第3章 3 戻りたくても・・・
「ヴォ、ヴォルフ・・・なの・・・?」
私は声を震わせてノア先輩の姿へ変身したヴォルフに声をかけた。ノア先輩も大きな瞳を見開いて唖然とした顔でその様子を見つめている。
「そうだよ。ジェシカ。」
何故か口調まで真似して返事をするヴォルフ。う・・・・声までそっくり・・・。
「ヴォルフの特殊能力って・・・変身能力の事だったの?」
「ああ、そうさ。でもこの変身能力って本当に稀な能力なんだぜ?俺のこの能力・・実はフレアにだって知られていないんだ。」
「え・・?フレアも知らないのか・・・。」
ノア先輩が小さく呟くのが聞こえた。
「どうだ、ノアの姿に変身した俺を連れて人間界へ帰れば、無事に魔界から連れて帰れたと周りに堂々と言えるだろう?今は人間界ではノアの存在が消え失せているが、この姿で戻れば、途端に人間達のノアに関する記憶が蘇ってくる。そしてノアは自分の好きな女・・・フレアと結婚して魔界へ残る。これで全てが丸く収まるだろう?」
ヴォルフの話を聞いていて私は思わず頭を抱えた。
「・・・。」
ノア先輩の表情は曇っている。
「ヴォルフ・・・。それだと根本的な解決になっていないと思うんだけど・・・一番大事な事を忘れてる。それはノア先輩の気持ちだから。」
「気持ち・・・。」
ヴォルフは変身を解くとノア先輩を見た。
「どうなんだ?お前は・・・人間界へ・・帰りたいのか・・?」
「帰りたいか・・?だって・・・?」
ノア先輩はフッと笑った。
「そんな事聞くまでも無い・・。帰りたいに決まっているだろう?!だって・・・だって僕は人間として生まれて、ずっと人間界で育ってきたんだ!確かに家庭環境は最悪で・・両親から愛されずに育ってきたけど・・。ジェシカの言う通り、この魔界では青い空も美しい夜空も・・・そして鳥のさえずり・・・そよぐ風・・僕の大好きなそれらを一切感じる事が出来ないんだから!」
ノア先輩は感情を露わにして叫ぶ。
「ノア先輩・・・。」
「だけど・・・。僕はフレアを残して人間界へは帰れないし、きっと彼女は許してくれないだろう。この魔界で生きてこられたのは・・・全て彼女のお陰なんだから。」
私はじっとノア先輩の話を聞いていた。でも・・・先輩・・貴方は分かっているの?私の命と引き換えに無理やりこの魔界へ連れて来たのはフレアだと言う事を・・・。
もし彼女がそのまま『花』を摘んでも見逃してくれていればノア先輩は魔界へ来ること等無かったし・・・・マシューは・・・命を落とさずに済んだのに・・!
「そうか、それじゃお前はこの魔界で生きる為に・・・フレアのご機嫌を取る為に魔界へ残ってあの女と結婚する訳だ。・・・お互い・・哀れだな。」
ヴォルフは腕組みをしながら言った。
「な・・何だって?!僕とフレアが・・哀れだって?!よくも・・・よくもそんな事を・・人の気も知らないで・・・!僕がどれだけ苦しんでいるかなんて知りもせずに勝手な事ばかり言うな!」
ノア先輩は憎悪の籠った目でヴォルフを睨み付けた。
「ほら、それがお前の本心なんだよ。」
ヴォルフが勝ち誇ったように言う。
「くっ・・・・!」
ノア先輩は唇を噛んで俯く。
「ノア先輩・・・。」
そう、確かに今の言葉がノア先輩の本心。先輩は・・本当はずっとずっと人間界へ戻りたいと願っていたんだ。でも、全てを諦めて・・・この魔界で生きていく為にフレアを頼り、ようやく人間界での記憶が薄れていった。そしてそれと同時にフレアに対し、淡い恋情を抱くようになり・・・彼女にプロポーズをしたのかもしれない。
「土下座でもしてフレアに頼んでみたらどうだ?。」
ヴォルフが不敵な笑みを浮かべながら言う。
「な・・・何だって・・?」
ノア先輩は両手を握りしめた。
「お願いします、どうぞ僕を人間界へ戻して下さいってフレアに頼んでみたらどうなんだよ。」
