マシュー・クラウド ⑧

 ジェシカの護衛騎士になった翌朝・・・。とても幸せな事があった。


今、彼女はどうしているだろうか?学生寮を出ながら、ジェシカの事を考えていると突然近くの植え込みがガサガサッと動いた。

え・・?何だ?驚いて足を止めると、何とそこからジェシカが地面を這うように出てきたじゃないか。


「う、うわ?!ジェ、ジェシカ?!こんな所で何をしていたの?!」

これには流石の俺も驚いた。するとジェシカは俺を見上げて、安堵したかのような笑顔を見せると言った。


「マ・・マシュー。良かった・・貴方に会えて・・。もう校舎に向かってしまったと思ったから。」


「え?ジェシカ。ひょっとして俺を待つためにこの中に隠れていたの?」

耳を疑うような言葉。まさかジェシカが俺の事を待っていてくれたなんて・・。

思わず顔がほころびそうになるのを堪えて、俺は冷静に言う。


「うん、そうよ。だって・・・他の人達にマシューを待っている事がバレたら騒ぎになるでしょう?だから・・・。」


本当にジェシカは俺を待っていてくれたんだ!思わず感動していると、何やらジェシカは辺りをキョロキョロ見回している。ん?どうしたというのだろう?すると・・。


「マシュー!私と一緒に来て!」


突然ジェシカは俺の手を握り締めると、何処かへ向かって走って?行く。

え?え?一体何処へ連れて行くつもりなのだろうか・・・?


 着いた先は今はもう使われていない旧校舎の中庭。


一体これはどういう状況なのだろう・・・?

俺は今壁に背中を押し付ける形で、ジェシカに追い詰められていた。ジェシカは俺の両脇の壁に手を付けると、至近距離で俺を見上げている。

こ、これは・・・。ジェシカの顔が至近距離にある。流石の俺もいつもの冷静さを保てず、思わず顔が赤らんでしまう。しかし、それを知ってか知らずかジェシカはいつもと変わらぬ様子で俺に門の鍵を手に入れたと告げてきたのだ。

え?聞き間違いか?俺はキョトンとした顔でジェシカを見つめる。

 すると俺の反応に焦れたのか、ジェシカが肩から下げていた鞄の中から2本の鍵を出してきた。


「!こ、これは・・・?」

俺はそのカギを見て衝撃を受けた。この2本の鍵からは凄まじい魔力を感じる。

するとジェシカはとんでもない事を告白して来た。

自分には魔法は使えないけれども、眠っている間に強く念じた物を作る事が出来る力を持っており、昨夜門の鍵が欲しいと祈りながら寝たら夢の中にこの鍵が現れ、目覚めたら実際にこの鍵が現れたそうだ。

興奮しまくっているジェシカはさらにグイッと距離を縮めて鍵を俺に見せて来る。

う・・・ち、近すぎる・・・。駄目だ、顔が赤くなってしまう。


 するとそれに気づいたのかジェシカが距離を置くと、俺が門番の時に『狭間の世界の鍵』を使わせて欲しいと頭を下げて頼んで来るでは無いか。

これには流石の俺も驚いた。

「え・・ええ~っ!そ、そんな無茶言うなよ。大体、どちらの鍵が狭間の世界の鍵か分かってるの?」


「勿論!」


やけに自信たっぷりに返事をするジェシカだけど・・・本当なのだろうか?

さらに俺の言うことなら何でも聞くからと言って来たので、俺の中である願望が芽生えて来た。

ジェシカと一緒に今度の休暇を過ごしたい・・・!

だから俺は言った。

「それじゃ、今度の休暇の日は俺とデートして貰おうかな?」

辺にジェシカに意識させないように軽いノリで俺はウィンクしながら言ってみた。

でも内心は緊張しまくっていたのは言うまでもない。


しかし、何故かジェシカは考え込んでしまう。

え?やっぱり・・・俺とデートなんて嫌なのだろうか・・・?暗い気持ちになりかけた時に、俺の気持ちとは裏腹な事をジェシカは言って来た。


「私は別に構わないんだけど、他の人達が何て言うか・・・。」


ああ、そうか。ジェシカは彼等に気を使ってるのか。何もそこまで気にする事は無いのに。

だから俺は試しに質問してみた。

「ジェシカは恋人いるの?」


そんな人はいないとすぐに首を振るジェシカ。そうか!やっぱりジェシカには想い人がいないという事だね?だとしたら・・・俺にもまだ望みはあるのかな?

よし、ここはジェシカには悪いけど君の人の好い所に付け込ませてもらうよ。

 そこで俺は強引にジェシカと約束を取り付けて彼女の気が変わらないうちにと急いでその場を去ろうとすると、何故か制服の端を掴まれ、引き留められる。


「ね、ねえ。ちょっと待って。そ、そんな簡単に約束出来ないよ・・・。」


ジェシカは口籠りながら言う。


「どうして?さっき構わないって言ってくれたじゃ無いか?」

・・・やっぱりまだ決心してくれないのか・・?少し落胆した気持ちになり、つい俺は憧れだったジェシカに嫌みな言い方をしてしまった。

 ジェシカはこの学院で女生徒達から人気のある男子学生達に気に入られている女性だからねと・・。


 するとジェシカは意外な事を言って来た。私と一緒に出掛けられる口実を考えてくれと。え?それじゃ・・・本当に俺と出掛けるのを前向きに考えてくれてるんだね?

