マシュー・クラウド ⑦

  その日の朝の事だった。

俺がホールで朝食を食べていると、突然目の前にドカッと生徒会長が座って来た。


「マシュー・クラウドだな?」


腕組みをしたままジロリと俺を睨み付ける。


「は、はい・・・。そうですが?」

一体生徒会長がこの俺に何の用事があるというのだろう?


「お前に頼みたい事がある・・・と言うか、これは生徒会長命令だ。もうお前以外に頼れる聖剣士はいないからな。」


随分横柄な態度で人に命令してくる人だなあ・・・。俺は半分呆れながら生徒会長を見た。

周囲では俺と生徒会長を見ながら、コソコソ話している学生達が居た。

まあ・・・俺も生徒会長も周囲から煙たがられているからな・・最も肝心な生徒会長はそんな事には全く気が付いていないようだけれども。


「あの・・・要件も聞かずに、命令されても必ず聞けるかどうか分かりませんが・・?」

すると俺の質問に生徒会長はふんぞり返るようなしぐさで言った。


「よし、それでは教えてやる。お前・・・ジェシカ・リッジウェイは知ってるか?」


え?何だって?今生徒会長は何と言ったのだ?ジェシカ・リッジウェイだって?知ってるも何も・・・!

「ええ、知っていますよ。色々と有名人ですからね。」

内心の動揺を隠しつつ、俺は平静を保って答える。


「そうか、なら話は早い。実は俺のジェシカが昨年からずっとある女に嫌がらせを受けているらしいのだ。しかもかなりそれが悪質らしく・・・命の危機に晒された事もあるらしい。それでだ!お前に名誉ある地位を与えてやろう!いいか?俺のジェシカの護衛騎士になれ!これは聖剣士であるお前を見込んでの事だ?どうだ?光栄だろう?」


生徒会長は大袈裟な身振りで、最期は俺を指さしながら言い切った。

え・・・?命の危機にまで晒されていた・・?まさか、あのソフィーにか?

何てことだ・・それでは、毒矢に射抜かれた時もソフィーが関与していたのか?

それなら俺の答えは一つしかない。


「ええ。いいですよ、生徒会長。彼女の護衛騎士・・・承りましょう。」

自分の感情を表に出さないように言う。


「そうかそうか、引き受けてくれるのか?実は全ての聖剣士に声をかけたのだが、全員に断られて・・・もうお前しか残っていなかったのだ。いや、お前が引き受けてくれて本当に良かった。どうか、俺のジェシカをしっかり守ってやってくれよ?」


・・・まさか聖剣士全員に声を掛けて回るとは・・・生徒会長は怖い物知らずだ。

本来なら聖剣士は生徒会の力の及ばない地位に属している。俺達に直接命令を下せるのはここの学院長のみなのだ。そんな事も知らずよく生徒会長になれたものだ。それに・・俺はチラリと生徒会長を見た。


「ん?何だ?まだ何か俺に用事でもあるのか?」


「いえ、別に特に用事はありませんが。」

用事?それよりも俺が気になるのは生徒会長が先程から彼女の事を俺のジェシカと連呼しているのが、あまりいい気分では無かった。


「そうか、話しが早くて実に助かる。それではこの男から詳しい話は教えて貰え。俺は先に行ってるからな。」


見ると生徒会長の後ろには1人の学生が立っていた。あれ・・?この男は確か・・あの女の取り巻きじゃ無かったか・・?


「後は頼んだぞ。」


生徒会長は席を立つと、さっさと立ち去って行く。そして入れ替わるように男が俺の向かい側に座って来た。


「ハハ・・・。悪かったな、食事中に・・・。しかも変な話に巻き込んでしまって。」


男は頭を掻きながら言う。肩章を見ると・・・2年生のようだ。


「いえ。構いませんよ。それで・・護衛騎士と言われましたが、まさか1日中彼女の側にいて護衛しろと言うのですか?一応俺は聖剣士で、訓練に忙しくて中々彼女の護衛ばかりをしているのは難しいのですが・・・。それに今夜は門番なんです。」

彼等に俺の気持ちを知られる訳にはいかない。努めて冷静に対応する。


「ああ、あまりあの生徒会長の話は真に受けない方がいいぞ。第一、例えお前が護衛を出来なくても・・少なくともジェシカ・リッジウェイの周囲には男が張り付いている事が殆どだから逆に人手がそこで必要なのかと問いたい位だしな。ただあまりにも生徒会長が口うるさくて敵わん。悪いが、適当に空いている時間でジェシカ・リッジウェイが1人でいた場合だけ、見守ってやってくれればいいさ。」


