第3章 4 もう一度話し合いを
ノア先輩が去り、地下牢に残されたのは私といつの間にか牢屋の中に入ってきていたヴォルフとの2人きり。何となく重たい空気になってしまい、気まずい雰囲気が流れる。
しばしの沈黙の後・・・ヴォルフが言った。
「迷惑・・・だったか?」
「え?」
何が迷惑だったと言うのだろうか?
「お前とノアの問題なのに・・・つい、俺が余計な口を挟んで話をややこしくしてしまったかもしれないな・・。」
ヴォルフが申し訳なさそうに項垂れた。
「ヴォルフ・・・。」
私は手を伸ばして、そっと項垂れているヴォルフの髪に触れた。
「ジェシカ・・・。俺は・・・。」
ヴォルフは顔を上げて私をじっと見つめる。
「ありがとう、ヴォルフ。」
「?何故・・・礼を・・・?俺はジェシカにお礼を言われるような事はしていない。あいつを挑発したせいで・・・・折角ジェシカが危険を冒してまでわざわざあいつを迎えに来たって言うのに、意固地にさせてしまった・・・。あの男・・魔界に残るつもりだぞ・・・?お前はそれでもいいのか?」
「良くは無いけど・・・でも、もしノア先輩がこの魔界に残って本当に幸せになれるというなら、私はそれでもいいと思ってるの・・。けど・・・。」
「・・・。」
ヴォルフは黙って話を聞いている。
「もし、魔界に残ってもノア先輩にこの先辛い事しか無いのなら・・・何としてでも私はノア先輩を連れて人間界へ戻りたい・・。」
「なあ、ジェシカ・・・。実は・・この話・・・黙っていようと思っていたんだが・・・。」
ヴォルフが躊躇いがちに声を掛けて来た。
「どんな話なの?」
「知ってたか・・・?あいつ・・・魔界へ連れてこられてからずっと魔族の女たちの相手をしてきたんだぜ?」
ヴォルフは私から視線を逸らせながら言った。
「え?!」
私は驚いてヴォルフを見つめた。
「他の魔族の女達から噂で聞いたことがあるんだ・・・。丁度あの男が魔界へ連れてこられた辺りから・・・フレアの屋敷に人間の男が一緒に住むようになったって。実は・・人間を誘拐して魔界へ連れてくる事は重罪なんだ。フレアは・・ノアを魔界へ連れてきた時に・・多分何かヘマをしたんだろうな?アイツをかくまっているのが他の仲間の魔族の女に見つかって・・。それを黙っている代わりに・・口止め料として、女達はノアを自分達の相手をする為に差し出すように言って来たらしいんだ。ただでさえ、俺達上級魔族は数が少ないうえ・・特に男の魔族はとりわけ人数が居ないんだ。だから、尚更人間の男は珍しかったんだろうな?おまけにノアはあの容姿だ。当然魔族の女供は放って置かないさ。」
ヴォルフの声は震えている。・・・・それは一体何の震えなのだろうか?卑怯な手を使ってノア先輩を弄んだ魔族の女達への怒りから?それとも冷たく冷え切った身体の魔族の女達の男娼にならざるを得なかったノア先輩への同情から・・・。
だけど・・・。なんて可哀そうなノア先輩・・・!人間界にいた時から、まだわずか13歳の時から両親に売られて男娼にされてしまった辛い過去があるのに、今度はこの魔界に来てまで・・・。そう言えば・・・私は夢の中でのノア先輩との会話を思い出した。先輩はあの時、私の身体はとても温かいと・・。それは魔族の女性達を比べて言った言葉だったのだ。
「そ、そんな・・・。」
あまりの衝撃に私は頭を抱えた。
「お、おい!大丈夫か、ジェシカ!!」
ヴォルフが、よろめいた私の身体を支えた。
「ヴォ、ヴォルフ・・・。」
私はヴォルフにしがみついた。
「どうした、ジェシカ?」
「だ、駄目だよ・・・・。私・・・やっぱりノア先輩を魔界に残すなんて事、絶対に出来ない・・・!何とか・・何とかして、人間界へ連れて帰らなくちゃ・・・。」
「お、おい!ジェシカ、落ち着け!」
ヴォルフが私の両肩を掴み、覗き込むように言った。
「俺がこの話を聞いたのは・・・・ノアがこの魔界へ来たばかりの頃の話なんだ。最近ではフレアがどうも他の魔族の女達の相手をさせるのをやめさせたようで・・・逆に今迄ノアに相手をして貰っていた女達が不満を口にしている位なんだ。だから・・。」
だから?一体ヴォルフは何を言いたいのだろう。今はノア先輩は男娼をしていないから魔界に残っても構わないだろうとでも言いたいのか?だけど・・・!
