・落ち着いてよく思い出してみよう・・・。あの時の情景を・・・。あの時、マシューと対峙する2人の聖剣士・・・いずれも只物では無い雰囲気を身に纏っていた。1人は眩しいほどの輝きを放ち・・・もう1人は・・・。
私は一瞬瞳を閉じ、次の瞬間目を開けると言った。
「はい、その人物は人間界では珍しい黒髪に、特徴的な左右の瞳の色が違う瞳を持つ人物でした。」
そう、確かにあの場に我々魔族と同じ妖気を持つ人間がそこにいたのだ—。
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