「分かりました、それで良ければ俺の方は問題無いですよ。」

やった!これで彼女の側にいられる理由がはっきり出来た!俺は心の中で喜びに打ち震えた。


「それじゃ、今日の昼休み・・食事を終えたら生徒会室に来てくれるか?詳しい話はそこでするから。あ、そうそう。俺の名前はテオだ。よろしくな、マシュー。」


「はい、よろしくお願いします。テオ先輩。」


これが俺とテオ先輩の出会いだった。




昼休み—


俺は言われた通り、生徒会室へとやってきた。

コンコン

ドアをノックする。すると、すぐにドアが開けられてテオ先輩が顔を覗かせた。


「おお、来てくれたか。それじゃ・・・早速だが・・実はコーヒーが飲みたくてな。話をしながら一緒にカフェに行こう。」


「はあ・・。」

随分マイペースな先輩の様であった。



「え?彼女には話は何も伝わっていないんですか?」


「ああ、そうなんだよ。生徒会長はいつも強引だからなあ・・・困った男だ。」


歩きながら俺とテオ先輩は話をしている。

・・・それにしても驚きだ。まさか護衛騎士の話はまだ彼女の耳にも入っていないなんて。勝手に俺が護衛騎士になったと知ったら・・・彼女はどう思うだろうか?嫌がられたりは・・しないだろうか?

いらぬ心配が頭をよぎる。そんな様子の俺を先輩は気が付いたのか声を掛けて来た。


「まあ、それ程深刻にとらえるなって、全ての責任は生徒会長1人が取る事になっているから、あまりお前は気にする事は無いって・・・。ん?おい、あれを見ろよ!」


不意にテオ先輩が1軒のカフェを指さした。なんと、そこに居たのはジェシカだったのだ。しかも・・・たった1人きりで!


「ふう~ん。1人でいるとは珍しいな。よし、それじゃ俺が先に中へ入って話をしてくるから、お前は怪しい人物が周囲にいなか見張っていてくれるか?」


「はい、いいですよ。」

俺が応えるとテオ先輩はカフェへ入って行った。


店内の様子を見ると、何やら2人は話し込んでいる。そしてテオ先輩が俺の方を見て目配せをした。

よし。

俺はカフェの窓に近寄り、コンコンとノックをした。

それに驚いた様に振り向くジェシカ。彼女は俺を見ると驚いた様に目を見開く。


テオ先輩はその後、一言二言ジェシカに声掛けをしてカフェを出て行く。

程なくして俺の前に現れると言った。


「ほら、ジェシカが待ってる。早く行ってやれ。」


「はい、分かりました。」


そして俺はジェシカの元へ向かった—。




 本当は今日はずっとジェシカの側にいたかったが、タイミングの悪い事に今夜は俺が門番を担当する日だった。名残惜しいが教室前でジェシカに別れを告げ、つい愛おしさが募って、ジェシカの頭に手を置いた時・・・

黒髪の学生が俺を物凄い形相で睨み付け、ジェシカをグイッと自分の胸に囲い込んだ。

え・・?一体誰だ。この学生は・・・?初めて見る顔だ。転入せいだろうか?しかも珍しい事に黒髪をしている。更に特徴的なのが左右の瞳の色が違う事。

明らかに周囲とは異なる外見をしている。

何だろう・・・。この学生の身に纏う雰囲気は・・何となく魔族を彷彿とさせる佇まいをしているではないか。


「ジェシカに・・何をしていたんだ?」


男は睨み付けながら俺に問いかけて来た。


「ま、待って下さい!ドミニク様。彼は・・・。」


ジェシカは焦りながら男の名前を呼ぶ。そうか、彼はドミニクと言うのか・・・。


「ジェシカには聞いていない。俺はこの男に尋ねているのだ。」


随分喧嘩腰に話をしてくる男だなあ・・・。俺は内心面倒臭いと思いながらも俺がどのような経路でジェシカの護衛騎士になったのか、かいつまんで説明した。

ジェシカが何度も命の危機に晒されて来た事、だから生徒会長の依頼で聖剣士である俺が護衛騎士に選ばれた事を教えてあげた。


すると見る見るうちに目の前の男が顔色を変えていく・・・。

そうか。やはり彼は知らなかったのだな?

だから俺は最後に言った。


本当にジェシカが大事なら彼女から離れない事だね。と―。







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