フレア ②
マシューと出会ってから私は彼が『ワールズ・エンド』の門番をする時には必ず彼の元へ顔を出すのが日課になっていた。
何せ彼は1人で12時間、寝ずの番をしなくてはならないのだ。だから私はマシューに数時間だけ自分が代わりに見張りをし、仮眠を取らせてあげるようにしていた。
マシューは最初、私の提案を申し訳無いからと言って断っていたが、私はマシューの今置かれている状況が自分と重なって見えたので、つい他人事に思えず、協力を申し出たのだ。
そんなある日の事・・・。
「はい。フレア。君にお土産だよ。」
マシューが私に紙袋を手渡してきた。
「え?私に?一体何かしら?」
「まあ、開けてみてよ。」
マシューはニコニコしながら言うので、私も笑みを浮かべて袋の中身を取り出した。
「これは・・・?」
「人間界で売られているクッキーだよ。いつもフレアには助けて貰っているから、ほんのお礼。・・・食べて見なよ。」
「え、ええ。そうね。」
薦められるまま、私はクッキーを一口かじってみた。
「・・・何、これ・・。すごく甘くて・・・美味しい。」
「良かった、気にいってもらえて。女性にはどんなプレゼントがいいのか、俺にはちっとも分からなくて・・・つい、教会の子供達と同じプレゼントにしてしまったんだけど・・・。」
マシューは照れたように笑った。
「あら、貴女の恋する女性にはプレゼントは渡したことないのかしら?」
私が冗談めかして言うと、途端にマシューは顔を真っ赤に染めた。
「む、無理言うなよ、フレア。俺は・・・俺なんかみたいなのはとても彼女に釣り合うような男じゃないよ。ただ、遠くから見ていられるだけで・・・それだけで十分なんだ。」
最期の方は口籠りながら言う。全くマシューときたら・・・。自分の容姿について無自覚なのだろうか?それともセント・レイズ学院にはそれ程の美形揃いばかりが通っている学院なのだろうか・・・?そしてマシューの恋する女性とは・・それ程魅力的なのだろうか?
・・・何だか胸の内がモヤモヤしてきた。別に私はマシューに恋をしている訳では無いが、彼程の素晴らしい人格者に溢れんばかりの好意を抱かれている事にちっとも気が付いていない、マシューの想い人に苛立ちを感じていた。
「ねえ、マシューの好きな女性の名前・・・何て言うの?」
「え?か、彼女の名前を知りたいの?」
マシューは驚いた様に私を見る。
「ええ、いいじゃない。教えてくれたって。別にどうこうする訳でも無いし。」
「う~ん・・。それもそうだけど・・・。まあ他ならぬフレアの頼みだからね。まだ誰にも話したことが無いけど、君にだけは特別に話すよ。」
マシューは真剣な面持ちで私をじっと見つめると言った。
「彼女の名前はね・・・ジェシカ。ジェシカ・リッジウェイって言うんだ・・。」
マシューは少し頬を染めて彼女の名前を口にした―。
そうか、女の名前はジェシカ・リッジウェイか・・・。念の為、忘れないように心にとどめておこう。
マシューと親交を深めるようになり、少し経過した頃・・・。
私とマシューの中を決別する、ある出来事が起こった・・・。
『花の管理人』を任されている魔族は私を含めて全員で5名いる。そして私達の中で交代で花の見張りをしているのだ。私はメンバーの中でのリーダーを務めている。
その為、自分の都合のよいように当番日を決める事が出来たので、マシューが門番をする日は私も管理人の当番を入れるようにしていた。
ある日の事—。
今日はマシューの門番を務める当番の日だ。
彼はもう、『ワールズ・エンド』にいるだろう・・・。私も出掛ける準備を始めていると・・・突然頭の中で激しい警告音が鳴り響いた。
『花の管理人』は管理人以外が花畑へ侵入した場合、侵入者を感知できるように訓練を受けている。
もし、この花畑へ足を踏み入れようものなら、すぐに駆け付けて不届き者を捕えるのが私達の仕事。
そしてこの日—私の頭中で突然激しい警告音が鳴り響きだしたのだ。
「ま、まさか・・侵入者が?!」
私は急いで転移魔法で『花畑』へ飛んだ―。
花畑へワープ移動した私はすぐに全神経を集中させて思念を放った。
「一体、何処の誰・・・?私の大切な花を奪おうとする者は・・・!!」
そして魔力を集中させ・・・見つけた!
