※魔界のノア ① (大人向け内容有り)

 あの日—毒の矢に射抜かれたジェシカを救う為、僕達は『ワールズ・エンド』へ向かった。

そこで門番をしていた聖剣士はジェシカの為に七色に光り輝く花を探して摘んで来てくれた。

けれど—

この花の管理をしていた魔族の女・・・フレアに見つかってしまい、この花と引き換えに僕に魔界へ来るようにフレアは命じて来た。

・・・断る理由が何処にある?

もう二度とジェシカに会えないかもしれないけれど・・・彼女が助かるならば、僕なんてどうなったって構わない。

だってどうせ家でも居場所が無く、学院だって・・・それは以前に比べれば大分居心地が良くなったとはいえ、まともに授業に出る事が出来る環境ではないのだから、僕がこの世界にいる意味なんて、見いだせない。

 それよりもジェシカを助ける事が出来るなら、それこそ僕の存在意義があると言える・・・僕はそう思っていた。



 魔界—。

そこは想像以上に僕にとっては辛い場所だった。まさか・・・これ程までに寒い場所だったなんて・・・。

1日中、昼なのか夜なのかも分からない世界。青く澄み切った空も見る事が出来ないし、満天の星空を見る事も叶わない世界。

そして・・・・魔界は魔族達の身体も・・・冷え切っていた・・・。


 初めて魔界に着いた時、あまりの寒さに僕は縮こまっていた。

フレアは何故そこまで僕が寒がっていたのか理解出来ない様子だったけれど・・・

それは彼女に触れてみて、初めて分かった。


 魔界にやって来た僕は、この世界でも容姿が気に入られたのか、ひっきりなしに魔族の女性達が僕の元へ訪れて来た。

そこで与えられた僕の役目は・・・・・。

人間界で暮していた時と同様、男娼の役目だった。

聞いた話によるとここは魔界でも第3階層と呼ばれる世界で、上級魔族だけが住む世界だと言う。そして、上級魔族は何故か他の魔族達に比べると出生率が大幅に低く、中には人間界へと行き、そこで人と結婚して家族を持つ魔族達も中にはいるという話だった。初めてその話を聞いたときは驚いたけども、考えてみれば『ワールズ・エンド』で門番をしていた聖剣士・・・確か名前はマシューだったか・・?彼も人間と魔族とのハーフだったから、そう珍しい話では無かったのかもしれない。知らなかったのは僕達人間だけ・・・という事だったのだろう。


 とにかく、魔族の女たちは人間の男と言う事で物珍しさもあってか、僕に抱かれたいと言ってひっきりなしにやってきた。そして僕はこの魔界で暮していく為に・・・嫌々彼女達の相手をせざるを得なかった。

だけど、彼女達の肌はびっくりする位に冷え切っていて寒かった。

いつも寒さに耐えながら女性達を相手にしていたけれども、行為の後は僕の身体はすっかり冷え切って、体調を崩して寝込んでしまう日々が続いていた。

そんな僕をフレアは心配して、わざわざ自分の部屋に暖炉を作って用意してくれたりしたけれども、ここ魔界では暖炉の炎でさえ、僕を温めてくれることは決して無かった・・・。

そう、僕は・・・魔界へ来てからはいつだって寒さに震えていたんだ・・・。

 

 僕をここへ連れて来たフレアという女性はとにかく気まぐれだった。

時には強引に僕に自分の相手をさせたりもしたけど、僕の体調が優れない時は、なるべく他の魔族の女達を近付けないようにしてくれたりと便宜を図ってくれていた。

けれどもフレアは常に僕を監視し、自由を奪われた暮らしを強いられてきた。

唯一、僕が自由を得られるのは・・夜、眠りに就いた時だけ。


 ここ、魔界では不思議な事に眠った時に、実際に自分の見ている夢の世界の中に入り込めることだった。

その事に気付いたのは、僕が夢の中で初めてジェシカを見た時だった。




 その日の夜・・・僕はいつものように暖炉に火を起こしたままベッドを炎の側に寄せて、眠りに就いた。

そして・・夢を見た。


 ここはどこだろう・・・。僕は真っ白い花畑の中にいた。見上げるとピンク色に覆われた空、そして空中に浮かぶのは・・・あれは魔界城だろうか・・・?

ボンヤリとした頭で城を見上げていると、ふいに背後から声をかけられた。


「あの・・・すみません。ここは何処なのでしょうか?」


え?まさか・・・今の声は・・・?

