第1章 6 アンジュの婚約者?

「ハルカ、どうしたの?何処か具合でも悪いの?」


気付けばアンジュが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。

「あ、ごめんね。何でも無いの。」

顔を上げて微笑むと、アンジュは安心したのか、笑顔で言った。


「ハルカ、ごめんね。今日は1日ずっと君と過ごそうかと思っていたのに、急に沢山仕事が入ってきちゃって・・・。悪いけど、今日は1人にさせてしまう事になるんだ・・いいかな?」


申し訳無さそうに言うアンジュ。


「大切な仕事なんでしょう?私の事は気にしないで大丈夫だから。そうだ、このお城の中のお部屋や、お庭を見物させて貰っても大丈夫?」

実はこの城はとても美しいので、昨日初めて来た時から是非見学してみたいと思っていたのだ。


「うん、勿論大丈夫だよ。そうだ、良かったら誰か付き人を付けてあげるよ。」


「え?それじゃ迷惑をかけてしまうんじゃ・・・。」

言いかけた所をアンジュが言った。


「この城はね、まるで迷路みたいに複雑な作りをしているんだよ?途中で迷子になったら大変だからね?」


「え!そうなの⁉」

まさかそれ程複雑な作りをしているとは・・・。

「そ、それじゃ・・・お願いしようかな?」

私が言うとアンジュは笑顔で言った。


「それじゃ、昨夜ハルカのお世話係だった1人に頼もうかな?レナ!」


「お呼びでしょうか?陛下。」


そこへ音も無く現れた昨夜のエルフのメイド。うわ!びっくりした!

レナと呼ばれたメイドは頭を下げると言った。


「レナ、今日は1日、私のフィアンセのハルカにこの城の案内をしてあげてくれ。」


「はい、承知致しました。」


「それじゃまたね。ハルカ。」


アンジュは私を抱き寄せて、頬にキスすると言った。あ、あの・・・あまり人前でそういう事をされると恥ずかしいのだけど・・・。

思わず頬を抑える私を見て、フッと笑うアンジュ。そして私とメイドを残して部屋を去って行った。

 

「ハルカ様。」 


「は、はい!」

突然私の実名を呼ぶメイドさん。


「どちらへ参りましょうか?」


そして冷たい表情で私に言った・・・。



 今、私とメイドのレナさんは城の園庭を歩いている。その庭は美しい薔薇園であった。

それにしても・・・。

私は自分の後を歩くレナさんをチラリと見た。


「・・・。」


まるで作り物のように、およそ表情の読み取れ無いレナさんは無言で私の後をついて歩いて来る。

う〜ん・・・何だかなぁ・・・。

ひょっとして、ひょっとしなくても私、あまり歓迎されていないのかも・・・。よし、それならば・・・。


「あ、あの・・・レナさん。」


「レナで結構でございます。ハルカ様。」

 

「は、はあ・・・・。それではレナ。」


「はい、ハルカ様。」


「あ、あの、お城の庭位なら私一人で大丈夫なので、どうかお仕事に戻って下さい。」


「いえ、ハルカ様のお供をするのが私の努めですので。」


「は、はい・・・そうですか。」

う・・・折角一人になれると思っていたのに・・・。

仕方なく愛想の無いレナと庭を散策していると、前方から賑やかな女性達の話し声が聞こえてきた。え?この城にはアンジュと使用人しかいないんじゃなかったっけ・・?女性達の話声はどんどんこちらに近付いてくる。

う~ん・・・どうしたものか・・。引き返そうか迷っている内に、もう女性達の話声はすぐそばまで迫って来ていた。


 やがて、建物の陰から姿を現したのは、5人の若い女性達だった。

その中でも、特に目を引いたのが彼女達の中で最も美しいドレスを着た1人の女性だった。

金色に輝く長く美しい撒き毛に、まるでフランス人形のような顔立ちのそれはそれは愛くるしい女性・・・。

うわあ・・・何て素敵な女性なのだろう・・・?