え・・・?う、嘘でしょう・・・?
その侵入者は・・・私が信頼を寄せていたマシューだったのだ。
「お、おのれ・・・マシュー・・・。私を裏切ったのね・・・?所詮お前も半分は人間の血を持つ、ただの欲にまみれた男だったのね・・・。」
いつしか、怒りで私の全身の血は沸き立ち、無意識のうちに身体から青い炎を吹き上げていた。
マシュー・・・絶対に許すものか!!
私はフワリと宙に浮くと、身体から炎を拭きあげながらマシュー目掛けて飛んだ—。
遠くでマシューの姿が見える。見つけた!
「マシューッ!!貴方だったのね?!」
マシューは私に気が付くとギョッとした顔を見せた。手には・・むしり取ったと思われる七色の花が握り締められている。
やはり盗んでいたのだ!
マシューは慌てたように転移魔法で姿を消したが・・・逃がすものか。実は彼にはないしょにしておいたのだが、私はマシューが『ワールズ・エンド』へ来た場合、動向を探る事が出来るように、マシューに対しての魔力探知の魔法をかけていたのだ。
だから彼の居場所は手に取るように分かる。
私はマシューを追って『ワールズ・エンド』へ飛んだ—。
門前でマシューが数人の人間の男達と向かい合っている。
私は背後から凄みを帯びた声でマシューに声を掛けた。
「マシュー・クラウド・・。貴方私から逃げられると思っていたの・・・?よくも私が管理している大切な花を盗んでくれたわね?」
すると、マシューはゆっくりこちらを振り向くと笑みを浮かべて言った。
「い、いやあ・・・。相変わらず綺麗だね?フレア。」
私はギリリと唇を噛んだ。嘘を言うな!今まで一度だってそんな事を話したことなどないくせに!いつもいつも貴方の頭を占めているのはジェシカ・リッジウェイだけでしょう?!
「そんな事を言っても胡麻化されないわよ。さあ、そこの人間。お前が今手にしている花を返しなさいッ!」
私はマシューから受けったと思われる花を握りしめている青年に言った。
「た、頼むっ!どうか1輪でいいから俺達にこの花を分けてくれッ!」
男は必死で懇願するが、そんな事はこちらの知った事では無い。私の煉獄の炎の魔法でも一発ぶつけてやろうか・・・。そんな考えが頭をよぎった時に、マシューが焦ったように私に叫んだ。
「やめろっ!フレアッ!今ある女性が毒によって死にかけているんだ。どうかその花を彼等に分けてやってくれっ!」
私はマシューをチラリと見ると、彼は今までにない青ざめた表情で私を見つめている。そこで私はピンときた。
さては・・・ここに男共が集まっている、しかもマシューのあの表情・・・恐らく死にかけている女と言うのはジェシカ・リッジウェイに違いない。
私の胸の中で訳の分からない嫉妬心が渦巻いて来た。
「そんなの私には関係ない・・・さあ、早く返せっ!」
私が叫んだその時・・・・。
「待ってくれっ!」
私の目の前に飛び出したのは・・・・金の巻き毛にグリーンの瞳、そして中世的な顔立ちのとても美しい男性・・・それがノア・シンプソンとの初めての出会いだった。
私はこの時、彼に一目惚れをしてしまった。
どうしても自分の物にしたい。あんなジェシカとか言う女に等くれてやるものか。
私は・・・・激しい欲求を押さえる事が出来ず、花と引き換えに無理やりノアを魔界へ連れ去る事にしたのだった—。
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