「だ、だけど・・・今はそんな事をさせられていないかもしれないけれども、この先は?これからもずっと大丈夫だと言い切れる?」
私はいつしか再び目に涙を浮かべてヴォルフに訴えていた。
「ねえ、ヴォルフ。ノア先輩はね、13歳の時から両親によって貴族の女性達の為に身体を売らされていたんだよ?それがようやく学院へ入学して、寮生活になって・・・やっとそんな暮らしから解放されたんだよ?それなのに・・・今度は魔界でもそんな酷い目に遭っていたなんて・・・!」
「わ・・分かった、分かったよ、ジェシカ。頼むから泣くな・・・お前に泣かれたら俺はどうしたらいいか分からなくなるんだ・・・。」
ヴォルフは私を抱き寄せると苦し気に言った。どうしよう・・・。私はヴォルフの事も今、酷く困らせているんだ・・・。
「ごめんなさい・・・。」
私はヴォルフの胸に顔を埋めると言った。
「何故・・・ジェシカが謝るんだ?」
ヴォルフは私をあやす様に髪を撫でながら言った。
「私・・・今、すごくノア先輩の事でヴォルフを・・困らせてるよね?ヴォルフだってフレアとの間で板挟みになって、すごく辛い立場なのに・・。全部、こんな事になったのは私のせいなのに、私は・・・いつも皆を苦しい目に遭わせてる・・・。ノア先輩にマシュー、そして・・・ヴォルフ。貴方の事も・・。」
すると突然、ヴォルフが言った。
「ジェシカ・・・。前から聞こうと思っていたんだが・・マシューって言うのは・・本当にお前を魔界へ行かせる為に手引きしただけの男・・なのか?本当はここに来るまでに・・何かあったんじゃないのか?」
私を抱き寄せるヴォルフの腕が強まった。ヴォルフは・・・一体何を聞きたいのだろうか・・?
「俺は、ジェシカに困らせられているなんて少しも思っていないぞ?むしろ・・・お前の為に何かしてやれないかと思っている位なんだ。ノアだって、きっとそう思っているだろうし、それに・・・マシューとかいう人物だって・・・きっと俺と同じことを思っていたはずだ。」
「ヴォルフ・・・。」
私を慰めようとしてくれているのだろうか・・?そうだ、私は自分を犠牲にしてまで『ワールズ・エンド』まで連れて行ってくれたマシューとの約束をどうしてもはたさければならないのだ。その為には・・・。何とかフレアを説得しなくては・・!
「ねえ、ヴォルフ。お願いしたい事があるんだけど・・・。」
ヴォルフに声をかけると、彼は私から身体を離して見つめて来た。
「俺にお願い・・?どんなお願いだ?」
「何とか・・・もう一度フレアさんとお話出来ないかな・・?まともに会話が出来た事がまだ一度も無いのよ。ノア先輩の過去を教えてあげれば・・・フレアさんはノア先輩の事を考えて、元の世界へ戻してくれるんじゃないかな?」
「ジェシカ・・・それは無理な話だ・・・。」
所がヴォルフは首を振った。
「何故?」
どうしてヴォルフはそんな簡単に無理だと言い切ってしまうのだろう?そんな私の胸の内が分かったのだろうか、ヴォルフが私の問いに答える。
「俺達魔族は・・・人間とはまるきり考えが違うんだ。自分の利益の為にしか行動しないという冷たい心を持っている。いくらフレアを説得しようとしても・・・無駄だよ。」
「本当に・・・そうなの?魔族は冷たい心を持っているから自分の利益の為にしか行動しないと今ヴォルフは言ったけど・・少なくとも私からみたらヴォルフは十分過ぎるくらい親切にしてくれてるよ?ヴォルフは魔族でも・・心の優しい魔族だよ?だから、きっとフレアさんだってきちんと話を聞いてくれれば・・・。」
「分かったよ。」
黙って私の話を聞いていたヴォルフが、何故か寂しげに私を見て微笑んだ。
「え?ヴォルフ・・・?」
どうして?何故、そんな目で私を見るのだろう?
「何とか、フレアと話が出来ないか・・・俺の方から彼女に頼んでみる。待ってろ、ジェシカ。」
ヴォルフは私の頬を撫でながら言った。
「う、うん・・・。」
ヴォルフの突然の行動に戸惑いながらも返事をした。そしてヴォルフは私の返事を聞くと、頷いて転移魔法で姿を消した—。
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