だから俺は冗談めかして言った。

「口実か・・・う~ん・・・口実ねえ・・。あ、それならこれでいいんじゃない?俺達は正式にお付き合いする事になりましたって言うのは。」

照れ隠しに最後に手をポンと打ってみる。


 しかしジェシカからは恨みがましい目で見られてしまった。

その後も2人で外出の口実について押し問答していると、ジェシカは俺の腕に抱き付いて来た。

「!」

思わず顔が赤面しそうになるのを必死で堪える。


 その時・・・アラン王子達が俺とジェシカの前に現れた。

彼等は寄ってたかって俺とジェシカを責め立てる。アラン王子は今にも怒りで切れそうな一歩手前である。

ははあん・・・。これは思った以上に彼等は重症の様だ。

「ああ・・・成程、こういう訳か。これじゃ確かに困ってしまうよね。」

俺はアラン王子を見て呟いた。

よし、ならば・・・。

俺は指をパチンとならした—。



  俺の催眠暗示にかかり、立ち去って行くアラン王子達をジェシカは口をぽかんと開けたまま見送っていた。フフ・・・可愛いなあ。思わず彼女の愛らしい姿を見て笑みが浮かんでしまった。


「あ・・・あの・・マシュー。今のはもしかして・・・。」


「そう、今のが催眠暗示さ。」

俺は当然のように答える。


「だ、だってアラン王子達・・・・まるで私達の姿が見えていない様子だったけど?あれも催眠暗示で出来るものなの?」


「ああ、勿論。だって俺とジェシカの姿が見えていたらまずいだろう?だから俺達の姿は一時的に認識出来なくしたのさ。」

そこまで言って俺は気が付いた。待てよ?催眠暗示か・・・。

これを使えば・・・。だけど、俺が彼ら全員に催眠暗示をかけるのは難しい。それならジェシカ自身に俺の催眠暗示能力を分け与えて、彼女自身から彼等に暗示をかけてあげれば・・・。しかし、あの方法は・・・。

俺はジェシカの唇を見つめた。

だ、駄目だ・・!俺には出来そうに無いっ!なら今は俺自身に暗示をかけてしまうしかないっ!心を無にするあの暗示を・・・!

俺は口元で素早く呪文を唱えた。

「どうしたの?マシュー?」


ジェシカが首を傾げて尋ねて来る。・・・よし、呪文が完成した!


俺はジェシカに向き直ると、両肩を掴んだ。


「え?マシュー?」


その次の瞬間、俺は自分の唇をジェシカに強く重ねた—。


てっきりジェシカに抵抗されるのでは無いかと思ったが、彼女は自分の身に起こったことが信じられないのか、無抵抗だ。よし、ならば・・・。

もっと完璧な催眠暗示を彼女に・・・!俺はますます強くジェシカを抱きしめ・・。


数分後・・・・。

「ん・・・・。」

俺は唇を離すと、ジェシカはすっかり放心状態になっていた。


「プハッ!!」


ジェシカが大きく息を吐く。しまった・・・つい、やり過ぎてしまった。

「大丈夫?ジェシカ。」

心配になり俺が声を掛けると・・・。


「な・な・な・・・突然なにするのよ!!」


ジェシカが顔を真っ赤に染めて抗議した。


「い・い・一体どういうつもりなのよ、マシュー!。な、何で突然キスを・・し、しかもあんなキスをしてきたの?!だ、大体私達、そんな雰囲気すら無かったよね?!」


うん、確かにジェシカの言う通りかもしれない。だけど、俺の気持ちは・・。

「あ・・・ごめん。でも事前に話せばジェシカに拒否されそうな予感がしたから・・・。」

でも確かにジェシカからしてみれば恋人でも何でも無い男から激しい口付けをされれば当然怒りたくなるのも無理は無い。

俺は必死で謝った。

何故あのような真似をジェシカにしたのか白状しなければ・・。


 ジェシカに俺の催眠暗示の能力を分けた事を説明すると、意外な事にジェシカはすんなりとその事実を受け入れてくれた。

それどころか・・・。


「マシュー。私の為に催眠暗示の力を分けてくれたんだよね?ありがとう。そして・・・怒ってごめんね。」


え?ジェシカ・・・?許してくれるの?強引に君の唇を奪ってしまった俺を・・?

普通だったら引っぱたかれたり、大声で騒がれたり、最悪の場合は退学にされかねない行為だったかもしれないのに・・・?

改めてジェシカの心の広さに感動してしまった。


この瞬間、もうこれ以上俺は自分の感情を押さえる事は不可能だと悟った。


ジェシカ・・・君が好きだ。大好きだよ—。







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