「そんな・・・そんな事言えっこ無い・・・!だって、フレアも・・・僕と同様、すごく孤独なんだ・・・。フレア自身も家族からは愛されずに育ってきたんだよ・・?お互い孤独で、似た者同士だったから・・・僕はフレアに惹かれたんだ。」
ノア先輩の言葉にヴォルフは言った。
「まあ・・・確かにフレアは両親からは生れた時からずっと忌み嫌われていたからな。母親からは見捨てられ、実際育てたのはメイドだったらしいし。」
「え・・・?そ、そうだったの・・?一体何故・・?」
私は不思議に思い、ヴォルフに尋ねた。
「元々、フレアは名家の家柄で・・代々、水属性の魔族だったんだが・・・・何故かフレアだけは炎属性の魔族として生まれて来たんだ。だから異端能力の魔族として・・・両親から見放されたのさ。」
「え・・?そ、そうだったの・・・?」
一方のノア先輩は既にその話は知っているのか、反論もせずに黙って聞いている。
「だからあいつはひねくれた魔族に育ってしまったんだ。でも・・両親から認めて貰いたくて必死に努力して・・・『花の管理人』の地位を手に入れたのさ。」
「ああ、そうだよ。だけど、それでもフレアの両親は彼女を受け入れてくれなくて・・。ついにフレアから縁を切ってしまったらしいよ。」
その話の続きをノア先輩がした。
「だから、僕はそんな彼女を見捨てる事は・・・。」
「・・・・。」
私は何と声をかければ良いか分からず、黙ってしまった。それではやはり・・・。
もうノア先輩は覚悟を決めて・・・?自分を犠牲にして、生涯を魔界で生きていくつもりなのだろうか・・?結局私がここに来たことで、ノア先輩の人間界への思慕を募らせるきっかけを作ってしまっただけだったのだろうか?折角人間界の記憶を忘れかけていたのに、私が現れた事によって・・・。
「ノア先輩・・・ご、ごめんなさい・・わ、私・・・。」
私は俯いて、先輩に泣きながら謝った。
「ジェシカ・・・な、何故君が謝るの?!それに・・どうしてそんなに泣いてるの?」
ノア先輩は慌てて鉄格子に近付くと私の前にしゃがみ込むと言った。
「だって・・・だって・・・私が現れたせいで、再び人間界の事を思い出してしまったんでしょう?せっかく忘れかけていたのに・・・。」
すると再びヴォルフが私とノア先輩の前に割り込むと言った。
「いや、ジェシカ。お前はちっとも悪くない。結局ノアが選ぶのはフレアだって事なんだからな。いいじゃないか、お互い寂しい者同士で、この先ずっと一緒に居る事を・・ノアは決めたんだからな。だけどな、憐れみだけで側にいたって・・・結局お互い幸せになれるとは、到底俺は思えないけどな。」
「ヴォ、ヴォルフ!な、何てことを言うの?!」
幾ら何でも余りにも酷い言い方だ。しかし、ノア先輩は何も言い返さない。
そんなノア先輩を見て、ますますヴォルフは勝ち誇ったように言った。
「ほら、見ろ。何も言い返せないんだろう?分かったら・・・早くフレアの元へ戻って、はっきりと彼女に伝えろ。自分にはもう人間界へ戻るつもりは無いから、どうかジェシカを牢屋から出してやってくれってな。」
「分かった・・・そうフレアに伝える・・・。」
ノア先輩は苦し気に言うと、背を向けた。
「な、何言ってるんですか!ノア先輩!」
駄目だ、こんな事・・・認めていいはずが無い。だって、ノア先輩はあんなにも元の世界に戻る事を渇望しているのに・・・!
「何か・・・何かノア先輩が元の世界へ戻る方法が無いか・・・一緒に考えましょうよ!」
私は鉄格子を掴み、立ち去ろうとするノア先輩に手を伸ばした。するとノア先輩は一度だけ振り返ると言った。
「ありがとう、ジェシカ。本当に魔界まで来てくれて・・・僕はそれだけですごく嬉しかったよ。待っていてね。必ず君をここから出してあげるから・・。」
ノア先輩は悲し気に微笑むと・・・転移魔法で一瞬で姿を消してしまった—。
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