 すると、女性達は私を見るとあからさまに露骨に、嫌そうな顔を見せた。その中でも一番態度が顕著だったのがフランス人形さん?だった。

彼女は私の頭のてっぺんから爪先までジロジロと値踏みするような目で見てくる。

え?一体何だろう・・・。この敵意の籠った目は。と言うか、どうもこのジェシカの外見ではあまり同性からの受けは良く無いのかもしれない・・・。


「ふ〜ん・・・貴女なのね?」 


鈴を鳴らすような美しい声で彼女は言った。


「はい?何の事でしょうか?」


「確かに人間のくせに外見はまあまあではあるけれども・・・所詮はただの人間。それなのに・・ただの人間がアンジュ様の花嫁に選ばれるなんて・・・。」


あ、何だか嫌な予感がしてきた。この女性・・・肩を震わしてるよ。ひょっとして泣き出すのでは・・・?

ところが、予想を介して女性が取った行動は・・。


「この・・・許せないわっ!」


いきなり右手を高く振りかざす。え・・・まるでこれはデジャブだ。ある人物を彷彿とさせる・・・。私は思わず目をつぶり・・・。

パアンッ!!

庭園に平手打ちの音が鳴り響く・・・え?ちっとも痛くない。


「あ・・・・あなた・・・!」


フランス人形さんの動揺した声が聞こえて来た。恐る恐る目を開けると、何とそこには私の目の前に立ち、代わりに頬を赤くしたメイドのレナだった。


「な・・・何よっ!邪魔するつもり?!ただのメイド風情がっ!」


「そうよ!メイドのくせにでしゃばらないでっ!」

「人間の女を庇うなんてどうかしてるわっ!」

等々・・・。


「レ・・・レナ・・・。」

私は震える声でレナに声をかけるが、彼女は返事をせずに、代わりに彼女達に話しかけた。


「恐れ入りますが、カトレア様。このお方はアンジュ様の大切なお方です。勝手に手を上げられては困ります。」


ふ~ん・・・このフランス人形さんはカトレアという名前なのか・・・って、そんな事を考えている場合では無いっ!

「だ・大丈夫ですか?レナッ!」


「ええ、これ位、何てことはありません。」


レナは表情を変えずに言う。


「う・・・。」


悔しそうに下を向くカトレア。更に他の取り巻きの女性達も非難の声を上げる。


「な・・・何よっ!元はと言えば、その女が悪いんでしょう?婚約者候補はこちらのカトレア様だったのに、突然こっちの世界にやって来た人間のお前がアンジュ様をたぶらかしたんでしょう?!」


私をビシイッと指差しながら訴えて来るのは鮮やかな緑色の髪の毛の女性だった。


「そ、そうよっ!その人間のせいよっ!この・・・生意気な泥棒猫っ!」


うわ、この女性は燃える様な真っ赤な髪の毛だ・・・。それにしても・・ど、泥棒猫・・?何て言われ様なのだろう。いや、それ以前に問題がある。

何?アンジュって婚約者がいたの?!


「あ、あの!待って下さい!貴女は・・・アンジュの婚約者だったのですか?」


「ア、アンジュですって・・・。」


再びカトレアが肩をぶるぶる振るわせ始めた。あ・・まずい、また何か彼女の逆鱗に触れるような事を言ってしまったのだろうか?


「こ、この私でさえ呼び捨てで呼んだ事がありませんのに、人間ごときがあのお方を呼び捨てにするとは・・・!」


再び手を上げようとしたカトレアを諭したのレナであった。


「おやめください、カトレア様。今回カトレア様と婚約を破棄する決定をされたのは全てアンジュ様の独断です。こちらにいらっしゃるハルカ様は何も知らないうちに、花嫁に選ばれてしまったのですよ。」


「・・・・。」


その言葉に黙り込んでしまうカトレア。それにしても・・・私がこの世界へやって来たのは昨日の事だ。婚約者だっていたくせに、たった1日で約束を反古にされれば、当然ショックは大きいだろう。


「あ、あの・・・少しよろしいですか?実は私、アンジュと結婚するつもりは全く無いのです。なので私から今回の話は無かったことにさせて下さいってアンジュにお願いしてみますがが・・・いかがでしょうか?」



 全員の視線が私に集中した瞬間であった—。





































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