僕は驚いて振り返った。するとそこに立っていたのは・・・ジェシカじゃないか!


「ノ・・・ノア先輩?!」


ジェシカは目を見開くと僕の方へ駆け寄って来た。だけど、ジェシカ以上に僕は驚いていた。嘘だ、何故ジェシカがここにいるんだ?


「ジェシカ・・・。」

僕は愛する女性の名前を呼んだ。


「ノア先輩?何故こんな場所にいるのですか?ここは一体どこですか?」


ジェシカは僕に縋りつくように話しかけて来た。

夢にまで見たジェシカが今目の前に立っている。本当は嬉しくて堪らないのに、僕の口から出てきたのは全く違う台詞だった。

「ジェシカ・・・駄目だよ・・・。君はこんな所に来てはいけない。」


「な、何言ってるんですか?ノア先輩、ここが何処かは分かりませんが私と一緒に帰りましょう!ダニエル先輩も待っているんですよ?」


ジェシカは必死になって僕の腕を取って言う。本当は君と一緒に帰りたい。だけど・・・僕はフレアと約束したんだ。

僕の人生を一生フレアに捧げると—。だから僕はジェシカの言葉に首を振った。


「ジェシカ・・・・嬉しかったよ。君がここまで僕に会いに来てくれて・・・。だけど君はこれ以上この場所にいてはいけないよ。」

僕は悲しみをこらえてジェシカに言う。しかし、ジェシカは僕の服の裾を握りしめると言った。


「だ・・・駄目ですよ・・。先輩を1人残して・・私だけ帰れるわけ無いじゃ無いですか・・・。」


ジェシカ・・・君は僕を必要としてくれているのかい・・・?

僕はジェシカを思い切り抱きしめた。なんて温かいんだろう・・・ジェシカの身体は魔族の女達とは違って、とても温かく・・・心が満たされていくのを感じた。

「ジェシカ・・・。」

僕はジェシカの髪に自分の顔を埋めた。柔らかい波打つ髪の毛からは甘い香りがして・・・少しの間だけ、僕はその香りに酔いしれた。

そしてジェシカに言う。

「ジェシカ・・・元気で・・。」

僕はこの時、初めてジェシカにキスをした。それはとても甘美なキスだった。

ずっとこうしていたい・・・。だけど、いつまでも魔界にジェシカを引き留める訳にはいかない・・・!僕は自分の理性を押さえてジェシカを突き飛ばす。

途端に地面が割れて、ジェシカはそこに飲み込まれていく。


「ノ・ノア先輩ーッ!!」


ジェシカが必死で僕に手を伸ばして来るけれど・・・・僕はその手を掴めない。

そして僕は泣きながらジェシカが飲まれていった地面を覗き込み・・・・夢から覚めた。激しい喪失感・・・。そして・・・夢の中でもいい、もう一度だけでもジェシカに会いたい・・・!この日を境に僕は絶望する世界に少しだけ希望を見いだせるようになった。



 そして、ついにその日はやってきた―。

この日の夜、フレアは魔族のパーティーに出席する為に初めて家を空ける事になった。やっと彼女の監視から逃れられる夜がやって来たのだ。

僕は早々にベッドに入ると、強くジェシカの事を思いながら眠りに就く・・・・。



 気付いてみると僕は子供の姿で部屋の中に立っていた。

窓から空を見上げると星空が見えている。星・・・?やった・・・!僕は夢の中で人間界に来ることが出来たんだ!けど・・・肝心の月は雲に隠れてみる事が出来ない。

そうか・・・だから僕は今子供の姿をしているのか。月さえ出てくれれば・・僕は元の姿に戻れるのに・・・。満月の光は魔力をより一層強めてくれるから・・・。


 広い部屋にベッドが置かれていて、誰かが寝ている気配を感じる。

もしかして・・・あれは・・ジェシカ・・?


そっとベッドに近付くと、やはりそこに眠っていたのはジェシカだった。

白いシーツにウェーブの長い髪の毛を広げてジェシカは静かに眠りに就いている。

その姿は・・・まさに僕の女神そのものだった。

ジェシカ・・・!

ジェシカと話がしたい、僕はここにいるよって笑いかけたい・・・。

僕はたまらずに眠っているジェシカを揺さぶって彼女を起こす—。








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